第2話 転生と胡散臭い爺神

眼を開けてみると、褐色の肌の痩身の老人を見上げていた。ちょうど胡坐(あぐら)をかいた老人の膝の上で抱かれた赤子のように。

大きな木の木陰にその老人は座っており、周囲に取り巻く人々と聞きなれない言葉を交わしている。

少し開けた森の中、静寂の中にも大勢の人がいるようで、老人は”師”と呼ばれていて、その集団の中核となっているらしい。幾人もの弟子たちと、穏やかな声で問答を続けていて、その中に割り込めないので、しばらくはじっと見上げているだけである。

やがて老人は一通り問答を終えたらしく、私の方を見下ろす。慈愛のこもった笑みをたたえながら、ようやく話しかけてくれた。

そう心の中に直接、念話というやつなんだろうか、今の私には肉体がなく、声を聞く耳もなったから・・・。


”いろいろ大変だったようだね。

人生は順調に終えるのがいいと思うかもしれないが、まあ、挫折して苦労することになっても、それだけ深い智慧を手に入れる機会にもなる。

あながち悪い事ばかりじゃないんだよ。

とはいっても残念ながら解脱するにはまだまだ程遠いから、涅槃に往く訳にはいかない。また輪廻を繰り返すことになるけどね。

が、得たものは大きかったはずだよ。


ところで、次の輪廻なんだが、彼(か)の世界の神が我らの世界の神に、あなたの派遣を願ってきてね。

我らの世界の神は了承したので、あなたには彼の世界に赴いてもらうことになっている。

まあ、特別派遣人事というわけだから向こうさんも無碍には扱わないと思うよ。それなりに期待してもいいさ。


で、わざわざ私の所に来てもらったのはね、餞別として”不動心”を差し上げようと思ったからだよ。”


そういうと、老人の額から何か光のような物が私の中に入ってくる。そして、それが完全に私の中に納まると、


”では、往くがいい!。”


すると、自分が宙に浮き上がり、どんどんと上空に向けて昇っていくのがわかる。やがて、風景が下方に広がってゆき、下を眺めると、


”赴く者(ゆくもの)よ、赴く者よ、彼岸に赴くものよ、汝に幸あれ。”


下から、老人がこちらを見上げて見送ってくれていた。


そして、どんどんと上昇して、宇宙の領域にまでのぼる。不思議と苦しくもないし寒くもない。そして、漆黒の宇宙のなかを遠く突き進んでゆく。


どれほどの時間を進んだことか・・・。

ついに派遣先の世界の神様の前にやってきたようだ。頭のてっぺんが禿げており、それを取り巻く白髪がボサボサと首まで伸びていて、ちょっとみすぼらしい爺の神様だ。


「いや、わざわざご苦労なことじゃ。ちょっとわしの所で面倒があってな、お前さんのいた世界の神に優秀なヤツを送ってくれんかと頼んだわけじゃ。よろしゅう頼むぞ。

まあ、遠い所をせっかく来てもらったのだから、転生する前に、いろいろと希望もあることじゃろうし、一応聴いておこうと思ってのう。」


いささか胡散臭いが、フレンドリーで神秘性や威厳なんぞ微塵も感じさせない。つい気楽に望みを言ってしまう。


「いや~、前世では女だてらに事業に打ち込んいたら、身内から裏切られコケてしまうという痛い経験をしました。もうそんな人生はごめんです。のんびりと生きていきたいです。」


「ほっほぅ~、では千年ほどブラブラとあちこちを気軽にめぐって過ごすのはどうじゃ。」


「ハイ、ありがとうございます。

それから、もう女はまっぴら。それに結婚もしてませんでしたので、ハイ、今度は美女の嫁を貰った幸せな旦那になりたいです。」


「フンフン、もっともじゃ、それなら飛び切りの美女のヨメ、エルフのヨメ、いやハイエルフのヨ~メを手に入れることにしよう。それから?」


「転生物でおなじみのチートが欲しいです。」


「う~ん、もっともじゃ。それがなくては話にならん。まことにもってチートこそ真実と言える。

しかしじゃ、はなからそれでは面白くない。運命的な冒険を多々こなしチートを手に入れてこそじゃ。

努力、欲情、そして勝利、すなわちチートじゃ。

まあ最初がゼロというのはキツイから、はじめは、ちょこっとチートということにしよう。

どうじゃ、これで手を打っとけ!」


欲情ではなく友情ではなかったのか。いやそれでは、やっかいな問題があるらしい。まあいいさ、そんなもんだろ・・・。


・・・・・・。


と、その瞬間、人気のない森のはずれの田舎道の上に座り込んでいた。

時期は初夏ではないだろうか、濃い緑と樹木の匂いにつつまれた森のはずれ、小川のせせらぎが聞こえる田舎道で、一人ここにたたずんでいたのである。


あまりにものいきなりに、呆然とするも、すでに始まっているのだと気が付いて、早速、この世界に転生した自分自身を確かめてみると・・・えっ!こんなはずでは。

胸にはあるはずのない、弾力のあるものが。慌てて股間に手をやり確かめると、あるべきものが・・・無い。

また女だ?どういうこった!話が違うではないか!

我を忘れて狼狽していると、目の前にボフンと煙が立ち上がり、てっぺん禿げ白髪の爺神がいきなり現れる。

「い~や、そんなことはない。

昔、ここから南に1000キロ程離れた所にアドモの王国なるものがあって、

今から1754年前にカイヌスマールという哲学者がおったわけで、

彼は自己の存在を深く追求し、輪廻する本質的な霊的存在すなわち精神的な自己をダン・ナとなずけ、

身体的存在すなわち肉体的な自己及びそれのもたらす感情的・本能的な働きを含めてヨーメとなずけたわけじゃ。

つまり、人間の存在は霊的なダン・ナと肉体的なヨーメに分けて理解すべきであると主張したんじゃが、

転生してきたお前の状況を鑑みるに(かんがみるに)まことにもって、そのように考えるのがふさわしく当然というものじゃ。

そして、お前はヨーメとして美女を欲したのであるから、わしはハイエルフの美女の肉体を与えたというわけで、全く約束どおりじゃ。

なんの文句がある!」


ここまで一気にしゃべり、圧倒しようとする。

しかし、これは無茶苦茶じゃ・・・、

いや、いずこの世界でもうまい話には裏があるという事なのか!。


「ちゃ、ちゃんとチートもつけてある。まずお約束の鑑定じゃ、ホレッ自分を鑑定してみろ。」


種族 ハイエルフ 名前???

年齢 17歳 

HP100

MP1000

能力値

筋力 7

耐久力 7

素早さ 9

器用さ 12

敬虔さ 12

知力 15

カリスマ 12

特別スキル

不動心

種族スキル

麒麟児

固有スキル

嫉妬の魔眼;鑑定・遠視・透視・転写

強欲の子宮;探求・スキル複製

魔法スキル

根源魔法;

時の魔法Lv0(+2);時間認識Lv1

空間の魔法Lv0(+2);空間認識Lv1

マナの魔法Lv0(+2);マナ認識Lv1



「種族ハイエルフじゃ、伝説のハイエルフじゃぞ!しかも17歳の美少女だ~。

これから千年を超えて生きるハイエルフじゃ~。

ただのエルフなら300年ほどの寿命じゃから、どれほど凄いか。

まあ、子供はできんがの。こんなのが増えたらえらいことになるからの。

MPなんぞ普通のエルフなら初期値で20もあったらいいところだ、ほかの種族なら初期値は0かあっても5ぐらいじゃ、100まで育てたら一流の魔術師ぞ。それを1000とは、奇跡を超えておる。しかも育てるともっともっと増える。

凄いを超えて、口あんぐりじゃろ。

能力値でも成人の初期値平均の目安が10じゃから、相当なもんじゃ。

種族スキルというのは種族特有のスキルで、

お前の場合、ハイエルフというのはたった一人の新種族だから、その”麒麟児”というスキルも唯一のチ~~トスキルぞ。

スキルや能力の学習・成長なにをしても人より優秀!物覚え早く、成長も早い、魔法もうまいといういいとこだらけのスーパー・チート・パッシブ・スキルじゃぞ~。

それから、魔眼!最初からもってるなんぞ、無いぞ、こんな話。

魔眼によって遠くを見通すこともできるし、透視・暗視もできるし、魔力を視覚化することもできる。お約束の鑑定スキルもこの魔眼によるスキルじゃ。

それだけじゃない、この魔眼は観る能力だけではない、転写つまり、書き写すこともできる。もう、講義でノートをとる必要もなしじゃ。どこにでも書きつけることができる。


最後の強欲の子宮、凄い名前じゃが、できることも凄い。

他者のスキルをサンプルから解析・分析し、それを複写して自らのものとする能力だ。

もうこの世界にあるすべてのスキルを手に入れたのも同然じゃ。知識・心理・記憶といったサンプルを手に入れたら、それでスキルを手に入れることができるわけじゃ。スキルの現物を観察しても、OKじゃ。まあ、確率で、ということになるがのう。

とにかく何でもいい、情報からスキルを紡ぎ出すというとんでもないチートスキルじゃぞ!

これ程凄いスキルで固めたのに、なんの文句がある。」


いやスキルがどうこう言ってんじゃないだろ。

なんで女なんだ!話が違うだろ!


「そもそもじゃ、

お前さんにして欲しい事、つまりは神命じゃが、それはドラゴン退治じゃとか、魔王退治じゃとか、あるいは世界の統一だとか、そんな勇ましい事ではないのじゃ。

じゃあなんだって?

いや、それはおいおい話すとしてじゃ。

この世界は封建時代の真っただ中であるから、男であると周囲の対抗意識・警戒意識がどうしても強くなってしまう。男でいるよりも女の方が世間を裏側からよく観察出来るし、色々と動きやすいし、具合がよいのじゃ。」


そりゃあ、あんたの都合だろうが!

こっちの話を聞く気がないんかい!

さっきの話と違うじゃないか~


「何!やり直しだ?

もう生まれてしまったんだぞ、できるわけないだろ。

そんなことは死んでから言え。

それでも不満がある様じゃの。

ああよかろう、そうしたいならこの道を森の方に行くといい。そこでは今、狼の群れが狩りをしてる最中じゃから、お前なんぞいい獲物じゃ。さんざんに食い殺してくれるわい。足を齧られ、逃げなれなくなり、腹を食い破られて生きながらにしてはらわたを食いちぎられるわけだ。狼が群れて自分を貪り喰らうのを見ながら死ねるぞ。さぞかし、痛かろうな~苦しかろうな~怖かろうな~。

さあ、どうするんだ。」


こりゃアカン、アカン爺や。


こちらを睨みつけて、こちらがビビッているのを見るとニヤッと笑い、

「いやなら、道を反対方向に行くことじゃ。親切なおじさんがいて助けてくれる。その時からお前の運命が始まる。」

そういうとサッと消えてしまった。


はっ話が全然違うじゃないか!どこぞのブラック企業かよぅ!

人を何だと思ってるんだ。


親切なおじさん!おじさんだって!もうフラグが立ったようなもんだろ。

こんな人気(ひとけ)のない田舎の野生のおじさんがこんな半裸の女の子を見つけて、どうするか、きまってるだろ。


おじさんって、あのムノ~のハゲ副社長のようなヤツのことじゃぁないか。あんな無責任で自分勝手なヤツがする事なんて、ろくでもない事に間違いないわ!。






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