世界が滅べば幸せなのに

卯月ふたみ

明日世界が滅んだら


幼馴染のゆりのことを好きになったのはいつだっただろうか。


振り返れば、物心がついた時から彼女のことが好きだったと思う。


どこが好きかって?


それはやっぱり、まずショートカットが似合うボーイッシュな外見が好きだ。

いつでも優しい色をした瞳も好きだ。

少しハスキーな声も好きだ。

とても気が回るところも好きだ。

料理が上手いところが好きだ。

綺麗な言葉選びをする彼女が好きだ。


ぶっちゃけると全てが好きだった。


昔からずっと、ずっと、めっちゃ、めっちゃ好きだった。


でも、彼女に好意を伝えることなく今日という日まで生きてきた。


理由は近くにいられるだけで幸せだったから。


彼女になってくれたらなと夢を見たりはするけど、この幼馴染という特別なポジションを失いたくなかった。

だから、この気持ちは悟られないように過ごしてきた。



それが今、俺の中で揺らいでいる。


焦りが生まれたのだ。


それは今日、ゆりが隣のクラスのイケメンバスケ部の三浦に告白された……という噂を聞いたからでは、断じてない。


今夜、日付が変わる頃、地球が終わるからだ。


超巨大な隕石が落ちてくる。


全地球上の命が終わる、そんな規模の大災害だ。

夕飯の時間帯に国からの緊急放送があったのだ。

彼女の命も、俺の命もすべてにピリオドが打たれる。


これはもう確定事項なのだ。

絶対に死ぬ。

死から逃れることはできない。



世間がこの発表に対してどんな反応をしたのかは知らない。


ただ、とにかく、地球が終わるということを受け入れたとき、俺が一番最初に思い浮かべた顔は、やっぱりゆりだった。


彼女にいますぐ会いたいと思った。


できれば彼女のそばで命を終えたいと思った。


会うのは難しくない。

なんたって家はすぐ隣だ。


俺は自室のカーテンをあければ、向かいにはゆりの部屋があった。


カーテンは閉まっているが電気はついているし、どうやら彼女は自室にいるようだった。


窓を開けると、寒い冬の空気が室内に流れ込み身震いした。


どこか遠くでサイレンの音が聞こえる。

きっと、明日世界が終わるということで、世界の治安が悪くなっているのだろう。


でも、我が家のある閑静な住宅街は、いつもと変わらない日常の空気で満ちていた。

きっと皆はいつもの日々を過ごして終わろうと決めたのだろう。


明日の世界の終わりが、ぐっと近いものに感じ始める。


彼女は部屋で何をしているのだろうか。

一人泣いているのだろうか。

その涙を止めてあげることが許される存在になりたい。


窓際に置かれたカラーボックスの上に置かれた小石をつまんだ。


これは、お互いに用があるときに窓に投げるのに使っていた石だ。

今はスマホがあるから使っていないが、小学生の頃なんかは毎日、用があるたびに投げ合っていたものだ。


そんな習慣が失われた今もなお、俺は庭に捨てるのをためらって置きっぱなしにしていた。


その小石を一つつまみ、見つめながら思う。


この好意を本当に伝えていいのだろうか。

伝えれば俺たちの関係は決定的に変わってしまう。


告白には可塑性がある。

一度でも変わってしまえば、もう、決して元通りには戻れない。

この俺の好きな幼馴染というポジションもいままでと同じようにはいかなくなる。


いまの居心地のいい関係は終わってしまう。


本当に……本当に、告白していいのだろうか。


彼女はどう思う?

何を感じる?

迷惑じゃないだろうか。

軽蔑されないだろうか。


かぶりをふる。


明日、世界は滅んでしまうのだ。


そんなことを考えて、告白をやめて、それで俺は死に際に後悔をしないだろうか。

いや、絶対に後悔する。

告白に失敗しても、しなかったよりも死に際はマシになる。

そう信じる。


俺は手に持っていた小石を投げた。

窓ガラスにあたり、コツンと音がする。


しばらくして、もう一度小石をつかんで投げた。

また、コツンと鳴る。


3つ目の小石をつまんだところで、向かいのカーテンが開かれる。


不思議そうな顔をした彼女が窓を開けた。


「どうしたの?」

「え、いや……」

「コレで呼ばれるのとか久しぶりだね」


そういい彼女は微笑んだ。

いつもの俺が大好きな彼女の笑顔だった。


その表情にドキンと心臓が跳ね、反射的に目を反らした。


「外寒いね。というか、スマホどうしたの? 学校にわすれた?」

「あ、ああ、いや、うん……」

「んー? どうしたの?」


どうしても彼女の目を見ると照れてしまい、表の道にある街灯を見ながら言う。


「あのさ」

「うん?」

「いま、何してた?」

「え? いま? 秘密」

「そっか、秘密か……」

「うん秘密!」

「そっか」

「え? なんなの、いつもと様子全然違うけど、何かあったの?」


いつも通り話すことができず、心配されてしまった。

でも仕方ないだろう。

一世一代の勇気を振り絞ろうとしているのだから。


「あのさ、どうしても今日中に、ゆりに伝えておきたいことがあってさ……」

「伝えたいこと?」

「うん」


ちらっと見ると、不思議そうな表情を浮かべている。

どうやらまだこちらの意図はバレていないようだった。


心拍数の上昇が続き、頭の中がぐちゃぐちゃしている。

逃げ出したい気持ちになった。

まだ逃げられる。

トキトーな話題に路線変更できる。


でも逃げるわけにはいかない。


今伝えられなければ、もう二度と伝えられない。

そう、明日はもうないのだ。

明日は絶対に来ない。

今を逃したら永遠に伝えるチャンスはない。


「あ……のさ、なんつーか、今日、隣のクラスの、えーと、三浦? に告白されたでしょ」

「え? ……あー、うん。…………知ってたんだ」

「いや、まあ、うん。聞いた」

「そっか。うん……それが?」

「え、あ、えっと……いや、あのさ……」


話が突然すぎたか?

急ぎすぎたか?

宿題の話でも挟むべきだったか?


いや、明日はないのに宿題の話をしても意味ないだろ……


いずれにせよ、もう少し会話を温めてから切り出すべきだったか?


一瞬だけ、彼女の顔を見る。

少しバツの悪そうな表情を浮かべていたが、俺の視線に気づくと意味深な微笑を浮かべた。

その表情にどういう意図があるのかは読み取れないが、いずれにせよその笑顔に胸のど真ん中を撃ち抜かれていた。


ああ!!!

可愛い!!!

好きだ!!!!


俺は心拍数がさらに早くなるのがわかった。


告白のためにある程度の言葉を考えていた。


これまで何度も、何年もの間、するつもりもなかった告白の言葉をたくさん考えていた。

でも彼女の顔を見た瞬間、頭がカーっとなって、すべての言葉が散り散りに吹き飛んでいた。


もうだめだ。


俺の頭はいまチンパンジーだ。


どうすべきなのかわからない。


でもただ、自分の中の内燃機関が勝手に勢いづいていく。


好き。


この言葉を飾れる言葉を探す。


でも全然出てこない。


それでもどうにか頭の中に飛び回る言葉を捕まえ、つぎはぎに紡いだ結果、次に出た言葉がこれだった。


「み、三浦より俺の方がゆりのことが好きだから! あいつよりずっと、長い間ゆりが好きだから!」

「……え?」

「ずっとずっと、ゆりのことが好きだったから!! 世界が滅んでもずっと好きだから!!!」

「え、え、あの……」

「ゆり!!! 好きだ!!!!! 愛してる!!!!」


ガララ、ピシャっという音とともにユリの部屋の窓が閉まった。


「ん?」


何かあったのかと思ってそのまましばらく待ってみた。


これは照れ隠しのピシャか?

それとも嫌悪感のピシャか?


それから10分ほど待つが、その窓がもう一度開く様子はなかった。

やがて彼女の部屋の電気が消えた。


「え? 寝た?」


「イエス」も「ノー」ももらえず、その代わりに窓をピシャっと閉められてしまった。

いや、これはどう頑張って解釈しても「ノー」ってことなんだろうけど。


「ふっ」


よくわからないけど、とりあえず笑ってみた。


むなしかったので、窓をゆっくりと閉めた。


しばらくカーテンを開けたまま外を見ていたが、やっぱり電気がつく気配も、窓が開く気配がない。


ああ、涙が出てきた。


終わった。


終わってしまった。


十数年にも及ぶ俺のカタオモイは、窓のピシャという音とともに終わったのだ。


「へへっ……へへっ」


と笑いながら泣く。


でも、これで俺は死ぬときに後悔せずに済むはずだ。

思いを伝えずに死ぬよりはるかにマシなはずだ。


でも……


「でも」と泣きながら思った。


でも、明日世界は滅ばないのだ。


隕石の話は三浦の告白の噂を聞いた後付けだった。

自分を奮い立たせるための設定にすぎない。


つまり、明日も世界は続いていく。

ゆりに告白して振られたこの人生は続いていく。


ああ……本当にあした隕石が落ちてきて世界滅べばいいのに。



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