清掃師、心を決める
「い、いくらなんでもありえないんじゃ? 物凄い才能って言うけど、俺はずっと底辺ジョブだってバカにされてきたんだし……」
俺は舞い上がろうとしてもできなかった。それだけ、負け犬根性のようなものが体に染みついているっていうのもあるが。
「アルファよ、それは人間における尺度じゃろ? わしはお主のジョブに無限大の可能性を感じたのじゃ。人間どころか、わしら人外の者でさえ未踏峰の迷宮山を攻略できるほどの、な……」
「じょ、冗談きついよ。確かに俺のジョブ【清掃師】は、世界で一つしかないユニークジョブだけど、手早く掃除することくらいしか取り柄なんてないのに……」
「わしはな、能力を鍛えることができるからこそ見抜けた――」
「――もういい! いい加減にしてくれ!」
「「「「……」」」」
俺が急に叫んだからみんなびっくりしてる様子。それでも止められなかった。だって、ありえなさすぎて受け入れることが難しかったから。
「俺……ずっと底辺で、十歳のときからゴミ人間呼ばわりされて生きてきたんだ。それもジョブが底辺の【清掃師】だからって、親までコケにされて縁も切られた惨めな男なんだ。なのに……それが無限の可能性? 物凄い才能? 人外でも未踏峰の迷宮山を登頂……? ありえるわけないだろ。助けてくれたのはありがたいし嬉しいけど……俺には……俺なんかには無理なんだよ……」
視界が涙で滲む。これでドワーフたちも一瞬で夢から覚めるだろう。これこそが負け犬として生まれた男の運命なんだよ。
「ア、アルファよ、お主それでいいのか……?」
「……」
もう何を言われても俺の気持ちは変わらないだろう。負け犬はどうやったって勝つことなんてないし、その一歩すら踏み出せないんだ。ただ状況が変わらないことを祈りながら隠れるようにひっそりと生きていくだけだ。
「ほーら、マリベル。わたくしの言った通りでしょう? この人間のハートは確かに綺麗ですけれど、あまりにも弱っちすぎてお話になりませんことよ?」
「はあ。部屋が綺麗になって少しは期待したが、所詮はひ弱な人間だったということか」
「人間しゃん、つまんないのれふうー」
「……どうとでも言ってくれ」
俺は扉に手をかけた。ドワーフたちにはがっかりさせちゃったかもしれないけど、負け犬なんかに期待すればするほど損をするわけで、これでよかったんだ――
「――アルファッ! 自分の可能性までゴミ箱に捨ててはいかんっ!」
「……」
振り返ると、マリベルが涙目で俺を見上げていた。たかだかゴミ人間の俺にここまで言ってくれるなんて、人間より人間っぽいドワーフなんだな……。
「だから……気持ちはありがたいよ。でも、なんでよりによって負け犬の俺なんかに可能性を見出したわけ? 人外でも未踏峰の迷宮山の登頂を目指すなら、それこそドワーフ四人で登ればいいだけの話だろ……?」
「確かに、わしらは個人の技量は高いが、その代わり協調性は皆無なんじゃ。それはお主が掃除するまでゴミだらけじゃったこの部屋を見ればわかるじゃろう。協力しようとしても、ドワーフ同士だと逆にマイナスに作用してしまうのじゃ」
「いや……だからさ、人間に協調性があるのはわかったけど、なんで俺? 人間なんてほかにもいるだろ?」
「お主には、特にまとまりを感じたのじゃ」
「……まとまり?」
「うむっ。自分を犠牲にしてまでほかを生かそうとするまとまり……まるでその能力を示しているかのようなその見事なまとまりこそが、わしがお主に可能性を見出した所以なのじゃ……」
「……」
まとまり……一つに集める力、か。なるほど……。
「お主なら、わしらの能力を一つにまとめることもできる。すなわち、未踏峰の迷宮山をも登頂できる可能性があると考えたのじゃ……」
「マリベル、黙って聞いてればいくらなんでも過大評価ですわ。たかが人間ですのよ?」
「我もルカに概ね同意するが、難しいところだ。そのたかが人間が我々の小屋を綺麗にしてくれたのもまた事実……」
「ユリムは、ゴミだらけの部屋も楽しいと思うのれふよ……?」
「まったく、わしが必死に説得しておるというのに、ごちゃごちゃとうるさいのじゃっ!」
「「「「キーッ!」」」」
「……」
何故かドワーフ同士で喧嘩が始まってしまった。確かに彼女たちにはまとまりがないように見えるし、マリベルの言う通りだな。あ、いかん、笑ってしまいそうだ……。
「ププッ……」
「「「「……」」」」
急に俺が噴き出したせいか、みんながぽかんとした顔で注目してきた。
「ご、ごめん。だって、ドワーフたちが俺のことで争ってるのがなんか面白くて……ククッ……」
あんぐりと一様に口を開いた彼女たちの顔も面白くて、俺はしばらく笑いが止まらなかった。確かにドワーフにここまでのことをさせる程度にはまとまりの力が俺にはあるのかもしれない。
「俺、しばらく本当に掃除くらいしかできないと思うけど、それでもいいなら……」
「「「「おおっ……」」」」
みんなの表情がパッと明るくなるのがわかる。こんな俺でも需要があるならチャレンジしてみようって、ほんの少しだけそう思えたんだ……。
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