第42話『金と銀』
「——ツルキィ、いるか?」
鍛冶屋を訪ねたのは、「明日の朝、出発前に立ち寄って」とツルキィに言われたからだ。
もう七日間、城へ戻ってきていない彼女へ食事を持って行ったときに、そう俺に伝えるように頼まれた、とファリンが言っていた。
この七日間、メイド服の少女が笑顔を浮かべているのを一度も見ていない。
それほどまでに、彼女は友人を心配しているのだろう。
——あの日。ケリュネアとスルトがいってしまった日。
城へ戻ると、悲痛な声を上げながら泣きついてきたツルキィに俺は戸惑った。
だがすぐにその理由に思い当たる。
視線の先には、理由も分からず泣き叫ぶ魔族の少女を、心配そうに見つめていたファリンやクロさん。
きっと、俺以上に困惑していただろう。
——どうやらケリュネアの最後の思念は、森を越えて彼女へと届いたらしい。
そのとき、思念の波動がいつも以上に強かったのを思い出した。
ツルキィの涙に、込み上げる無力感を押し殺しながら彼女の思いと最期を伝えると、受け止めることができない少女は俺の身体をさらに強く揺する。
そのとき、俺が小脇に抱えていたものが落ち、それに目にしたツルキィの声が止む。
彼女はそれがただの金属ではないとすぐに見抜き、赤茶色の髪を大きく揺らしながら飛びつくと、教えてもない白金色の球体の名を口にした。
「——《アダムス》」
俺が口を開いたときには、ツルキィからその言葉は放たれていた。
「セブンさん、これで、ボクに剣を作らせて」
その瞳には有無を言わせない強い光が宿っていた。
ただしその色は、不安になるほどに昏く。鋭い気配を発している。
「いや、——」
《アダムス》をスルトから託されたものの、使い道なんてまったく考えていなかったが、武器を、という選択肢はなかった。
だから断ろうと思い口を開いた。——だが、
「……」
ツルキィは、『なにがあっても離さない』。
そう言わんばかりに球をひしと胸に抱いており、手放しそうになかった。
「わかったよ……。よろしく頼む」
結局折れてしまい、神鉄をツルキィに託すことにした。
今はきっと、気を紛らわす何かが必要だ。
「うん……ありがとう。——っ!」
「あっ——おいっ!」
止める間もなく《アダムス》を抱えたまま走り去ったツルキィ。
それから今の今まで、城に帰らず鍜治場にこもったまま——、
「セブンさん」
「——ッ!?」
ふいにかけられた声に意識を引き戻された。
作業場の奥、薄暗い闇の中からぬっと現れた小さな影を目にした瞬間、背に緊張が走る。
七日ぶりに見たツルキィの顔は酷くやつれており、ろくに睡眠もとっていないんだろう、瞳はいつもの半分しか開いておらず、その下には塗り重ねたように黒いクマがあった。
ふと彼女の後ろを見やれば、床に弟子たちが骸のように転がり、死んだように眠っている。
だが、いずれも冷や汗をかく理由にはならない。
その原因は振り上げられたツルキィの右手にあった。
そして、その手に握られた抜身の剣を自らの左の手の平に振り下ろし——、
「……と、見ての通り、この剣には刃がないんだ」
「おいっ、びっくりしたぞ!?」
思わず叫ぶのも仕方がないだろう。
ツルキィの指は落ちることはなく、切っ先はその上で受け止められていた。
——つまり、
「驚かせてごめんね。……ただ、この剣をこれで完成にするかは、セブンさんしだいってことを伝えたくて」
「刃のない剣が完成? 俺次第?」
「うん。この剣をここで砥ぐことはできないんだ。たぶん、セブンさんがスルトって巨人の『からだ』を刻んでいくことでしか、刃を宿すことはできない。……それを決めるのはセブンさんってこと」
「——なら、これで完成だな」
「……そう言うだろうなって思ったよ」
即答する俺に、ツルキィは苦笑する。
それからわずかに顔に影を落としながら、
「ボクはあまり人を傷つける武器を作るのは好きじゃない。でも、あのとき思ったんだ。せめて手元にあったアダマで作った剣を渡していればって。そうすればもしかしたら……」
「ツルキィ……」
ドワーフの少女は固く両手を握りしめ、悔し気な声を漏らす。
——どうやら勘違いしていたようだ。
あのときの怒りの気配は、スルトや原因を作った人間に向けられていると思った。
無論、それも間違いなくあると思う。だが、それ以上にツルキィは己に怒りの矛先を向けていたのだろう。
——そして胸を張って彼女は言った。
「この剣は折れないから。……セブンさんが選べる道を奪うことはないから、一緒に連れて行ってあげて」
「ありがとう、頼りにさせてもらうよ。……これは?」
鞘に納めた白金色の剣ともう一本、黒い鞘に包まれた剣を渡され首を傾げながら問う。
やはり一本は切れる剣を持っておけということだろうか。
「それはクロさまに渡して。アダマ製の剣だよ……これから出発するんでしょ?」
「知ってたのか。もしかしてそれで……」
「ファリンちゃんから聞いたんだ。無事に戻ってきてください——ってクロさまに伝えて」
「俺は?」
「ああ、その剣の銘は——『エル・スルト』だよ」
寂しさのあまり愕然としながらこぼす声は聞こえているのか、いないのか。
ツルキィはふと思い出したかのように白い鞘に収められた剣の名前を教えてくれた。
その言葉の意味。それはあの二人の姿を思い出す——
「……『金と銀』、か。良い名前だな」
「はあ、少し話し込み過ぎてしまった。時間までまだ少しあるけど……」
鍛冶屋を出て、街の外へと向かう。
彼女の性格を考えれば、すでに待たせている可能性が大いにある。
駆け足で門から街の外へ出て、左右へ首を振り目的の人物を探すと、その姿はすぐに見つかった。
——ああ、やっぱり。そんな風に内心で呟きながら、待ち合わせの場所で指示通り二頭の馬と待っていてくれたクロさんのもとへと急ぐ。
馬の背には騎乗のための装備のほかに、革製の荷鞄が吊り下げられており、準備は万端のようだ。
足音で気がついたのか、俺に向き直り姿勢を正して目礼する彼女に、手を振りながら声をかけた。
「クロさん、お待たせ。それじゃあ出発しようか」
「はい、準備はできております我が君。して、その剣が?」
腰に下げた俺の新たな剣に視線を投げるクロさん。
新しい武器が気になるのは、やはり剣士だからか。
俺は左の腰に下げた剣を抜き放つと、その白金色の刀身を登り始めたばかりの朝日にかざして見せる。
すると、「おや?」と小さく口にしたのが聞こえ視線を横にずらすと、彼女が剣を凝視している様子がうかがえた。
「我が君、もしやその剣は……」
「さすがクロさん。うん、この剣は——」
彼女の言葉に、俺はつい先ほどの鍛冶屋でのやり取りを伝える。
それを聞いたクロさんは柔らかく目を細め、少しだけ安堵したような表情を浮かべた。
「そうそう、クロさんの剣も預かってるよ」
「私にも、ですか?」
予想外だったのか、クロさんは目を丸くして剣を受け取ると、柄と鞘を引き刃を覗かせる。
陽光が照らす黒銀色の刀身は、まるで彼女そのものかのように美しく、濡れたような光を放っており、目を惹きつけた。
「これは——。帰ってから、あの子に礼を言いに行かねばなりませんね」
「ああ、そうだね。——さぁ、こっそり里帰りといこうか」
俺たちが馬に乗り、目指すのは《願いの坩堝》。そこで《精霊の王》に会い、加護を授けてもらうために。その場所——故郷ガイランドへ。
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