【想定外の存在】
辺りを見渡し、警戒しながら森の中を進んでいく。
「今の所コカトリスはさっきの一体だけか。」
俺の言葉を無視しながらニアは先に進んだ。
(…無視かよ…。)
「なぁ、なんで試験官なんだ?現役の冒険者じゃないのか?ニアの動きには何か違和感があるんだが。何かを隠しているような…。」
一瞬ニアもトリガーの世界から来ているのでは?と頭をよぎった。
ニアは何かを躊躇う様子だったが静かに口を開いた。
「私は、呪いを受けた。力を求めるあまり…、辞めたのだ。太陽が出ている内は本来の力が出せない。それでも、Aランクのモンスターなら問題はない。お前も、何か隠しているようだがな。ギルド本部で会った時に感知魔法でお前を見た。お前の力はAランクをゆうに超えている。なのに、さっきのコカトリスでは私に合わせて動いていたようだ。お前は何者なのだ?」
ニアは足を止め振り向いた。
俺は左手の親指を触り指輪がある事を確認した。
(指輪を装備した状態でもAランク以上か…。)
「今回の試験は、判断力と観察力、指揮能力と個人の実力を見るんだろ?だったら、ニアに合わせて動いた方が伝わりやすいかと思っただけだよ。ぶっちゃけるとコカトリス位なら敵ではない。」
俺はレーヴァテインに手を添え笑ってみせる。
「そうか…それそろ目的地だ。その隠した力を見せてもらうぞ。もしかしたら、お前なら…。」
ニアは何かを含む物言いをしながら物音がする方を見つめた。
木の影から無数のコカトリスが姿を現した。
「流石に多いか。どうする?」
ニアは剣を構えた。
「これで全部ではないだろうから、まだニアを温存したい。この数なら俺一人で十分だ!」
ニアが驚いているのを横目に俺はレーヴァテインを引き抜き群れに向かい走り出した。
先頭のコカトリスがブレスを吐いた。
「レーヴァテイン解放!」
俺はレーヴァテインに魔力を注ぎ力を解放すると、レーヴァテインが赤く光る。
ブレスを斬り裂きコカトリスに斬りかかり眉間に剣を突き立てると、そのまま振り抜いた。
コカトリスの体は2つに別れ、燃え出すと同時に俺は足を止めず、次のコカトリスに飛びかかった。
仲間がやられ、怒るコカトリス達は次から次へと俺に向かってくるが、俺は一刀のもとに斬り捨てた。
斬られたコカトリスは燃え上がり灰になる。
ニアは呆然と見ていた。
「すごい…なんと言う戦いだ…。」
辺りには肉の焼ける匂いが立ち込める。
俺はレーヴァテインを鞘に仕舞い、ニアに向かって歩き出した。
「こんなもんだ。さて、残りも倒しに行こうか。」
「あ…あぁ。」
俺はニアの反応を見て内心ほくそ笑んだ。
(ニアはトリガーの世界からきた訳では無いみたいだな。)
少し進むと拓けた場所にコカトリスの巣と思われる物が無数にあるのを見つけた。
「ここが巣か…数が多いな。ニア範囲魔法は使えるか?」
「炎属性の範囲魔法は所持していない。闇属性の範囲魔法なら少しは…。」
俺とニアは木の影に隠れながら打ち合わせをしていた。
「では、俺が炎属性の範囲魔法を撃ち込む。ニアは魔法から逃れたコカトリスに注意してくれ。コカトリス達の動きならある程度は減らせるだろうが、全部は無理だな。数が減ったら各個撃破だ。さっきも言ったが、尻尾の攻撃には注意しろよ。」
ニアは頷くと離れた木の影に隠れた。
「さて…鶏の丸焼きを作りますかね。なんてな!"ファイア カルネージ"」
コカトリス達の周りを炎が囲むとコカトリス達は慌てふためいているが、炎は段々と周りを焼き尽くしていく。
炎の勢いが強まりコカトリス達を包み込んだ。
しかし、炎が強まる前に数体のコカトリスは上空に逃れていようだが、コカトリスが着地すると同時にニアが斬り込むと、コカトリスは血飛沫を上げながら次々と倒れた。
残りのコカトリスも同様に斬られていく。
次第に炎は弱まり、収束していくと弱まる炎の中から黒いコカトリスが飛び出してきた。
(あれは…。)
黒いコカトリスはニアを目掛けて突進していった。
ニアは避けきれず、そのまま吹き飛ばされ木に叩きつけられると、仮面の一部が割れ、口元に牙が見えた。
「ニア大丈夫か!?あのコカトリスは…。」
俺はニアの傍に駆け寄りレーヴァテインを構えた。
「あのコカトリスは"闇憑(やみつき)"。
大地から溢れ出した闇の女神の力を多く吸い取ったモンスターだ。闇憑になると狂暴になり、ランクが跳ね上がる。想定外だな…闇憑はSランクだぞ…。」
ニアは肩を押さえながら立ち上がろうとしていた。
「闇憑か…。」
(イベントで、ルシフェルの力を与えられたモンスター討伐の時に出てきたダークサイドに似ているな…。)
「どうする?」
俺は構えを崩さずニアに手を貸すが、ニアは手を振り払い立ち上がる。
「アレを放っておけば首都ラクシスに被害がでる。ここで倒すしかない…!しかし…。」
ニアは空を眺めた。
「まだ、日が沈まないか…。」
ニアはヒールの魔法を自分に掛けた。
「日が沈むまで時間を稼ぐ!日が沈めば私の力が解放できる。そうすれば闇憑も倒せる!」
ニアは剣を構え闇憑に向かって行った。
(闇憑か…前のクリスタルガードといい、この闇憑といい、やはりトリガーの世界と何らかの繋がりがあるようだな…。とりあえず、ニアに合わせておくか。)
俺も剣を構え、闇憑に向かって走り出した。
(今の所、攻撃のパターンや動きには変化はない。確かに、威力や素早さは少し上がったみたいだが…。ダークサイドと同じならそろそろ…。)
俺はニアの動きに合わせながら闇憑を観察していた。
すると、闇憑から黒い霧が吹き出し、赤い眼が光る。
霧は闇憑の体を包み込んで行った。
「闇憑は時間経過と共に姿を変える。闇憑として力を吸収してから、およそ半日で完全体になる…この闇憑はじきに、魔人化する…。」
ニアは距離をとり、日が沈みかけた空を見上げた。
「私もそろそろか…。」
ニアの背中から羽が生える。
(あの羽はヴァンパイアか…!)
ニアの魔力が膨れ上がる。
ニアは剣を仕舞うと右手に噛みつき血を流すと前方に突き出した。
「魔剣ブラッド。」
ニアの右手から流れる血が剣の形になっていく。
(魔剣精製か。面白い能力だ。)
俺はニアと闇憑を交互に見つめた。
「神威、お前は下がってて。闇憑は魔人化したら人間の勝てる相手ではない。」
ニアは剣を構えると闇憑に向かって飛びかかる。
(やはり…闇憑とダークサイドは同じか。アーサーやジャンヌ達ならダークサイドも余裕だったけど、育っていない姫達では辛かったな。ヴァンパイア化したニアはそれなりの強さという事か。もしかしたらSランクにはアーサーやジャンヌに匹敵するような存在がいるかもしれないな…。)
俺はニアと闇憑の攻防を観察していた。
闇憑はまだ完全に魔人化してはいない様だが、ニアは手こずっているようだ。
(駄目か。ニアではあの闇憑は倒せない。ダークサイドの場合は純粋な戦いで倒すか、ルシフェルの魔力を浄化するアイテムで元の個体に戻すかだ。後者のアイテムは希少だからこんな所で使いたくないな。魔人化といってもコカトリスだ。いざとなれば、ニアには眠ってもらって俺が倒すか…。)
「俺も手を貸す!完全に魔人化する前に決着をつけるんだ!」
俺はレーヴァテインを解放すると、レーヴァテインを構え闇憑に斬りかかった。
(でも段々と面倒くさくなってきたな、力を隠しながらの生活が…。)
「闇憑は魔王化する恐れもある!魔王化したら倒せる者はいない!何としても今の段階で倒さねば!」
ニアは闇憑の攻撃を交わしながら反撃していく。
「魔王化…?この世界にも魔王が存在するのか…。」
(魔王化…俺の魔王化とは違うだろうが、厄介だな。)
俺も闇憑の攻撃を避けながら攻撃を繰り出す。
「この世界には現在4人の魔王がいる。
それぞれが牽制し合い地上の世界には手を出しては来ないが…。
もしこの闇憑が魔王化して均衡が崩れたら大変な事になる!」
ニアは闇憑の尻尾の攻撃を受け止めた。
ニアが受け止めた闇憑の尻尾を、俺が斬り飛ばすと、切り離された尻尾は異臭を放ちながら消滅していった。
すると闇憑の動きが止まる。
「倒しきれなかったか…。あの闇憑は既に闇憑になってから時間が経っていたようだ。魔人化するぞ!」
ニアは魔剣ブラッドを構えた。
闇憑の体を包んでいた黒い霧が霧散すると、闇憑の体は小さくなり人型になっていた。
「小さくなったけど、発する力は跳ね上がってるな…。」
俺もレーヴァテインを構える。
「小娘と小僧…、ソナタらは我を殺せる者か?それとも我に殺される者か?」
魔人化したコカトリスから瘴気が噴き出す。
「我は"魔人カラビア"。我は力ある者を欲する。強者の血肉を啜り、我は魔王となる。さぁソナタらの力を我に見せよ。」
カラビアは羽を広げると上空に飛び上がった。
ニアはカラビアを追って飛び上がる。
「魔人か。」
俺はレーヴァテインを肩に担ぎ2人を見上げた。
ニアはカラビアに向かって魔法を放つ。
「"ブラッド ニードル"!」
紅い棘が無数に放たれた。
しかし、カラビアは避けもしない。
カラビアがニヤリと笑うと、体に触れる前にブラッド ニードルは砕け散った。
「魔法障壁か!ならば!」
ニアはカラビアに向かって飛びかかるが、カラビアはニアが突き出した剣を片手で受け止めた。
「小娘、この程度か?」
カラビアはそのまま振り回し、ニアごと地上に叩き付けた。
「がはっ!」
ニアの口から血が吹き出す。
俺はすかさずニアに回復魔法をかける。
「すまない。だが私が時間を稼ぐ!ギルドに連絡し応援を頼んでくれ!」
ニアは再び飛び上がりカラビアに向かっていく。
「ギルドに連絡しても邪魔なだけだ。Aランクの試験官に力を認めさせる為には、申し訳ないが少し痛い目を見てもらってピンチを助けるか。」
俺はカラビアとニアの上空での戦いを見ていた。
(やはり荷が重いか。)
次第にニアは勢いが無くなっていく一方、カラビアは余裕の表情だ。
「そろそろか…。」
俺は飛行の魔法を自分にかけると、ニアとカラビアの間に割って入る。
「神威!何しに来た!お前じゃ死ぬだけだ!」
ニアはボロボロになりながらも戦おうとしていた。
ボロボロなニアの姿を見ていたらフツフツと何かが湧き上がってきた。
「………なんだか、イライラしてきたな。元々自制心が強い方じゃないんだ。ニアに対して特別な想いはないが、こうも一方的に少女が痛めつけられるのを見てるのはやはり性にあわないらしい。」
俺はカラビアを威圧する。
「ほう。ではお前が相手をしてくれるのか?そこの小娘じゃ満足は出来なんだ。」
カラビアは拳に魔力を集めると、俺に殴りかかってきた。
「神威!!」
ニアは俺に向かって手を伸ばす。
俺がニアに笑いかけながらレーヴァテインを振ると、カラビアの腕は切り離され地面に落ちていく。
「ニア、よく耐えたな。ここからは俺が代わるよ。」
俺は呆気に取られているニアを抱き抱えると地上に降りた。
ニアは驚いた顔をしていたが、ダメージが蓄積していたのか気を失ってしまった。
俺はニアを木の影に寝かすとカラビアを見上げる。
カラビアは呆然としていた。
「我は魔人ぞ。人間如きが我に傷を?ありえない…。ありえない!!」
カラビアの腕が瞬時に再生する。
「超再生持ちか…。さぁカラビア、かかって来いよ。魔人様の力を見せてみろよ!」
俺は両手を広げカラビアを挑発した。
「おのれ人間風情が舐めた口を!!」
カラビアは上空から急降下しながら拳に魔力を集める。
俺はカラビアの拳をそのまま腹に受けた。
「人間如きがつけあがるからだ!」
カラビアは笑いを浮かべ俺を見たが、すぐに笑みは消え目を見開く。
「こんな物か。魔人化と言っても所詮はコカトリス。俺の不可侵領域を超えることは出来なかったようだ。」
肩の聖魔極し騎士の証がはためく。
「お前は魔王になりたいんだったな?ならば魔王とはどんな物か見せてやるよ。」
俺は魔王化を唱えた。
額から角が生え、背中から翼が生える。
カラビアは小刻みに震えながら後ずさる。
瞳が紅くひかり、尻尾がうねる。
「これが魔王の力だ。カラビア、刮目して見るがいい!」
体から黒い波動が迸る。
カラビアは吹き飛ばされ地面に転がった。
「あり…えない…。この世界で人間が魔王化するなんて…!」
カラビアは地面にしがみつき、俺を見上げている。
「さあ。死んでくれ。」
ーーーーー
俺はニアを抱え、森を後にしていた。
腕の中でニアが目覚める。
「神威!」
ニアは慌てて辺りを見渡した。
「カラビアは?」
「倒したよ。ギリギリの戦いだったけど、ニアの攻撃が効いていたみたいで何とか勝てたよ。」
俺は腕の中のニアの顔を覗き込み微笑んだ。
ニアは俺に抱えられている事に気づき顔を赤らめる。
「ところで、俺はAランク合格かい?」
「これで不合格にしたら、ギルド本部は強大な戦力を逃す事になる。神威、合格だよ。これで私と同じAランクだ。そして…。」
ニアは仮面を外した。
「私の主人としても合格だ。」
可愛らしい素顔を見せたニアが俺の首に腕を回す。
「しゅ…主人?」
「はい。
これからは御主人様と呼ばせて下さい。」
ニアは目を輝かせていた。
(俺はニアと言うAランク冒険者に気に入られた様だ。彼女はヴァンパイア。インビジブルに入れる事は出来ないが、人手が足りない時に依頼の手伝いをして貰う事に落ち着いた。ニアは不服そうだったが、「放置プレイもありだな…。」と言っていたから問題は無いだろう。これで、俺は晴れてAランクだ。次はSランクだな…。この世界とトリガーの世界の共通点を探り、情報を集めないとな…。)
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