連鎖

アール

連鎖

ある夜がふけた時のこと。


私はバス停に設置されている屋根の下で、

雨が上がるのを待っていた。


どこか近くで傘を買おうか少し迷ったが、小降りの雨であった為、待つ事にしたのだ。


仕事を終えて一息つくのにもちょうど良い。


私はすっかり眠りについた明かり一つない街の

風景をぼんやりと眺めながら、屋根にぶつかってくる沢山の滴の音に耳を傾けていた。


その時、ふと後ろの方で何者かの気配を感じた。


振り返ると、雨でずぶ濡れになった1人の女が遠くの方に立っている。


……こんな雨の中、

傘も持たずに何をしているんだ?


私はそう不審に思ったのだが、

気にしないようにした。


最近、妙な殺人事件が

巷で起こっていると噂に聞く。


こう言った怪しげな人物を見つけたときは、関わらないようにするのが一番なのだ。


私はそんな事を思っていたのだが、

やがてそうもいかなくなってしまった。


何故なら突然女の方がバス停に近づいてきて、

私に語りかけてきたからだ。


近くで見てわかった事なのだが女の顔は青白く、

なんだか不健康そうな印象を受けた。


「あの…………」


そこで女の言葉はおわった。


私はしばらくその続きの言葉が女の口から

出てくるのをじっと待っていたのだが、

後に続くのは沈黙だけであった。


い、一体どうすれば良いのだ。


見知らぬ女に話しかけられたのは良いものの、言葉は立ったの2文字だけ。


そして流れる重たい空気と沈黙。


私はとうとうその空気に耐えられなくなり、

女に対してこう言った。


「あの……? 一体どうなされたのですか?」


すると、その私の言葉を待っていたかのように

無表情な女が再び口を開いた。


「あの……。 一体どうなされたのですか」


私は動揺するあまり、目をパチパチさせた。


「え……。 いや、あの。

私が質問しているのですが?」


すると女はまたまた感情を全てどこかで落としてしまったかのような表情で


「私が質問しているのですが」


と言う。


間違いない。


私はすぐに直感した。


この女、私の言葉をオウム返ししてやがるんだ。


一体なんなのだ、この女は。


私のことを馬鹿にしているのか。


こっちは深夜までの仕事で疲れているんだ。


ふざける相手なら他を当たってくれ。


仕事のストレスによる怒りの炎に火がついた私は、今度は少し乱暴な口調で女に向かって詰め寄った。





「おい。

良い加減にしろよ! こっちは疲れてるんだ。

そんな下らない事をするなら他を当たれ!」


「おい。

良い加減にしろよ。こっちは疲れてるんだ。

そんな下らない事をするなら他を当たれ」







「だから何なんだよお前は!

さっきからこっちのマネばかりしやがって」


「だから何なんだよお前は。

さっきからこっちのマネばかりしやがって」







「だ、か、ら!

マネするんじゃないと

さっきから言っているのが聞こえないのか。

別の言葉も言ってみたらどうなんだ!」


「だから。

マネするんじゃないと

さっきから言っているのが聞こえないのか。

別の言葉も言ってみたらどうなんだ」






先程から、まるで話が進まない。


こちらが感情的に言葉を浴びせれば浴びせるほど、相手の女はその言葉を無表情でオウム返しする。


全く、本当に一体何なのだ。


この女は何がしたいんだ。


状況を理解できないと言うもどかしさと、女への怒りが私の頭の中をぐるぐると駆け回り始めた。


この女め。


こっちが何もしてこないと思って

調子に乗りやがって。


良い加減にしろよ…………。


そしてその怒りは次の瞬間、女に向かって暴発してしまう事になった。


つい、反射的に手が出てしまったのだ。


気づけば、そばに落ちていた石ころで

女の頭を殴ってしまっていた。


私は我に帰って慌てて見てみると、女は頭から血を流してその場に倒れていた。


私はそっと近づき、肩に手を触れる。


だがそれはまるで氷のような冷たさになっていた。


倒れる女の頭に雨が降り注がれ、傷跡から流れる血が辺りの地面、全てを薄く赤に染め上げる。


その光景を作り上げてしまった原因である私は、思わず膝から崩れ、分かりやすく頭を抱えた。


ことの重大さに恐怖を抱き、顔から血の気がひいていくのを感じる。


「しまった、どうしよう。

やってしまった、この私が殺人なんて……」


実はこの私、とある大企業の社長なのだ。


こんな事がマスコミにバレれば、とんでもない事になってしまう。


家族はおらぬため迷惑をかける事はないが、

今まで気付き上げた地位や名誉が全て

水の泡となってしまう。


私は慌てて辺りを見回した。


周りに目撃者がいない事が幸いであったが、それももう時間の問題だろう。


すぐにこの死体は発見され、警察によって調べられる。


周りについた足音などの現場証拠を頼りに、すぐに犯人は私だと特定されるだろう。


「ああ、もう悔やんだってどうしようもない。

こうなったら、

責任をとって死ぬしかないだろうな……」


圧倒的な絶望的状況。


これからやってくる沢山の警察やマスコミ、

そして人殺しの犯罪者として世間から浴びせられる白い目。


考える度に頭が痛くなってきた私は、楽になるために死ぬ事にした。


もうそれが以外に方法はないのだ。


生きていたところで、もう2度と今までのような栄光の人生は生きられないだろう。


私は近くに転がっていたである血のついた石ころを手に握りしめた。


……これを自分の頭に強くぶつければ全てを終わらせられる。


私は力いっぱい大きく振りかぶり、自らの頭めがけてぶつけよう……としたが、ギリギリのところでその動作をピタリと止めた。


やはり、

私には自殺をするほどの勇気など無かったのだ。


石を遠くの方へ投げ捨て、再び途方に暮れる。


……一体どうすれば私は死ねるんだ。


自分で手を下すことなんて出来ない……。






その時、私はある事を思いついた。


そうだ。


自殺をするのが無理なら、

誰かに


その方法を

たった今、自らが目の当たりにしたじゃないか。


私がそんな事を考えていると、

ちょうど素晴らしいタイミング遥か遠くの方を歩く

1人の男の姿を見つけた。


私は実行に移すため、男の方へと近づいていく。


やがて、男と目が合うだろう。


きっと相手はこう思うはずだ。


……こんな雨の中なのに、

どうして傘を持たないんだ、と。


そんな相手の男に対して私は言ってやる。


感情を全てどこかへ落としてしまったかのような、そんな表情で。


「あの……」














































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