朝めし屋-二人の出会いの物語-

FUKUSUKE

第1話 後継者選び

 大陸の西にあるアプレゴ連邦王国。この国は北東に接するフムランド王国からの侵略に対抗するため、九つの小さな王制国家が手を結ぶことで生まれた。

 そのアプレゴ連邦王国の中央付近に位置する旧ナルラ王国は八百年もの歴史を持ち、建国以来アスカ家が何代にもわたり治め、現在も連邦侯爵家として善政を布いている。


 いま、旧ナルラ王国領の領都であるマルゲリットの旧王城の一室にはそのアスカ家の者が集められていた。


「皆に集まってもらったのは亡き妻、ソフィアの後継者をこの中から選ぶためだ」


 銀色の髪を総髪にまとめた長身で筋肉質な男性――この地の領主であり、連邦侯爵であるエドガルド・R・アスカが目の前に並ぶ自分の娘、息子に向かって告げる。


「父上……母上の後継者を我々の中から選ぶとはどういう?」


 目元にエドガルドの面影があるが、それ以外は母親似と言われる長男のヘラルドがエドガルドの言葉を遮り、その曖昧な説明の意図を確認する。

 言葉だけを聞けば女性である母親の後継を、男性である息子も含む家族から選ぶように聞こえる。そういう意味ではないことを承知しているのだが、求められているのが連邦侯爵の妻が担っていた役割であるにしても、何を指しているのかが判らない。


「うむ……言葉が足りないようだな。ソフィアが担っていた役割はいくつかあるのだが、その中でも女性にしかできないこと……来賓対応の際や王都における他貴族との交流などについてはクリティーヌとエレナのどちらかに頼むことになる」


 エドガルドとソフィアの間には二男三女の子どもたちがいる。長女のエレンは既に他の連邦侯爵家に嫁いでおり、ここには長男のヘラルドと次男のファビオ、次女のクリスティーヌ、三女のエレナの四名が並んでいる。

 エドガルドは女性としての役割は娘の一人に任せることを告げると、二人の娘に優しい視線を送り謝罪する。


「二人はまだ王都の魔法学園で学ぶ立場ではあるが、どちらかを呼び戻すことになってしまうだろう……許してほしい」


 ナルラ領のオシドリ夫婦といえばエドガルドとソフィアの二人を指すと言われるほど有名であった。それだけに第二夫人を迎えることもなくこれまで領地運営を行ってきたのだが、それが仇となったとも言えるのかも知れない。


「気にしないで、お父さま……」


 雪のように白いストレートヘアを腰まで伸ばし、瑠璃のような深い青色の瞳を持った少女――次女のクリスティーヌが含みのある笑顔を見せて返事をする。

 貴族子女はほぼすべてが政略結婚であるといわれている世界である。王都の魔法学園を卒業したときには結婚相手が決まっていたという状態になるくらいなら、縁談のために自領を訪ねてくる貴族たちの相手をする方が見定める機会を得ることができるし、断る理由を見つけることもできる。

 一方、ヘラルドと同じ色で癖のある髪をした三女のエレナはのんびりした性格のようで、にこにこと笑顔をみせている。


「ああ、ありがとう。

 皆には明かしていなかったことなのだが、ソフィアにはある能力が備わっていた。その能力はある試練を経て、継承すべき相手を選定するらしい。その試練というのは――」


 エドガルドは自身の背後にある引き戸が皆に見えるように大きく一歩移動して、試練の内容を告げた。


「この開かずの扉を開くことだ」


 エドガルドは、四人の子どもたちを顔を見渡す。

 ヘラルドとエレナは不思議そうに首を傾げており、また説明が足りないとファビオとクリスティーヌは言葉を失っている。


「父上、開かずの扉なのなら開かないものなのでは?」

「そうよね、幼い頃からこの扉の意味がわからなかったの。開いてもそこにあるのは壁なのは間違いないもの……」


 ファビオは名前の通り開かないように作られているものだと考えていたし、クリスティーヌはその扉の裏側は壁しか無いと思っている。事実、この扉の背後にある壁の向こうは旧王城の外壁であり、人が入るような場所はない。

 二人の言葉を聞いて、エドガルドは右手の人差指で頬をこりこりと掻く。せっかちで、伝えたいことを端折ってしまう癖を自覚しているだけに、バツが悪そうだ。


「資格がある者しか、この扉を開くことはできない。ソフィアの話では、本人だけが中に入ることができ、その先にある本に書かれている内容を身につけて帰ってくるというのが試練だそうだ。ソフィアもそれを経験して身につけていたのだが、その内容は話すことはできない……」


 真剣な顔をしてエドガルドが話す。

 その話を聞いた四人は、それぞれに複雑な表情を浮かべている。

 軍人であり、剣と筋肉で思考するヘラルドは難しい話はわからないという顔をしており、軍の中でも研究部門に所属するファビオはじいと扉を見つめている。クリスティーヌは右手で左肘を支えた左手の上に顎をのせて扉を見つめているが、エレナは宙に視線を泳がせて何かを考えているようだ。


「開けてみなければわからない……ということですね、父上?」


 ずいっと一歩前に出るのはやはりヘラルドだ。考えるより先ず行動……考えるということを放棄しているだけかも知れない。


「ああ、扉が開いて中に入った先にあるらしい。詳しくはわたしも知らん……」


 エドガルドは軽く頷くと、眉を八の字にして両手を上げてお手上げのポーズをとり本当に知らないことをアピールする。


「ヘラルドから挑戦するのか?」

「ええ、こういうのは最年長のオレから挑戦するべきでしょう」


 他の三人を見回してみても、反対意見を言う者はいない。

 しんと静まった部屋の中、ヘラルドが一歩足を出すと引手に指を掛けて力を入れる。


「――むっ」


 扉はまったく動くことがない。まるで、最初から固定して作られているかのようにびくともしない。


「開かずの扉と言われるだけのことはある。まったく動きそうにありません……」

「ということは、ヘラルドは資格がないということだな。次はファビオか?」


 残念そうなヘラルドと入れ違うように次男のファビオが扉の前に進み出る。髪色などはエドガルドに似ているのだが、体格は細く華奢である。

 扉の前に立つと引手に指を掛けると、ファビオは全体重をのせて扉を引く。だが、まったく動かない。


「ボクも駄目ですね……ピクリともしません」

「そうか……」


 肩を落とすファビオの頭の上にポンと手を置き、エドガルドはクリスティーヌに目を向ける。

 何を引き継ぐのか、扉が開くとどうなるのかもわからないという状況にクリスティーヌは怪訝な表情で父親を見る。


「次はクリスの番だが……何か言いたいことでもあるのか?」

「お父さま、この扉の先は安全なの?」


 視線に何かを感じたエドガルドがクリス――クリスティーヌの愛称――に問いかけると、クリスはその先が見えないという不安を解消するためにも確認すべき事項を提示した。


「ああ、ソフィアの話では非常に、いや……驚くほど安全な場所だそうだ。安心して扉を開くがいい」


 亡き母から父親が少しでも話を聞いていたことにホッと胸を撫で下ろすと、クリスは扉の前に立つ。

 引手をじいと凝視すると、一気に指をかけて引き戸を引いた。


「ガララッ――」


 なんと、扉が開いた。

 扉の先は暗く、先には白く輝く光源が見えている。


「おおっ!」

「まぁっ!」


 思わず、ヘラルドとファビオが声を上げると中を覗き込もうとするが、一瞬で扉は閉まる。チッと舌打ちしたのはヘラルドで、勢い良く閉じた扉の前に手を翳した状態のままで動けなくなっているのはファビオだ。実はもう少しで指を挟まれるところだったのだ……ファビオは蟀谷から顎にツツッと流れる嫌な汗を感じた。

 一方、先に挑戦したクリスに当たりを引かれたと言わんばかりに驚いたのはエレナである。頬を膨らませ、自分が母の役割を受け継ぐことができなかったことに拗ねている。


「なんだ? 扉を開けたら中に入りなさい。そして、試練を終えて戻ってきなさい」


 この扉の先に何があり、何が待ち構えているかも判らない。

 そんなときに他人事のように平然と飛び込んでこいという、無責任ささえ感じる父の言葉にクリスは非難の目を向けて諦めたように溜息を吐くと、右手で胸元を絞るように握り、エドガルドを見つめる。


「お父さま……」


 身を守る術を持たず、試練というものの具体的な内容を知らされることなく扉の中に進む。ただそれだけの不安ではない。これを胸騒ぎというのだろう。

 クリスの不安に満ちた瞳はうるうると潤んでいるが、エドガルドは躊躇うことなくクリスの言葉を遮る。


「さあ、また開いて中に入りなさい」


 言葉はきついが、エドガルドは優しくクリスの背中を押す。

 仕方がないと、クリスは引き戸を再度開き、そこに足を踏み出した。

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