第14話 広天、娘の教育方針について、痴話喧嘩すること
「異世界から来た仙人に、伝説の聖剣の化身……黒竜との戦い……にわかには信じがたい話ですわね」
一通り広天の話を聞いて、エレクトラは深く息を吐いた。
「またあの嘘を見抜く術をかけるか?」
「いいえ。
にっこり笑って首を振るエレクトラに、広天はガリガリと頭を掻く。どうしてこうなってしまったのか。
結局、弟子入りすると言って聞かないエレクトラに押し切られる形で、広天はそれを認めてしまった。全く術の使えない自分に、魔術の達人であるエレクトラが弟子入りするというのも奇妙な話ではあったが、目上であり実力も上なのだからと言われては仕方がない。
それに師からさんざん扱き使われてきた身としては、自分に弟子ができるというのも悪くないと思ってしまったのは確かであった。
「随分懐かれたみたいね」
「ううむ。頭を打った影響ではないかと見てるんだが、医療用の宝貝を作るべきかも知れん」
こそりと耳打ちするミナに、広天は小声でそう答える。
「とにかくだ。そんなわけで、俺達は黒竜ウォルカノに狙われている。エレクトラ、お前はそこには関係ないわけだから、奴の姿を見かけたらすぐ逃げるんだ。いいな?」
「エリーで結構ですわ、師父。親しい方はわたくしをそう呼びますので」
俺とお前がいつ親しくなったんだ、と思いながらも、広天は頷く。
「師父。わたくしは未熟なれど、物の道理はわきまえているつもりですわ。師とは親、弟子とは子。親を見捨てる子などおりませんわ」
「……好きにしろ」
ぞんざいに言い放ちながらも、広天は口元を笑みの形に歪ませた。その価値観は、仙人が抱く教えと極めて似たものだったからだ。もっとも、師である汪歴ならば『お前に弟子など百年……いや、千年は早い』などと言うだろうが。
「それで、その異世界に帰還する為の魔道具を作るのに、似たような力を持った魔道具を手に入れる必要がありますのね」
「大雑把に言うとそういうことになる。別に必ずしも似た力を持っている必要はないんだが……まあ、その辺りの細かい話は追い追いだな」
最も単純なやり方は、ミナの魔剣を打ち直したように元々持っている能力をそのまま使ったり、強化することだ。正直これは宝貝作りと呼べるかどうかすら怪しい。出来上がったものは宝貝と呼ぶ他ない性能を有してはいるが、ミナのようなケースでなければ広天はそんな作り方はしない。
材料同士の性質を組み合わせ、新しい能力を作ってこその宝貝作りだ。そこのセンスと発想こそが、広天が天才と言われる所以でもある。
「でしたら……まずは『墜ちたる都市』へ行ってみるのはいかがでしょう?」
「墜ちたる都市?」
エレクトラの提案に、広天は首を傾げる。
「ここから北にある古代遺跡ね。探索難度はC+。全三階層。まあ、最初の探索としては悪くないんじゃないかしら」
「また知らん言葉がぞろぞろ出てきたな」
とは言え、言葉の響きで意味はなんとなくわかる。この世界の人間はどうやら、何かを分類したり、程度を表したりするのが大好きらしいな、と広天はひとりごちた。
「探索難度は、同じ等級の冒険者パーティ四人を基準とした目安よ。それ以上なら、九割方生きて帰ってこれるだろうっていう、ね。私の見たところ……」
ミナは一同をぐるりと見回し、少し考えてから言った。
「エリーちゃんはB+級。フェリアちゃんはD級。コウ君は……装備が揃ってれば、A級だけど、なければE+級ってところかしら」
「正解ですわ」
魔術師ギルドには、冒険者としての等級は管理されていない。あくまで魔術師としての業績、能力が管理されているのであって、戦闘や探索能力を要求される冒険者等級はまた別の話だからだ。
つまり、ミナがエレクトラの等級を言い当てたのは、純粋に彼女の眼力であると言える。
「ま、実際にはフェリアちゃんもコウ君も冒険者ギルドに登録したら、最初はE級からのスタートだけどね」
「そういうお前は何級なんだよ」
人の能力を勝手に分類する行為に居心地の悪さを感じながらも、広天は尋ねる。
「師父。二つ名持ちは皆、A級以上ですわ。その中でも《魔剣使い》のミナ様と言えば、世界に十人といないA+級の冒険者として、知らぬものはありませんの」
「世界、ねえ……」
仙人たちですら、広大な仙境はおろか俗界すらその全てを把握しているとはとても言えないのだ。この世界の人間たちが見ている『世界』とやらが一体どれだけ広いのやら、と広天は思う。
「私の等級はほとんどこの子のおかげみたいなもんだけどね。とはいえ、C+級の遺跡なら、よほどの不測の事態が起こったとしても私とエリーちゃんで十分守れると思うわ」
「それに、『墜ちたる都市』からは
「ほう」
エレクトラの説明に、広天は感心して声を上げた。それは新たな宝貝の材料が手に入る可能性にではなく、エレクトラの発想に対してだ。普通に考えれば、異なる世界に渡るのに空を飛ぶ機能など何の役にも立たない。
だが、仙術ではそう考えない。その発想の飛躍は、まさに仙術的なものであった。
「よし、じゃあそこに……」
「待って」
行くとするか、と言いかける広天を、ミナが遮った。
「まだフェリアちゃんの意見を聞いてないじゃない」
「わたし、ですか?」
急に話を振られ、今まで沈黙を守っていたフェリアがキョトンとした表情を見せる。
「そうよ、フェリアちゃん。あなただってこのパーティの一員なんだから。意見を言う権利と、義務があるわ」
「権利と、義務……」
ミナの言葉を反芻するように繰り返し、フェリアは困ったように眉根を寄せた。
「ミナ。そいつは道具だ。人と同じように扱うのは間違ってる」
「私はそう思わないわ。彼女は自分の意志を持っていて、人と同じように感情が、心がある」
真っ向から睨み合う広天とミナの間で、フェリアはあわあわと慌てふためく。
「前々から思っていたけど……コウ君のフェリアちゃんの扱いは、ちょっと酷すぎると思うの」
「本人がお前にそう訴えたってのか?」
「あんな控えめな子が言えるわけないでしょ」
「あ、あの、ミナさん、わたしなら大丈夫ですから」
白熱していく言い争いに、なんとか割って入ろうとするフェリア。
「お前は黙ってろ!」
「フェリアちゃんはちょっと黙ってて!」
しかし広天とミナの両方から同時に怒鳴られて、フェリアは後ろにころんと転がった。
「うっうっ……エレクトラさぁん……」
「エリーで結構ですわ、フェリア様」
藁にもすがる思いで会ったばかりのエレクトラを頼ると、彼女は優雅に紅茶を一口飲む。
「あなたもコウ君の肩を持つの?」
「師が過ちを犯しているのであれば、それを諌めるのも弟子の務め……ですが、わたくしはまだ新参。正しい判断ができる程には、皆様のことを存じ上げませんわ」
鋭い視線を向けるミナに、エレクトラはカップを机においてにこりと笑った。
「ただ一つだけ、わたくしにもわかることがあります」
「何がわかるってんだ?」
挑発的な広天の問い。態度を崩さぬまま、エレクトラは答える。
「お二人が、それぞれにフェリア様の事を想っておっしゃっているということですわ」
その言葉に、広天とミナはハッとして顔を見合わせる。
「わたしの、ことを……?」
渦中にあるフェリアは、不思議そうな表情で己の胸元を押さえた。
「まあ……なんだ。悪かったな」
「ううん。私も言葉が過ぎたわ」
バツが悪そうな表情で謝り合う二人に、エレクトラは微笑みを浮かべる。
「エリーさんは、すごいのですね……」
フェリアは純粋に感心して、言った。
「そんなに小さいのに」
「だから子供扱いしないでくださいまし!」
途端に今までの余裕をかなぐり捨てて絶叫するエレクトラに、フェリアはまた一つ人間の機微というものの難しさを学んだのであった。
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