短編小説
嘉手苅 蓮
白い煙と夢見た少女
「あら、こんばんわ」
少女は金髪を風に揺らしながら微笑んだ。
「タバコ、またやめられなかったのね」
彼女は俺の手元で先端を赤く燃やすタバコを見てそうつぶやいた。
彼女に対し禁煙を宣告した回数は一体どれくらいなのか検討もつかない。
何度もやめるといいながらも、俺はこうしてまたベランダでタバコを吹かしていた。
「お前だって、もう夜ふかしはしないって言ってなかったか?」
「あら、そういえばそうだったわ。ふふっ、これじゃ私もあなたを責められないわね」
「責められた記憶、一度もないけどな」
そうかしら――彼女は再び笑みをこぼす。
いつからかこうして向かいに住む彼女と話すことが多くなってきた。
名前は知らない。というかお互い聞き出そうともしない。
ただ話し相手がほしい――そうお互い思っていただけなので、名前に関しては興味すら持っていないのだろう。
大きく息を吸い、すぐに吐きだす。一応言っておくが彼女の方に煙が行かないよう考慮している。
それもあまり意味はないと分かっているが、一応礼儀として。
「最近、小説の方はどう? 順調?」
「……順調だったらこんな夜中まで起きてない」
それもそうね、と彼女は言う。分かってて聞いたのか。
相変わらず何を考えてるかわからないやつだ。
「若いのにすごいわね。私も見習って小説書こうかしら」
「いいと思うぞ。話してる感じだと頭の回転早そうだし、すぐに俺くらいは追い越すんじゃないか」
というか若いって……どう考えても相手の方が俺より年下だ。
俺も大学生の中では随分童顔に見られるし、毎度タバコを買う時は年齢を確認されるほどだ。
しかしどう見たって少女は高校生――スタイルが良く長い金髪が少々大人っぽさを演出するも、顔を見れば幼さが垣間見える。
「自分をそんなに卑下するものじゃないわ。頑張ってるだけで立派だもの」
「と言ってもお前、俺の小説読んだことないだろ」
「ええ、ラノベだったかしら。そちらのジャンルには疎くて」
たしかにラノベが似合う感じじゃないな。どちらかというと分厚い英書とかが読んでそうな雰囲気を感じる。
「……また新企画が没になったんだ」
俺は小さくつぶやいた。
聞こえているはずだが、彼女は何も言わなかった。
俺は続けて口を動かす。
「今度こそはいけると思った。誰も考えたことのない感じだったし自分でも手応えがあった。でも、編集はあっけなく、保留にすることすらせずに俺の企画を否定した」
「…………」
「心の折れる音がした。やっぱ俺って小説家向いてないなって、心底そう思ったよ」
沈黙が二人の間に長く流れる。風の音だけがやけに大きく響き、口に含んだタバコの煙がいつも以上に熱く感じた。
涙は出ない。しかしそれが逆に苦しく感じる。
泣ければきっとここまで引きずっていないだろうし、最近よく合う関係のない彼女に愚痴を吐くことすらしなかっただろう。
「辛かったら、逃げればいいんじゃないかしら。誰があなたを責めるっていうの?」
彼女は俺ではなく、星空を見ながらそういった。
「逃げちゃだめなんて強者の言い分よ。そして、私は弱者でいることがいけないことだとは思わない」
「でも、今ここで逃げたら癖がつくって……」
「逃げ癖のなにがいけないのよ。この地球上で逃げを悪としているのは人間だけだわ。他の動物はすべて生きるために逃げている。どうすれば生き延びれるか必死に考えながら必死に逃げている。違う?」
俺の言葉を遮るように彼女はそういった。言葉は刺々しいが、その表情はいつもどおり柔らかい。
「あなたって本は好き? 他人の書いた本って読む?」
「ああ、ジャンル問わず読む」
「それを読み終わるたびに、あなたはどう思う?」
「……この人達はすげえなって」
「そう、それがそもそもの間違いだと思うわ」
「……は?」
今日はいつも以上にぶっ飛んだことを言うものだ。
「誤解を避けるように言い直すと、他人の本を読むことは決して悪いことだとは思わないわ。でも人を羨ましがって落ち込むのは違うと思うの。あなたにもあなたなりの物語があるじゃない。どうしてそれを他人より低いものだと感じてしまうのかしら?」
「……なにこれ、哲学の講義?」
そうとも言えるわね――彼女は否定せずくすりと笑う。
「つまりお前は何がいいたいんだ? 頭の悪い俺にもわかりやすいように要約してくれると助かる」
「簡単なことだわ」
彼女がそうつぶやいた刹那、高層マンションの隙間から陽の光が差し込んでくるのが見えた。
気がつくと夜中どころか朝になってしまっていたらしい。
「嫌なら逃げればいい。好きなものを嫌いになるくらいならよっぽどそっちのほうがかっこいいわ、何も悪いことじゃない――そして」
陽の光が彼女を照らし、その金髪がいつも以上に美しく輝く。
明るいところで見るのは初めてだからか、俺はつい見とれてしまう。
「あなたの人生だって、私から見たら金色に輝いてるわよ」
✕ ✕ ✕ ✕
「満島さん、起きてください」
聞き慣れた騒がしい声で一気に目が覚める。
どうやら今日も作業台で寝落ちしていたらしい。
「……あれ、なんで茜が俺の部屋に?」
「それは私があなたの担当編集だから。そしてつい先日付き合い始めて合鍵を持っているから――あと、仕事中は茜じゃなくて天草って呼んでくださいと何度言ったらわかるんですか」
「……すまん、寝起きの俺には情報過多のようだ」
「まったく……このやり取り毎日やらないといけないのかしら」
「嫌じゃないだろ?」
「嫌に決まってるじゃないですか。人を勝手にツンデレキャラにしないでください。ほら、早く起きる」
無理やり淹れたてのコーヒーを飲まされる。それは結構良い豆で挽き、かつ最愛の恋人が淹れてくれたというのに全然美味しく感じない。
うーん、やっぱり担当編集と付き合うのは良くなかったか?
「悪い、タバコ吸ってくる」
「わかりました」
「止めないのか?」
「ニコチン不足でイライラされると気を使うので」
「……ありがとう」
茜もいい顔はしないが、俺の喫煙癖にとやかく言うことはない。
でも、流石にもうやめないとな。
「……あれ?」
ベランダに出ると、俺は目を疑った。
今まで何度も見た向かいにあるアパートの姿がないのだ。
「ははっ、まさか」
目をこすり、頬を勢いよく叩き再び前を見る。
だが、やはり目の前の景色は変わらない。
「…………金色に輝いてる、ね」
昨夜、彼女が言った言葉を思い出す。
いや、昨日の夜? それとも夢?
まあ、どっちでもいいさ。
「なあ茜、向かいって前から更地だったか?」
タバコを吸い終えキッチンに居る茜に声をかける。すると彼女は俺の唐突かつ素っ頓狂な問いに訝しげな表情を浮かべた。
「はい?徹夜しすぎて夢でも見ました? ずっと前から変わらないですよ」
「そうだよな~。あっ、ところで」
「うん?」
「新しい物語が浮かんだ。聞いてくれる?」
俺はまっすぐ彼女の目を見てそういった。
「……前の案が没になったとき、正直もう筆を折るんじゃないかと思ってました」
「俺もそう思った。ただ、ある人と話してまた頑張ろうと思ったんだ」
「ある人?」
「これ以上はプロット案で話すさ」
そう言うと、茜は軽く微笑んだ。
最近見せたことのない、心から安心する笑顔だ。
=====
あとがき
お疲れさまです。
はじめましてでございます。
主に成人向けゲーム、俗に言うエロゲーのシナリオなどを書いています。
今回から定期的に短編小説をこちらのカクヨムと自身のPIXIV FANBOXに掲載していこうと思い筆を執らせていただきました。
周期的には週イチ程度にしようと思っています。
文字数はきっとばらばらになるかと。
今回の話は本職の方でいいプロットが浮かばずどちゃくそナイーブになった時に降りてきた話を書いてみました。
ええ、完全なるオナ作です(開き直り)
ですが僕同様悩んでる作家さんに少しでも元気と自信がついてくれたらなと思っています。
お互い頑張っていきましょう。
FANBOXの方では日記や執筆テク(?)も掲載していくつもりなので、興味が出た方は覗いてみてください。
それではこのへんで。
短編小説 嘉手苅 蓮 @kadekaruru
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