都会の電車内で。

@yugamori

何気なく。

 通学途中の電車内で揺られながら、窓の外から都内の街をナルキは眺めていた。都心で遊ぶこと自体は嫌いではないが、都心自体を好ましい環境だと思わないとナルキは常に思っていた。とはいえ、田舎の落ち着きは好きだが、人や物が集まらないことは物足らず刺激がなく、それゆえに車内から大きな公園が出現するといつもほっとした気持ちになった。

「街中で緑があるとすれば公園くらいしかねえしな…」

 だれにも聞こえない声でナルキはつぶやき、小さく息を漏らした。

 公園を通り過ぎた車窓から顔をそらし、車内の様子を無表情でナルキは眺めた。満員電車に揺られる人々の顔は一様に同じで、虚ろな目でスマートフォンを見下ろしている顔ばかりだ。

 朝っぱらからどうしてこんな暗い顔しか無いなんだと毎回ナルキは思った。1日の始まりが楽しくなかったらその日1日がどうやったら楽しくなるのか。いや、その日1日が楽しくないと思っているから、こんな表情になるのか。

 満員でも構うことなく、朝っぱらから友達と騒いでいる学生の方がよっぽど健康的だとナルキは思った。そういう学生たちのことを、死んだ目をした大人たちはもちろん蔑みと舌打ちの対象にするのだが、そんな大人たちのことを学生たちがなんとも思わないのも無理はないと思った。せいぜいが、こんな大人にはなりたくないと、むしろ学生たちが見下しているくらいだろう。だからこそ平気で騒げる、いわば大人たちがみんな学生に舐められているという面もあるだろう。

「…まあ、そこまで考えてなくて、単純にと内輪ノリで騒いでるだけだろうけど」

 ナルキはまた、だれにも聞こえない声でつぶやき、死んだ目をした大人たちから視線を外して再び窓の外を眺めた。都心でも一際大きな駅に着き、窓の外には死んだ目をした大人たちがおびただしい数、並んで立っていた。




 学校からの帰り道、部活をしていないナルキは夕方の電車に揺られながら窓辺の席に立っていた。帰宅ラッシュとは無縁の時間だから車内は空席もいくつかあったが、ナルキはあまり席に座ることが好きではなく、相当疲れていなければ電車内ではほとんど立っている。それに窓辺に立っていると外の景色を眺められるから、ナルキは好んでドア付近にもたれて立つ。

 夕陽に染まる住宅街をぼおっと眺めながら、なんとなしに夕陽のことを考えた。よく夕陽を見ると寂しくなるというが、ナルキにとっては日中も夜も、あまり変わりがないから夕陽を見てもなにも感じなかった。それはそれで、なにかが欠落している気がして、ナルキは妙に落ち込んだ気分になった。


 遠くにとんでいた意識が戻ってきたのは、肩に思い切り衝撃が走ったからだった。ナルキが気づかないうちに駅に着いていた電車の扉は開いており、降りようとした客がナルキの肩にぶつかったのだ。ぼうっとしていたナルキにも非があるとはいえ、反射的にナルキが睨み付けると、ぶつかったスーツ姿のサラリーマンはドアを出てからナルキに振り向き立ち止まった。細いメガネの奥の目はナルキを見下すように細めている。

「言いたいことあるならなんか言えよ」

 ナルキが車内から張った声を出すと、メガネの男は目を見開いてあたりをキョロキョロ伺った。露骨に狼狽しながらも、駅のホームからナルキをちらちらと窺っては時計を見るを繰り返している。ナルキが呆れながら口を半開きにしてメガネの男を眺めていると、発射を知らせる音がなり、電車の扉が閉まっていった。閉まる直前、スーツの男は大きく舌打ちをしてナルキに背を向け、駅の階段へ向かっていった。

「…あのキモいクズ…俺が降りねえの確認してから舌打ちしやがった…」

 相手にする価値のない人間だと思っていたナルキだが、相手の悪意だけ残していく卑しさにイラつき、思わず普通の声量でつぶやいた。鋭い目のままあたりを見回すと、ナルキに向けられていた視線が一斉に窓の外やスマートフォンへ散り散りになった。

「…あー気分わりー」

 わざと大きくつぶやき、スマートフォンを操作してイヤホンを耳に突っ込んだ。海外で話題になっているアーティストの音楽を大音量で流しながら、ナルキは窓の外に目をやった。

 イライラが消えない。醜い弱さを目の当たりにしてナルキはこの怒りをどう消化すればいいか困惑した。激しい音楽を聞けば気が紛れるかと思ったが、ますますイラついてくるだけだった。空の雲が厚く広がっていることもナルキの気持ちを逆なでした。乗客がジロジロと眺めていたことも鬱陶しい。さっさと外に出てなにかしらで気持ちを発散したくて仕方がないとナルキは怒りを噛み締めながら、電車が次の駅につくことを心の中で急かした。

 まだ自宅の最寄りでもない次の駅に着いた電車の扉が開いた直後、ナルキは飛び出るように駅のホームへ降りた。その勢いで電車を待っていたホームの男性に思い切り肩をぶつけたナルキは、イラついた気持ちのまま鋭く相手を睨みつけた。

 見たことのある都内の制服。学校は違うが相手も高校生だった。シャツのボタンを大きく開き、シルバーアクセサリーが見えるように胸元を露わにした学ラン。パーマを強くかけたツーブロックの金髪。さっきのリーマンとは違い、面と向かって相手をしそうなタイプの男。ナルキは右頬を釣り上げながら相手を睨み続けた。ここで怒りを発散できるならちょうどいい。ナルキはイヤホンを外しながら、大きく目を開いたままの金髪ツーブロックの学生の言葉を待った。

「わり! 大丈夫?」

 金髪ツーブロックはナルキの予想した種類の言葉とは真逆のセリフを発した。好戦的な気分が一気に引けたナルキは、驚いて思わず駅のホームへ視線をそらした。乗車したくてもできないといった雰囲気の人たちが、ナルキと金髪学生の周囲に溜まっている。

「すまねえな」

 本当に申し訳なさそうに眉をひそめて手を広げ、車内へ入っていった金髪学生。その後ろへ続くように、乗車したがっていた人たちが車内へと消えていった。発車を知らせる音とともに扉が閉まり、ホームから遠ざかっていく電車。一人ホームに残ったナルキは、遠くなっていく電車をただ眺めていた。頭の中を支配していた怒りは消え、見下していたサラリーマンの幻影も失せ、残ったのは金髪学生よりもちっぽけな男だという悔しさだけだった。

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