シャッター音

 春の訪れ。それは新たな区切りの一つである。

 5月の朝は空気がよく澄んでいてとても気持ちがいい。空気を入れ替えようと、俺、蒲生秋がもうあきは大きく窓を開けた。

 冷たい空気が美味しい。3年前に宮城から東京に出てきて、最初こそは都会になれず大変だったが今はすっかり馴れて、色んな場所にも気軽に行けるようになった。

 朝の身支度をいつもはぱぱっと済ませるのだが、今日は少しだけ違う。

 俺は今日、いつもより少しオシャレをして鏡の前にいるのだ。髪型はこんなものでいいのだろうか…。格闘しつつ時間を確認する。既に鏡の前に立ってから30分経過していた。


 俺はこれからずっと好きだった大宮桜おおみやさくらとフラワーパークに出かける予定だ。幸い、天気は晴れて暖かい。初めてのデート…なのだろうか。そもそもデートの定義は分からないが、昨日の夜、友だちからの冷やかしメッセージが凄かった。それだけではない。アドバイスも大量に来た。しかしどれも使えそうにないハードルの早いものばかり。俺はもっと手前の段階を確実に登りたい、今日はそれだけでいいのだが…。


 フラワーパークは桜が前から行きたがっていた場所だ。アネモネの花がとても綺麗だといってたっけ?時期は少しズレたが、5月でも十分見れるはず。バックに2人分の招待チケットを入れて家を出た。



 実はもうひとつバックに入れてある。

『魔法のカメラ』だ。

 この前たまたま友だちと原宿に行ったのだが、大きな通りを外れた先に見たことのない露店ろてんが出ていた。何度か原宿には足を運ぶが、こんな露店は見たことない。若者の街には不似合いな雰囲気をかもし出している。


「ちょっとそこのお兄さん、これどう?」


 お店のおばあさんがしゃがれ声で話しかけてきたのだ。見るからに怪しそうな紫色のスカーフを頭に被った、この街では変わった風貌ふうぼうだ。あまり顔は見えない。お店にあるものは一見ガラクタにしか見えないものばかりだ。


「いや、別にいいです…」俺が言い切る前にひとつのものを手に取って「これ欲しくないかい?」と差し出してきた。インスタントカメラだった。


「これはね、魔法のカメラなのよ。恋が叶うの」


 恋が叶うって…。はじめは疑っていたが、何故なぜかおばあさんの話を聞いて行くうちに、何故かそれがとても魅力的に見えてきたのだ。


「これ100円でいいよ」この一言で俺はインスタントカメラを買った。家に帰ってから本物なのだろうかと疑ったがもう遅い。何かおばあさんから聞かされていたが…今思うと催眠術さいみんじゅつでもかけられていたのかもしれない。

 といっても、俺はもう高校2年生だ。魔法などと言われても、そんなおとぎ話でもあるまい。非現実的過ぎて信じられない。ちょっと恋が叶ったらいいなという淡い期待を隠しつつ、軽い気持ちで俺は昨日の夜かばんの中にインスタントカメラをしのばせた。



 待ち合わせ場所に着くと、そこには既に桜が来ていた。


「ごめん、待たせた?」


「ううん、全然待ってないよ。ちょうど今来たところだもん」


 今日は一段と可愛い。小さな花柄のワンピースは今流行りの丈の長さなのだろうか。膝より少し長い。それのせいなのか、風に少し揺れているのがなんとも言えない。恋は盲目もうもくと言うが、はっきり言うとその通りだと思う。なぜなら今俺はそれを痛感してるからだ。



 それから俺らは電車に乗って目的地まで向かった。車窓から見える残桜ざんおうが名残惜しそうに見えて、何故かとても綺麗に見えた。


 フラワーパークに着くと一面に様々な花が咲き誇っていた。


「凄く綺麗だね」


 桜はとても目をきらきら輝かせている。そんな喜んでいる姿を見れて俺は満足だった。


「そうだ、昨日調べておいたんだよ。こっちに咲いているのは芝桜しばざくらで、こっちに咲いているのはアヤメ」


「アヤメはね、アイリスっていう呼び方もあるんだよ。ちなみに花言葉は知ってる?」


 いたずらな顔で俺の1枚上手に出る桜。花言葉までは調べてこなかったな…。失敗した。


「ぶぶー、時間切れー。正解は、良い便たより、希望でした。どう?素敵な花言葉でしょう?」


 確かに、凄く素敵な花言葉だ。とても桜に似合っている。いつも前向きで周りを笑顔にするパワーを持っている。桜の花といっても過言ではない。なのに


「あのね、なんかこの花似合うなーって…」


 俺が言う前に何故か桜が俺に言ってきた。


「俺に?どっちかって言ったら絶対桜だろ。周りを笑顔にする力あるんだから」


「違う違う、私はいつも笑顔にしてもらってるから…その…ね?」


 そう言って俺の少し前を走っていって、振り返ってこう言った。


「ほら、早く行こ!」


 その顔は周りに咲いている花のように桜色に染まっていた。そして園内にはゆずの『桜会さくらえ』が流れていた。

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