第48話

振り下ろしたアームが急に消えた。



「はぁ?!」



何、まさかあのちっこいのがやった?

それとも、チェリーか。もう一人の方か。


残った方のアームを振り下ろすと、こちらも消え



ごとん



と、重い音が遅れてやって来る。



「何、どういう」



こと、と続く言葉が喉の中程で止まった。

地面に落ちたアームよりも強烈な存在感に、不覚にも背筋が凍る。



「お兄様ったら、何でこんなところに?」



凍てついた瞳に釘付けにされながら声を絞り出すと、刃がぎらりと光る。


この機体は剣の一本でどうこうなる硬度では決してない。

だというのに、実際はどうだ? 切れちまってる!


人間技じゃねえな、と生唾を飲み込んだ9番の様子は機体越しでは見えやしないはずだが



「そう怯えるな。この場から素直に立ち退くなら、悪いようにはしない」



いっそ恐ろしい笑みを直接見なくて良かったと、9番はつくづく思った。



「俺、お父様からの命令でここにいるんですけど?」



建前として、そして、事実として切り出すがお父様一番のお気に入りは小揺るぎもしない。

剣を切っ先をこちらに定め、笑みを引っ込める様子もなく



「つまり、立ち退く気はないということか?」



結論付けようとするので、9番は慌てた。

その答えが出た時に、自分は機体ごと真っ二つにされるだろう未来が予見出来たからだ。



「そんなそんな! お兄様に逆らうわけないじゃないか! でもさ、俺にもお父様から受けた命令を遂行する義務ってやつがあるのは、お兄様にもお分かり頂けるでしょう?」



それでも食い下がるのは、お父様の命令に背くのもまた、自分の命を投げ捨てるのと同義であるから。

ただ立ち退く理由がないし、何故、この場に「お兄様」が現れたのかも分からない。


そもそも、どうして自分と「お兄様」が敵対するような形になっている?

そりゃあ、いつかは挑みたいと思っていたが、少なくとも今ではない。


いくらなんでも自分の力量は把握しているし、命は何より大事だ。

勝てないと分かっている相手に楯突いて、それで命を落としては何の面白みもない。



「ほら、そもそも何でお兄様がこんなところに? 何の仕事で?」



最初の疑問に戻ってみると「お兄様」は特に悩む様子もなく



「お前に知る権利はない。お前に選べるのは、ここから立ち退くか。俺と刃を交えるか、だ」



交える刃が此方に無いのを知った上での言に、心の中で舌打ちを連発する。


どっちを選んでも死ぬなら、いっそ戦って死ぬか?

自棄になりそうな自分を叱咤して、会話を引き延ばす。



「知る権利はあるでしょう? 流石に何も知らずに言われるまま帰ったら、俺がどうなるかぐらい想像つきますし」

「此処に残ってどうなるかも想像出来ないか?」

「そーれ言われると困っちゃうな! 心優しきお兄様なら、不出来な弟のフォローくらいしてくれません?」

「起きた事をそのまま報告すればいい」

「えー、お兄様に突然斬りかかられて、機体損傷して帰ってきましたって?」

「そう言えば良い」

「言い方次第ではお兄様が違反行為に及んだってことにもなりますけど?」

「構わない」

「……はあ??? まじで言ってます?」



まさか、と素に戻ってしまったが、これは仕方ない。

誰よりお父様に従順な、あの「お兄様」がやらかすなんて、疑わしい。


何かあっての事では?

掘り下げようとした所で、機体が揺れた。



「ぅ、え?!」



胴が半分になった機体が、上と下に分かれて落ちる。

勿論、機上の自分も落っこちる。



「わ、わゎっ!!!」



がたん!


これまた重い音が響き、次にキン! と高い音。

それから、急に風通しが良くなったなんて呑気な感想が出たところで、肉眼で「お兄様」を見ることになった。



「お家には一人で帰れるな?」

「も、ちろん」



最早、鉄の塊に成り下がった機体から抜け出し、駆け足で「お兄様」から離れる。

その去り際、黒くてちっこいのがぴったりと「お兄様」に寄り添っている姿が、9番は妙に目についた。











振り下ろされるはずだったアームが地面に落ちた。

それを目の当たりにして、瞬きをして。


数ヵ月ぶりに見るアインスの姿に、呆気に取られた。



「にいさん」



声に出してから、慌てて自分の口を塞ぐ。

幸いにも、機動兵器の中の人には声が届かなかったようで何よりだが、ここでアインスと私が親しい関係だと勘付かれると良くないはずだ。


そうこうしている内に、アインスが剣を二度振るい、機動兵器は兵器の形を保てなくなり、中の人が飛び出して来た。

それに驚いてアインスに引っ付くのを凝視され、また慌てて身を離したが、もう遅い。


一瞬だが、見られた。

大丈夫だろうか。


そわそわしながらアインスを見上げる。

懐かしい空色の瞳が此方を向いて



「元気にしていたか、ミル」

「にいさんっ」



広げられた腕の中に飛び込むと、優しく抱き上げられて涙が零れた。

この幼い体は涙腺が脆い。



「おにいちゃんとクルクが……っ」

「分かっている、大丈夫だ」



落ち着いた口調に宥められて、濡れた目元を擦る。

その間にアインスは私を抱き上げたまま、クルクとツヴァイの様子を確認した。



「クルク、生きているか」

「生きてるよぉ……全くぅ、来るのが遅いんだよぉ」

「そうか、元気そうで何よりだ」


「ツヴァイ、大丈夫か」

「……ミルは? 怪我してない?」

「お前が守ったんだから、しているわけがないだろう」



そんな調子で簡単な安否確認をしてから、懐から出した謎の飲み薬を二人に与えていた。

それ、ポーション的なやつですか?


私もどこも怪我をしていないかを確認された上で、二人が与えられていたものとは色が違うポーション的な飲み薬を貰った。

子供用飲み薬みたいな人工的で甘ったるい液体を私が難儀しながら飲み干す頃には、クルクもツヴァイもいくらか回復したらしい。


アームで打ち付けられた箇所を気にしていたけれど、とりあえずは動けるようだったのだが



「でぇ、アインスはこんなところ来て大丈夫なわけぇ?」

「いや、全く大丈夫な要素はない」

「はぃ?」

「一つも大丈夫ではないが、踏ん切りはついた」

「どゅことぉ?」

「父とは絶縁だな」

「まじで言ってるぅ?」

「真面目に言っている」

「ぇ、本当に大丈夫じゃなくなぃ?」

「ないぞ」



うちの兄さん踏ん切りつきすぎでは?

大丈夫じゃないって言っちゃってるし、これは駄目では?


呼び出しは完全にアウトだったと今更再確認してしまい、また涙で前が見えなくなったが、今度はツヴァイが背中を撫でて宥めてくれる。

優しい兄しかいない……優しさに甘えた結果、一人に駄目な一歩を踏み出させてしまった……悔い。



「なんかよく分からないけど、これからは兄さんも一緒ってこと?」



クルクとアインスの言葉のドッヂボールをよく分からないで片付け、無邪気にまとめたツヴァイにアインスは



「そうだな。これからは一緒に行動しよう」



左手でツヴァイの頭を撫で、右手で私の頭を撫でていた。

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