経過観察Ⅱ
速水寿葉を観察してから、しばらくが経った。
その間にわかったことと言えば、速水に敵がいないこと、ずっと本を読んでいること、本当に誰とも群れないこと、担任と以前より親しくなっていたことぐらいだ。
まず、速水に敵がいないというのは、言葉の通りだ。速水が本を読む人間なのもあって、寡黙な女生徒から声を掛けられることはしばしばあった。滅多に笑わないが、速水に話しかけている女生徒は、それが心地いいかのようにしていた。
それに、クラスの女子の中心グループから表立って何かがあるわけでもない。本好きの寡黙な女子以外では、ただ席が近い女子と話をしているように見えた。
笑わない速水に対して動じることなく話しかけている人間を見かけると、肝が据わっていると思えてしまうほど、彼女は笑わなかった。あっても微笑むぐらいだ。
話を戻そう。これは一つ目にもかかってくることだが、速水はずっと本を読んでいる。それが何かはわからないが、分厚さや紙質から見てハードカバーであり、きっと小説か何かだろう。
僕もそこそこに小説を読む方だけど、速水の読書量はすさまじかった。ブックカバーや本の厚さなどから考えてみると、だいたい一日一冊ペースだった。あくまで僕の基準で考えると、内心で音読をしながら読み進めるとして、一冊3時間以上はかかる。もしかすると年七百ペースで読んでいるかもしれない。
まあ、実情は知らない。
次に、速水が本当に誰とも群れていないことがわかった。
彼女は行動する際は必ずと言っていいほど一人だ。もちろん、先の寡黙な女子だったりと行動していることもあるが、彼女からその生徒に声をかけに行くことは殆どない。
徒党を組んで群れることを第一目標にするのが相応しい高校生活において、彼女の行動はそれこそ変わり者だった。不思議なことに、それでも彼女は孤立しない。
孤高であることと、孤立することは違うとはいうが、たしかに、速水は孤立していない。その印象も相まって孤高と形容するに相応しかった。
そして、一番気になっていたことだ。
担任と速水の距離が近い。前々から同学年の担任の中ではハズレと言われていた女の先生だったが、以前の二者面談から少しずつ変わっているように思っていた。女子の中心グループも反抗せず、担任も一度忠告する程度になっていた。
以前のままだったなら、しつこく注意して反感を買っていたはずだが、この期間で随分と丸くなった。もしかすると、ここに速水は関わっているかもしれない。
というのも、いつも飯を一緒に食べるアイツ曰く、速水も今年からあの担任のクラスらしいのだ。人間というのは簡単には変わらない。それこそ衝撃的な何かがなければ。
なら、その衝撃的な何かとはなんだ。
――二者面談だ。あの時、何かがあったはずだ。
これは僕の勝手な予想だが、速水は僕にしたようなことを担任にもしたのかもしれない。あの時のような、一言で言えば「高校生らしからぬ」雰囲気で。
ますます速水が読めない。
彼女が、理路整然と生徒側の意見をぶつけるような人間だったとして、全くマークしていない生徒からそんなことをされれば、間違いなく衝撃的だ。
なぜなら、彼女は前回のテストで突然、学年十位に上り詰めた。
気に掛けるほど優秀だったわけでもなく、現状の素行が悪いわけでもない。
「前回初めて学年十位に入った」ということは、二者面談の前のテストでは優秀な成績だったというわけではない。平凡だったわけだ。当然の帰結だ。
そんな奴がいきなり教師に向かって物申し始めるなんてことが……。
――いや、速水ならありえるだろう。
速水なら歯に衣着せぬ物言いをして、終わり際に「学年十位」を表明することもあり得そうだ。それほどの凄みがあってもおかしくない。
僕のなかで、速水が無辜の怪物と化していく。
だが、始まりの日の衝撃はそれほどのものだ。
それに、彼女を観察してわかったことは、実はもう一つある。
カリスマ性だ。
それも天性のものではなくて、実績によって積み上げられたもの。
天性のカリスマ性は、まさしく魔性だ。
でも、実績によって積み上げられたカリスマ性は、それ以上に揺るがない。
魔法はいつか解けてしまう。だが、事実は永遠に残る。
速水と出会った時に感じた魔法のような感覚は、天性のものではない。
努力と実績によって積み上げられたものだった。
その現実だけで、彼女がどれほどの人間なのかわかる。
彼女と話してみたい。あわよくば――。
そんな願いが、心の奥底で芽吹くのを感じた。
だが、まだ動くべきじゃない。
彼女が動き出したなら、こちらも動く。
急いては事を仕損じる。相手の手を見てから、自らの手札から最適解を選び抜く。
その為の準備を怠ってはならない。
少なくとも、僕は速水に負けたくはない。
目指すは次の定期テストだ。
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