39話 本当の世界

 王宮のマリーの部屋に大きなマリーと小さなマリーがいた。大きなマリーは椅子に座っている。その膝の上には猫が抱えられていて、その猫はすやすやと眠っているのだった。小さなマリーは机の上に座っていて、何とも行儀が悪いように思われるが、身長15cmほどのマリーにはそこが床であったのだ。


「ところで、あなたはどこの世界の私なのかしら?」


 そう言うのは小さなマリーだ。小さなマリーはそこはかとなく態度が大きい。大きなマリーに威圧的な振る舞いをとるがそれもこの小ささでは可愛らしく思える。


「どこの世界って聞かれましても……わたしの世界はわたしの世界ですし」


 大きなマリーは小さなマリーと違って謙虚であった。言葉遣いもそこはかとなく上品であったのは大きなマリーはちゃんと〈お姫様〉しているからであろう。小さなマリーも見習ってほしいものだ。


「学院はあるのかしら? 天然なメイドたちと通っていたりしないかしら?」


「学院?」


「学院というのは、同じ年頃の友達で一緒に学術を学ぶところよ」


「まあ、それは楽しそう!」


 大きなマリーは手を合わせて喜ぶ。おそらく彼女の世界には学院というものが無かったのだろう。小さなマリーはそれを聞くと一つ納得した。


 ――やっぱり、他の世界には学院はないんだわ。ハルヴェイユが建てたものだと聞いてたのだけど、他の世界にハルヴェイユは居ないってこと?


「あなた名前はなんていうの?」


「アマリリスと申します」


「アマリリス? あなたマリーじゃなかったの? 私はマリーよろしくね」


「マリー? マリーと呼ばれたことはありませんね。アマリリスです。よろしくお願いします」


 そうして二人は握手するのだった。しかし、体長差から小さなマリーは大きなマリーの手に握られる形になった。


「ぐぇっ!」


 危うく握りつぶされるところだった。小さなマリーはアヒルのような悲鳴をあげるとその場に倒れるのだった。


「まあ! この部屋には猫だけじゃなくてアヒルもいるのですか!」


「……あんた、わざとやってんでしょ……」


 上品な言葉遣いをするが、その中身はマリーと同じ性格なのだろう。突拍子もなくカエルを投げちゃう子なのである。


 ――てか、アマリリスって言わなかった?


 小さなマリーが気づいたのはアマリリスという名である。確か、町の噴水の所にある石像がアマリリスだと教えて貰った。そして、後継者と名乗るカルネラ・アルスバーンはアマリリスを探していた。つまり、マリーの世界じゃない世界ではアマリリスと名乗っているということだ。


――私の世界と彼女の世界の違いはやっぱり、喋るカエルが居るかどうかなのかもね。


 喋るカエルがいると学院が築かれ少女はマリーと呼ばれることになる。そういえば、あの喋るカエルは現れたり消えたり神出鬼没だった。もしかすると、別の世界に行ったり来たりしているのかもしれない。


 ――別の世界へ行ったり来たり……


「《想いの力》で別の世界にいく力はあるのかしら?」


「確か、《不当なる観測者の権限》がそんな力だった気がします」


「不当なる観測者の権限?」


 小さなマリーの知らないことも別の世界では当たり前のことなのかもしれない。大きなマリーは得意げに説明しだした。


「そうですね。簡単なのは鏡に映った自分に移動することですかね。これは左右反転してしまいますが、別の世界に移動したことを実感できますしすぐに元の世界に戻ってこれます」


「鏡に映った自分?」


 小さなマリーは机に置かれた透明なガラスの花瓶をみる。特別な角度でみると、反射して小さなマリーの姿が映しだされた。


「《想いの力》は並行世界に関係してるのだと思ってたけど?」


「鏡に映った自分も別の世界の自分なのです」


 小さなマリーはここにくる前、学院の授業でそんなことを習った気がした。アルベルト・マーゼンフリーの二つの鏡と一つの光の話である。結局、かの教授が言いたかったことは「鏡に映った世界もまた並行世界の一部である」ということだった。


「ほんとう?」


 いぶかしるマリーであったが、実際にやってるのが手っ取り早い。


「《不当なる観測者の権限》」


 小さなマリーがそう詠唱すると一瞬世界がクラっとした。気のせいだと感じるくらい些細な変化だ。


「……うん? 何か変わったのかしら? いや別に何も変わってないと思うのだけど」


 大きなマリーに振り向くとそこに彼女は居なかった。さらに体を反転させてようやく彼女がそこにいた。右後ろにいるのだから右向きに振り返ったら、本当は左後ろにいてさらに右を向いた感じである。


「本当に別の世界に移動したのかしら? これだと判断がつけにくいわ」


 すると、マリーの視界がクラっとする。今度は大きなマリーは反対側にいた。


「あれ? 瞬間移動した??」


「言い忘れていました。元の世界に戻ろうとして、もう一度、鏡に映った自分に移動してはいけませんよ」


「あら? それはどうしてかしら?」


「その世界はまた別の世界なのです。今回はわたしが《不当なる観測者の権限》を使って、あなたをこの世界に戻しました。本来この力は二人一組でないといけないのです。一人でやると元の世界に帰れなくなってしまいますからね」


「さらっと恐ろしいことを聞いた気がするわ」


 マリーは、彼女が瞬間移動したことで《不当なる観測者の権限》が確かにあるのだと納得した。そして元の世界に戻れなくなる。それこそ、いまマリーが陥ってる状況であった。


「そういえば、ここに来る前に洋服部屋で合わせ鏡に映った自分を見た気がするわ。もしかしたら、あのとき移動してしまったのかもしれないわね」


「合わせ鏡!?」


 驚いたのは大きなマリーであった。小さなマリーにとって大きすぎる声であったため、耳を塞ぐ。


「ちょっと、いきなり大声ださないでくれるかしら? 私の鼓膜が破れちゃうわ」


「あ、ごめんなさい」


 大きなマリーは口元に手を当てて小さな声で話しだす。


「もしかして合わせ鏡をみてこの世界に来てしまったのですか?」


「ええ、そうだと思うけど?」


 大きなマリーは小さなマリーを想ったためか少し悲しそうに言ったのだった。


「そうなるともう、あなたは元の世界には戻れないかもしれません」

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