40話 新しい想いの力

王宮のマリーの部屋で小さなマリーが大きなマリーに意義を唱えていた。


「戻れないってどういうことよ!」


「合わせ鏡で映しだされた世界は、すべてが別々の世界なんです。元の世界を探し出すのは砂漠に落ちた小さな宝石を探し出すようなもの。論理的に存在しますが、見つけるのはほぼ不可能なんです」


 並行世界は無数に存在する。いまも常に「分岐」しており、それが無限に存在するのだ。その中からたったひとつの元の世界を見つけ出すのは不可能に近い。


「どうしよ。わたし、もう帰れないのかな……」


 小さなマリーはしょんぼりして机に大の字で転がる。しかし、この理屈でいけば大きなマリーも元の世界に戻れないことになってしまう。


「……あなたは、どうやって戻るの?」


「私は比較的"近い"世界に来ましたから帰ることはできます」


 世界が「分岐」して並行世界が生まれるならば、その分岐点に近い世界だったら元の世界を探しだせるのだ。合わせ鏡でみた世界は、鏡であるからほぼ元の世界と同じ世界である。しかし、それでも小数点以下のズレた世界が無数に存在するのだった。


「想像は並行世界の一部ですから、想像力が強いほど、多くの並行世界を見れます。私は元の世界とこの世界の二つのしかイメージしてないので元の世界に戻れやすいと言った方が正しいのかもしれません」


「じゃあ、わたしは合わせ鏡から別の世界に来たから、逆に、元の世界をイメージしにくいってことね」


 ――さて、どうするか。とりあえず、小さなままだし元の大きさに戻りたいのだけど。


 そう思って、小さなマリーは視点だけを大きなマリーに向けた。


「ねぇ、もし私が《不当なる観測者の権限》であなたに"意識"を映したらあなたはどうなるのかしら?」


 《不当なる観測者の権限》は意識だけを別の世界の自分に移す力である。大きなマリーもまた別の世界の自分であるから、この力を使うことは可能だ。


「……私の魂は弾き出され、空になった自分の体に戻ろうとします。でも、その体には別の私の魂が入っているので、あなたの体に入ることになります」


 これは単に入れ替わりではないことを意味する。意識(魂)は一旦、次元の隙間に放り出され、自然に元の体に戻ろうとする。戻ろうとした体が満員だったらとりあえず近い自分の体に入ろうとするのだ。

 小さなマリーと大きなマリーが同じ世界にいるこの状況では"近い"体はもちろんお互いの体ということだ。


「入れ替わりになるってこと? いや、もしかすると、全く別の世界に移動してしまうこともあるのか」


 小さなマリーは、二人の意識(魂)のやりとりの間に、別の意識(魂)が割り込むときを考えたのだった。

 しかし、これは普通起こらない。これも無数にある並行世界の中からたったひとつの世界を探すのと同じことだからだ。


 ――言ってみたけど彼女を小さくさせるのもな……。


「私に移動するのは構いませんが、私も《不当なる観測者の権限》を使えることをお忘れなく」


 大きなマリーによる警告であった。体の取り合いになると、いずれ、小さなマリーが懸念したことを引き起こすかもしれない。それに、ここで争っていても元の世界に戻るという目的は達成されない。争いが無意味だと気づくと小さなマリーは別の提案をしたのだった。


「では、別の体を召喚しましょう!」


 小さなマリーはそう言って身長150cmほどのマリーを召喚しようとする。やろうとしてることは同じなのだけど、仲良くなった大きなマリーに移動するよりはマシだと考えたのだろう。

 しかし、それは喋る黒猫によって止められたのだった。


「待つにゃ」


「あら? あなた何かいったかしら?」


 大きなマリーは辺りをキョロキョロする。声を出したのは彼女が抱えているその黒猫だ。大きな欠伸(あくび)して体をフルフルと震わせたあと、その黒猫は喋りはじめたのだった。


「もうこれ以上うるさいのが増えるのはゴメンにゃ。元に戻してやるから大人くしてろにゃ」


「まあ! 猫が喋ったわ!」


 大きなマリーははじめて喋る猫をみて喜んだ。小さなマリーと反応が違うのはある意味全くの別人であるのだろう。猫の脇を抱え上げるとその黒猫は説明をしだす。


「貴様が召喚しようとするのもまた別の世界の自分にゃ。だが、オレなら元の世界の貴様を召喚することができるにゃ。完全に元の世界の貴様にゃ」


「え、でもそれって砂漠に落ちた小さな宝石を探すくらい不可能なんじゃないの?」


「オレ様を甘くみるにゃ。〈正当なる観測者〉であるオレ様はすべての世界の観測者でもあるにゃ。そして、貴様らに絶対的な強者の力を見せてやるにゃ。想いの力のひとつ、《新たなる世界の複製》にゃ」

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