27話 はじめての感情
王宮の下層、マリーの寝室がある階層は最上階であり景観もよく、直接学院と繋がっているのだが、その下層には所謂
「学院生徒誘拐、動機はカルネラ・アルスバーンの神のみわざを見て……」
――はあ、内政を任せておいたのは私だ。この報告書が私に届かなかったのは私のせいでもある。かといって、政治なんてできないし……。
調査報告書を片手に、適当に置いてあったソファにもたれかかる。
「カルネラ・アルスバーンは痩せたダチョウのような女性である」
「カルネラ・アルスバーンは初老の男性である」
「カルネラ・アルスバーンは細身に髭を蓄えた仙人のような男性である」
カルネラ・アルスバーンの
――ガーベラとサザンカのお兄ちゃんってことは、そう歳は離れていないように思うけど、……確か養子って言ってたっけ? その可能性もあるのか。
「もーー! ! 全然わからんっ! ! 」
マリーは自分の髪をくしゃくしゃにしながら頭を抱えるのだった。
――調査という名目で町に出てみるか。
王宮から見える城下町のことだ。マリーは洋室部屋にあった白いワンピースに着替え、麦わら帽子を被る。もちろんメイドたちにバレないようにこそこそと支度した。
――メイドたちにバレたら絶対止められるからね。てか、町をみるの初めてなんだけど、なんかワクワクしてきちゃった!
マリーは隠れながら門外にでる。門番はいたが中に学院があるせいか、少年少女の行き来には反応しなかった。
「案外、簡単にでれちゃったわね」
と、白いワンピースを着た少女ははじめての町を体験する。
***
「うおぉぉ! パン屋、洋服屋、果物屋さんまで! 」
当たり前の光景であったがマリーにとっては新鮮そのものだ。町は賑わっていた。買う者もいれば売る者もいれば、急ぎ足で歩いている人もいるのだ。見るもの全てが目新しい。マリーは町を眺めながら進んでいた。
すると、歩いていると少し広いところにでた。路地が集中する広場には噴水があり、その後ろには石像が建っているのだった。ここを待ちわせの場所にする人もいるのか、町の動向を観察するのに向いているのか、噴水の端に腰掛けて休んでいる人がちらほらと見える。
――あら、あの石像は何かしら?
マリーが注目したのは噴水の後ろの石像であった。少女がカエルに球体を授かす様子であったが、マリーには心当たりがなかった。
「どうみても、このカエルはハルヴェイユよね。じゃあ、その前の少女は? うーん」
そう唸っていると、誰かが気さくに話かけてきた。
「あれはアマリリスの像です。君主アマリリスが知恵の神ハルヴェイユに黄金の球体を授かるところ」
振り向くとそこには青年が立っていた。マリーのちょっと高いくらい身長で、歳は近しいと思われた。
「、と聞いております」
「あ、これはご丁寧にどうも」
知らない人に初めて話かけられて、マリーは緊張していた。ペコペコと頭をさげてたらその青年は今度はこう言い出すのだ。
「良かったら少し案内しましょうか」
そう提案されたマリーは、彼の善意に応えようと着いていくのだった。
――お、お、お、落ち着け私、これはナンパってやつか?そして、これはデートってやつか?
と、マリーの心の中は乙女心でいっぱいであった。
彼に着いていくと、町の色んなことを教えてくれた。果物屋さんのリンゴは隣国から輸入してるとか、洋服屋では一日100人の人が出たり入ったりしてるらしい。ここから見える高い登は教会のもので頂上に鐘がついて一日に三回鳴るそうだ。そうして、彼に着いていくとパンケーキ屋の前で止まった。
「ここのパンケーキは美味しいですよ。ちょっと入ってみましょうか」
ここで初のお出かけにも関わらず、マリーは金銭を持ってなかったことに気づいた。でも、青年は奢ってくれるというのでご好意に甘えて入っていくのだった。
***
マリーの前にホイップで包まれたパンケーキが置かれる。マリーは体を縮こまって顔を赤くしていた。
――完全にデートじゃないか! これ!
伝承では恋人どうしがデートなるものをするらしいが、マリーの置かれた状況はまさにその状況であった。
「甘いの苦手でしたか?」
「い、いえ、いただきます……」
ガタガタに震える手でナイフとフォークを掴む。緊張でマリーの目はぐるぐると回っていた。カチャカチャとパンケーキを切ろうとするが上手くできない。それを見た青年はマリーの手を支えると切ってくれた。
――手が当たって、わあわあわあ! 考えるな、もう何も考えちゃダメよ、わたし!
青年はその一口サイズに切り取られたパンケーキをフォークで刺すと、マリーの口元に持ってくるのだ。
「ほら? 食べれますよ?」
ボフンッと何かが爆発する音が聞こえた。マリーは口をぽんかり開けたまま固まってしまった。その開いた口にパンケーキが入れられるとゆっくりと口を閉じて咀嚼するのだ。
「……お、おいしいです」
「それはよかった」
完全に飲まれてしまっているマリーであった。
***
カラーン、カラーンと鐘の音が聞こえた。パンケーキ屋をでると、マリーは正気を取り戻しつつあった。
「わ、私、そろそろ戻らないと」
「そうですか。エスコートをしましょうか?」
「い、いいです。近いので」
――王宮に帰ると知ったらお姫様だってバレちゃうし、……あの、えっとお名前お伺いしてもよろしいでしょうか?
思いはしたが、口には出なかった。
「僕はいつも噴水のところにいますので、また来てくれたら声をかけてください」
「……はい」
青年と別れたあとマリーは王宮へ帰るのだった。
もちろんメイドたちはマリーが居ないことに気づいていたようで、マリーは帰ったらすぐ怒られたのだった。さんざんに搾り取られたあと、マリーは自室のベットに横になる。お風呂で火照った体ですこし赤らめていた。
「はあ、また行ったら会えるのかしら……」
それは少女がはじめて抱いた感情であった。
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