26話 想像できるものは実現可能である

 眠たい眼(まなこ)を擦りながら今日もマリーの一日は始まる。今日は、二人のメイドが起こしてくれた。一人はガーベラ、もうひとりはサザンカ、容姿共に同じである二人は考え方も同じときたら、もうそれは、最初から双子だと思ってしまえばいい。


「「おはようございます、マリー様」」


「おはよう」


 形式的な挨拶をすませて、朝の支度をする。


 ――さて、今日から想いの力について知っていかないと、


「お兄様は私のほうが好きです」

「いえ、私のほうが」


 なんて、言い争いが遠くで聞こえた。そういえばカルネラ・アルスバーンの消息についても調べないと、と思い出すマリーであった。


 ――時間移動する方法か、何か引っかかるんだけど思い出せないのよね。


 そう思いつつ学院に向かった。


 ***


 学院の教室につくと一限が始まる。白髪(はくはつ)の教授ボーア・シュトレイゼンの講義であった。


「想像できるものは実現可能である、と誰かがいいました。これは一体どういう意味でしょうか?」


 それは確か、SFの父ジュール・ヴェルヌの言葉だ。思考と行動は直結する。良くないことを考えてたら良くない結末しか生まれない。なら、これは精神論か?ボーアはこれを哲学だと捉えている。


「逆に言えば、想像できないことは実現不可能である。では、想像できないものとは?」


「〈想像できないもの〉が仮にあったとして、〈想像できないもの〉を想像したら、それは想像したことになる。つまり、〈想像できないもの〉は存在できないのです」


 ――それは想像力に限りはないという証明にもなりうるかしら。


「ならば、空を飛んでいる姿を想像したらそれは実現できるのでしょうか?いいえ、できません。これは想いの力についてもです」


「ワタクシはコップの中に水が入ってる姿を想像できます。そして、《不完全な世界の顕現》を使うと――」


 淡く小さな光がそのコップに落ちるともやのように消え、水の入ったコップになった。


「このように水の入れることができます。しかし、空を飛んでいる姿を想像して《不完全な世界の顕現》を使ってもワタクシは空を飛ぶことはできません」


「これは一体どういうことでしょう?では、自分の考えをまとめて一週間以内に提出すること」


「「ええーーーーーーー!」」


 突然の宿題にクラスはブーイングを送る。講義を真面目に聞いてなかった生徒は宿題の存在にすら気づかないのだ。


 ***


「変な宿題だされちゃったわね」


 マリーはメイドの作ったサンドイッチを頬張りながらボヤくのだった。中庭の木陰、いつもの場所に陣取っていた。隣にカトレアしかいなかった。


「わひゃひ、ひぇてひゃひたから、ひゃんのひゅくひゃいだひゃれたはも、ひゃひゃりまへんひぇした」


「こら、食べながら喋らないの」


 マリーはカトレアに注意すると、カトレアは急いで咀嚼する。いつの間にか立場が逆転していた。


 ――てか、あのど真ん中の席で寝てたのかこの子。


「想像できるなら実現可能である、か」


 マリーは横になると青空を見上げる。晴天であった。水色の青空に白の雲が漂う。


 ――私が空を飛ぶことを想像しても《不完全な世界の顕現》では飛べない。てか、《不完全な世界の顕現》は並行世界の現実を召喚するのだから、空を飛んでいる世界が召喚できないのは当たり前では?……想像と並行世界、


「マリぃぃぃぃ様ぁぁぁぁぁ!」


 誰かの呼ぶ声がした。マリーは振り向かなくても誰かわかっていたのでそのまま空を見上げていた。お馴染みのローズ五人衆である。


 ――てか、今日はマーガレットがいないんだ。


 と、体を起こして彼女たちの相手をする。メイドがいつも揃うとは限らないわけだ。


 ――閃いた。私の宿題もこの子たちにやらせよう、なんて悪いことを考えていたのだ。


「さあ、今日は姫たる私が相手をしてあげましょう」


 マリーの前にはお馴染みの五人衆が跪く。しかし、そこには四人しかいなかった。


「あら?今日は一人少ないのね」


「マリー様、どうか我が同胞を救っていただきたい」


 そう言うのはローズであった。――はて、何の話だろう?


 聞くところによると、その一人の家族が変な宗教に浸かってしまい。学院に通うことを許さないという。


「宗教?」


「はい、死者を蘇らせると謳(うた)って、誰も悲しまない世界を創ろうという集団です」


 ――マーガレットが以前、世界転覆を目論む輩がいるといっていたけどその集団かしら?誰も悲しまない世界ね……彼女の目指した世界がそんな世界だった気がするけど。


「その…ですね。その宗教ではこの国の在り方を認めないといいますか、反マリー様志向が強く、学院に通うことを許さないのです」


 この国の在り方、それは《想いの力》を王宮の支配下にしか知らせない体制のことだ。《想いの力》は門外不出であり、一般市民の中には《想いの力》の存在をしらない人もいる。


「それに、死者を蘇らせるなど嘘もいい所です」


「え?死者を蘇らせるってカルネラ・アルスバーンの論文で――」


 ――しまった!想いの力の研究は禁則事項だった!しくったか?


「カルネラ・アルスバーン?」


 ローズが聞き返す。


「いえ、ごめんなさい。何でもないの」


「流石、マリー様であります。全て把握済みでしたか」


「何のことかしら?」


「カルネラ・アルスバーン。彼こそがその集団の指導者であります」


 ――は?今、なんていった?


「ごめん、今なんて?」


「祭司長カルネラ・アルスバーン。この国を否定する集団の統括であり、世間に想いの力を広めた当事者であります。すでにご存じだとは」


「ええ、もちろん知っていました」


 ――ごめん、全然知らなかったし、それにカルネラ・アルスバーンが私を否定する集団の指導者ですって?


 マリーはあたかも知っていたかのように振舞った。


「実は国でも対策をとっていたところです。内密でしたが」


「では、私の同胞は助かるのですか!」


「時がくれば助かるでしょう」


「有り難き幸せ、マリー様に更なる忠誠を」


 そういって、ローズたちは立ち去っていった。


 ――どうなってんの……タイムトラベラーだと思ってたカルネラ・アルスバーンが今度は反社会的勢力の指導者ですって?意味がわからないわ!


 マリーは頭を抱えるのだった。


 ***


 某日、教会にて誰かの葬儀が執り行われいた。静かに泣いている参列者の中に、一人の初老の男性がいた。その初老の男性は、その棺の中にいる亡骸に向かって何かを唱えた。


「《不完全な世界の顕現》」


 彼が何かを唱えると死んでいたはずの者が生き返る。そして、泣いていたものは生き返ったことに喜ぶのだ。


「みなさん!これが想いの力です!王女マリーはこの力を隠している。これはおかしいではないか!」


 そう熱弁する男性の周りには、神のみわざをみた参列者たちが頭(こうべ)を垂れてすがっている。


「私の名はカルネラ・アルスバーン。アマリリスの意思を継ぐ、正当なる後継者であります。私は、この力を使って完全な世界を手に入れる!」


「…ああ、祭司長様……」


 生き返った者とその喜ぶ者の、うしろにあるその棺には、まだ亡骸が残っているのだ。

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