23話 カルネラ・アルスバーンの論文

 目が覚めると眼前にカエルがいた。


「おはようございます、マリー様」


「どっけぇぇぇぇぇい!」


 顔にへばりついたカエルを剥がすとマリーはそれを投げる。しかしながら、そのカエルは翼が生えており、また、それを羽ばたかせることはなく浮遊して円軌道を描いて帰ってきた。


 ――ここは?客室のベッドの上?……じゃあ私、あの後倒れたのか。……夢?だったのかな……なんか凄い長い夢だったような気がするけど。


「マリー様!お目覚めになりましたか!」


 その声はマーガレットのものだ。扉を無造作に開けて入ってきた。さっきのマリーの悲鳴を聞いて駆けつけたのだ。さぞ心配したのだろうか、彼女の目は赤く腫れ上がっていた。


「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」


「このマーガレット、マリー様にもしものことがあればご一緒する所存でございます」


 そう言ってマリーの前に跪くマーガレットであった。


 ――もしものことも何も、私、不死だし。


 そんなことを考えていると肝心なことを思い出した。


「ガーベラはどうなったの?」


「……変わりありません。いい意味でも悪い意味でもなく……」


「そう……」


 彼女の憎悪は何から来ているのかしら?手詰まりね。想いの力が通じないのであれば、生まれつき私を恨んでいるのかもしれないわね……


 ふと、脳裏に浮かんだのは知るはずのない騎士の姿であった。青い瞳の青年の姿が脳裏に浮かんだのである。


「……カルネラ・アルスバーン。そうよ、カルネラ・アルスバーン、彼の論文に何かあるかも!」


 思いついたマリーは浮遊するカエルを見る。


「カルネラ・アルスバーンの洗脳について論文はあるかしら?」


 カエルにそういうと浮遊するカエルは意外なことを口にしたのだ。


「洗脳?そのような論文は知りませぬな」


「え?だってボーア教授がいってたじゃん!」


 ――ボーアが嘘をついた?なんの為に?


「じゃあカルネラ・アルスバーンが書いた論文は?」


「ええ、しかし未完のものを提出された気がします。提出したのはボーア・シュトレイゼンでしたが」


 ――提出したのは?


「その論文を見せてもらえるかしら?」


「いいですとも」


 そう言って浮遊する翼の生えた喋るカエルは口をあんぐり開けるとその中から巻かれた紙を取り出すのだった。


「あんた、その中どうなってんのよ」


 キラキラと宇宙が見えた気がしたが気のせいだろうか。そんなカー〇ィみたいな。


「マリー様、私も拝見しても宜しいでしょうか?ガーベラの真相を私も知りたいのです」


 マーガレットの発言であった。彼女もメイドの一人として同僚が何故、あのようになったのか知りたいのである。


「いいわよ」


 マリーはベッドから降りると椅子に座る。客室に用意された簡素な机と椅子がそこにはあった。簡素といえども作りは王宮に相応しい調度品である。正確には玉座よりみすぼらしいか。マーガレットはその横に椅子を持ってきて一緒に見るのだった。


 マリーはその巻かれた論文を机に広げる。書き出しはこうであった――


 ――『この世に知られている《想いの力》について』

 執筆者:カルネラ・アルスバーン――


「想いの力についての論文かしら……?」


 ――《想いの力》は原則、無数にある並行世界をありのままの現実にする力である。――


 ――関係あるのかしら?洗脳についての言及はないの?


「マリー様!」


 マーガレットが驚く目でそれを見ている。何があるのだろう?そこに目を向けると、


「…なんなのよ、これ……」


 ――【実験レポート1-死者の蘇生】

 被験者-エルワード・ユッケ、強盗殺人による死刑囚。

 被験者の首元をナイフで切断、失血死による死亡確認後、《不完全な世界の顕現》により〈死亡しなかった世界〉の召喚に成功した。これを100回繰り返した結果、〈切断された状態〉になったため被験者は蘇生不可となった。《不完全な世界の顕現》によって、召喚される世界の分岐点について言及されたし。――


 そこには非人道的な実験レポートが載っていたのである。


「学院ではこんな実験を毎日やってるてこと!?」


 浮遊するカエルを問いただす。


「ええ、たまに死刑囚を検体にして実験をすることはありますが何か問題でも?」


 ――ふざけるんじゃないわよ、と思ったが声には出なかった。そもそもこのカエルは人間ではない元、神である。道端の蟻を踏み潰しても何も思わないように、この浮遊するカエルにとっても人はそのようなものなのかもしれない。ここで言い争っても無意味だと理解した。


「……まあいいわ」


 ――過去の実験なんてどうだっていい。まずはガーベラを助ける方法を見つけないと。何か、何かないかしら。


 読む限り読みたくない内容が目に映る。その時であった。マリーは気になる文面を目にする。そして本人の意識しないまま声に出して読んでいるのだった。


「か、完全な世界の顕現は、歪められた世界を元の世界に戻す力……ではなく、――」


「――世界の分岐点を強制的に召喚する力ゆえ――」


「――本質は時間遡行じかんそこうである――」


 ――は?


 そして最後にはこう締めくくられいた。


 ――

【実験レポート5】により《完全な世界の顕現》の本質は時間遡行である。もっと古い過去の世界を召喚することで私は過去に戻れるのではないかと考え、これを実行する。

代筆:ボーア・シュトレイゼン

カルネラ教授の消息不明につきボーア・シュトレイゼンが代筆する。彼の机にて、この論文を発見した。ゆえに私が完成させ、これを提出する。


敬愛なるハルヴェイユ殿へ――

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