24話 タイムトラベルの不可能性

図書館の裏手にある円形の建物、その積み上げられた本の先の一室にマリーとマーガレットがいた。ソファに座る彼女らの前のテーブルにコーヒーが置かれる。


「どうぞ」


 そういって差し出したのは白髪の教授ボーア・シュトレイゼンであった。――紅茶が良かったのだけど、とマリーは思いはしたが気にせず話を切り出す。


「退職した、と聞いたのだけど」


 ボーアはマリーたちの前に座ると話だした。


「ええ、嘘をつきました。しかし、彼は退職したことにしたのです」


「どうしてかしら?」


「あんな書き置きなんて残して、本当に居なくなるなんて信じられないでしょう」


 書き置きとはあの論文のことだ。ボーアはカルネラ・アルスバーンに起きた現象を信じたくなかったのだ。時間遡行じかんそこうであると示したあとに居なくなる。それはカルネラがタイムトラベルした可能性を意味していた。


「本当に彼はタイムトラベルしたのでしょうか?」


 ボーアの心情はそれだけであった。


「でも実際に居なくなった」


 マリーはそういうと出されたコーヒーをすする。――にっがー、こんなの飲めないわよ!、と黙ってコーヒーをマーガレットの方に寄せたのだった。マーガレットが言う。


「タイムトラベルとは、可能なものなんですか?」


「過去に戻れば自分に会う。私は未来から来た自分に会ったことがないのに、これはパラドックスが生じてしまう、そう考えられて来ました」


 この考え方が変わったのはあの喋るカエルのせいであった。彼いわく、「世界は複数かつ同時に存在している」そんな並行世界の証明として、あの喋るカエルが《想いの力》を披露したのだ。


「並行世界があるのなら、このパラドックスは解消されます」


 ボーアの言葉にマリーは疑問をもつ。


「どういうこと?」


「簡単な話です。「自分が過去に戻ることを想定した世界」があったらいいわけです」


 そう言われるが、マリーの頭の中はクエスチョンマークで一杯であった。ボーアは紙とペンを取り出すと、簡単な図を描き始めた。


「世界を線で例えます。いわゆる世界線というものです。そしてこの世界に名前を付けましょう、αアルファと」


 ――――α


「そして、私たちが「いる」という世界をひし形で表します。右の方が未来で(未)、左の方は過去で(過)とします」


 ―過――◇――未―α


「では、この状態で過去に戻るとどう表されるでしょうか?」


「しかくの位置が変わるのかしら」


「ご明察のとおりです、流石はマリー様。しかし、このα世界で過去に戻るとパラドックスが生じます。ゆえに新しくβベータ世界と付けましょう」


 ―◇――今――未―β


「これが、「自分が過去に戻ることを想定した世界」です。そして、並行世界とはこれらの世界が同時に存在するということ」


 そういってボーアは二つの線を並べて書いたのだった。


 ―過――◇――未―α

 ―◇――今――未―β


 マーガレットがいう。


「しかしこれでは、α世界とβ世界は別々の世界ということ、α世界からβ世界に渡らないとタイムトラベルとは言えないのでは?」


 ――世界を跨ぐ方法ね。そんなものあるのかしら?


「そうです。ただ単にそんな世界が並行世界のどこかにあると言う話です。ゆえに、私はタイムトラベルを信じなかった」


「カルネラ・アルスバーンの論文では、《完全な世界の顕現》で過去を召喚するとありましたが?」


「不可能です。それは世界そのものを召喚するということ、人間にできる領域を越えています」


 ――あの喋るカエルならできるってことかしら?


 ボーアは続けてこう言った。


「そして、もう一つ問題があります」


「あら、まだあるの?」


「仮に、いまここで私が過去の世界を召喚したとします。そして成功したとしたら、マリー様からはどう見えるでしょうか?」


「私から?えーと――」


 ――あれ?私、消えるのか?ボーアが過去の世界を召喚して……ボーアは過去の世界にいて、私は?私はどうなるの?


 ボーアはコーヒーを飲むと頭から蒸気を出して唸っているマリーに言う。


「そもそも過去とは何でしょうか?過去の世界とは何を指すのでしょうか?彼は一体何を召喚したと言うのでしょうか?私には分からない」


 ◇


 研究所を出たマリーとマーガレットは王宮に帰る道の上で夕焼けを見ていた。


 ――過去とは何だろう?私が見ている夕焼けも暮れてしまったら過去になる。でも、それは私の記憶にあるだけで、ありのままの現実は現在しか存在しないんじゃないか。


「真相は闇の中、か」


 ガーベラがなんであんな様子になったのかも。カルネラ・アルスバーンに起きた真相も。すべては闇に葬り去られてしまった。ガーベラを治すほうほうはもうないのかな。


 ※※※


 ドボドボ歩いていると、目の前に少女が現れた。旅行カバンを持って遠出の格好をした少女だ。


「ただいま戻りました、マリー様。最後に祖母の顔をみれて大変嬉しく思います。本日よりこのガーベラ、メイドに復帰いたします」


「ガー……ベラ……?」


 マリーはその少女の肩を掴む。その少女はおそるおそるマリー言うのだった。


「あ、あの忌引をとると、他のメイドに伝えたのですが……」


 ――ガーベラ?なんで?じゃあ今王宮にいるガーベラって?


 マーガレットが言う。


「ガーベラ!貴様、マリー様に無礼を働いたことを、覚えているのか!」


「え、無礼って、なんのことですか?」


「とぼけるのも――」


「まって!まって、マーガレット」


 マリーが制止する。


 ――おそらくこのガーベラは本当のことしか言ってない。なら、王宮に戻ればすべて分かること。


「王宮に、王宮に戻りましょう」


 ◇


 王宮の一室に、二人の少女がいた。姿形が同じあるその少女は、一人はナリア・アルスバーンと名乗り、もう一人はガーベラと名乗るのだ。


「ガーベラが二人いる……?」


 驚いたのはマーガレットであった。マリーは至って冷静であった。マリーは椅子に腰掛けると一人の少女に問いかける。


「では、聞きましょうか。ナリア・アルスバーン、あなたが一体誰なのかを」


 ナリア・アルスバーン、そう名乗る少女はもう一人の自分であるガーベラをみると、諦めたように脱力し、全てを自白したのだ。

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