09話 見知らぬ草原にて

気がつくとマリーは見知らぬ草原に立っていた。その悠久から続いたとされる草原は、優美な波風に煽られ波打つとき、一定の間隔で光を反射するので、海の上にたってるかのように錯覚する。


「どこ?ここ?……なんで?」


辺りを見回すマリーは自分の置かれた状況を整理する。経験則からここが《想いの力》で創った世界だと思った。


――あのカエルが創った『永久庭園』と同じ世界なら私の《完全な世界の顕現》で消えるはず。


「《完全な世界の顕現》」


マリーの中から淡い綺麗な光が発し、辺りを水面のように波立たせた。新たな現実があらわになったとき、マリーは目を疑った。


「うそっ!どうして!」


そこにはまだ、悠久から続いたとされる草原があったのだ。

変化しないということは、この幻想的な永遠に続く草原は本当の現実なのであった。

腰を下ろし辺りを眺める。


「そういえばあの時は白いワンピースを着ていたのよね」


みすぼらしい布切れ一枚のようなワンピースを着ていた頃を懐かしむマリーであった。その服装は学院の制服である。いつの間にか、この世界に馴染んだことを思うとなんだか可笑しくなってきた。


「今頃メイドたちは私が居なくて大慌て――」


そう思ったが引っかかることがあった。私がここにくるまえに見た光景、自室でいたあの少女は私に瓜二つであったのだ。


「重ね合わせの状態で観測すればどちらかに収束する、か」


先程読んだ本の内容が頭に浮かぶ。

あれがもし別の世界の私だったとして、観測することでどちらかの世界に収束したのだと、


「選ばれたのは私だったか」


箱の中の猫が、死んでもあり生きてもいると解釈するなら、箱を開けたとき、生きてる猫がいたら生きてると観測したなら、死んでいた猫はどこにいったのだろう。重ね合わせの状態でひとつの状態を観測したなら、もうひとつの状態はどこに行くのだろう。あの世界には二人の私がいて本当の現実に収束するのだとすると、本当だったのは、あの私に瓜二つのあの子の方であって、私は虚構だったのだ。


「考えてみれば当たり前か」


見知らぬ花畑に立っていた少女はとあるカエルに勘違いされて姫として振舞っていたのだ。自分が虚構で、嘘の化身だと理解するとマリーは吹っ切れた。すべて馬鹿らしくなったのだ。


――なら別にあそこに戻る理由もないか。


あの世界には別の私がいる。だから私が戻る必要はないと。


「さあ、ここが私の本当の世界ね!私を楽しませて見なさいよ!」


立ち上がって宣言する。そう言うが誰も答えることはない。

そこは永遠につづく、何もない草原であったのだから――。


マリーの頬を涙が伝う。


「あれ?なんで、私、泣いて…」


拭えば拭うほど涙が溢れる。


「悲しくなんてないのに…!私が嘘つきだっただけ……別に…別に……」


そう思いながらもマリーの脳裏にはこびり付いた仲睦なかむつまじかったメイドたちの姿がぎるのである。

気づいてしまったのだ、もう、メイドたちに会えないと。

マーガレットにも、カトレアにもアザレアにも、もう会えないと。

彼女たちは別の世界で別の私と仲睦まじく過ごすのだ。私ではない別の私と。


「もういいわよ!なんなのよ!この世界!」


泣いたと思えば怒りだす。そしてマリーは静かになると、声をだして泣き始めた。


「うわああああああああああああああああああああああん」


人目を気にしなくていいこの世界で、思う存分、気がやすまるまで、声をあげて泣いているのだった。

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