第30話:円卓会議

「まさか貴様が残ると言い出すとは思わなかったぞ」


 俺とアディルを会議場へと案内しながらヘルマが話しかけてきた。


「ヘルマもバグラヴスが倒される前に言っていた言葉を聞いただろ。あれが気になっていたんだ」


「やはり貴様もか」


 ヘルマも同じことを思っていたらしい。


 タイミング的にバグラヴスがこれを仕込んでいたとしか思えない。


 ともかく今はその蝗をどうするかが先決だ。



 会議場には広々とした円卓が鎮座していてその周囲は既に人で埋まっていた。


「あれが我が国の執政官のお歴々だ」


 ヘルマがこっそりと耳打ちしてくる。



「ヘルマ殿、その二人は何者だ。許可なくここへ入れることは許されておらぬぞ」


 太った髭面の男が俺たちを見るなり苦言を呈してきた。



「その者たちは余が許可したのだ」


 ヘルマより先にゼファーが口を開いた。


「そちらの老人はラシド・シディック、そしてその横にいるのはテツヤ・アラカワだ。二人の名前は皆も知っているはずだ。今回の蝗害について意見を求めるために同席してもらった」



 ゼファーの言葉に円卓がどよめく。



「シディック老…?生きておられたのか?」


「政争に敗れて自殺したとも発狂したとも聞いていたが…」


「あれがテツヤ…一人で火神教ひのかみきょうを滅ぼしたという…」


「集団自殺を図った信者を蘇らせたとも聞くぞ」



 なんだか噂が変な形で広まってるみたいだな。



「陛下、何故この者たちをここへ?シディック老はかつて傑物と謳われてはいましが今や政治の世界から退いて十年以上経とうというご老人、もう片方のテツヤとやらに至っては他国の者ではありませぬか。火急の議にそのような者たちを呼んではみなが動揺してしまわれますぞ」


 先ほどの髭面デブが尚も食い下がってきた。


「彼の者はカエソ、我が国の通商執政官だ」


 ヘルマが耳打ちした。


「ここだけの話だが奴は今回の虫害で資産を増やした者の一人だ」



 カエソの言葉に円卓に同意のさざ波がひろがる。


「陛下と言えどもそのようなお戯れは自重していただかなくては…」


 周囲の同調を感じ取ったカエソが鼻腔を膨らませながら更に言葉を続けようとする。



「ほう、つまりお主は余が遊びでこの者たちを呼んだと言うのだな」


 しかしそれはゼファーの言葉にかき消された。


「い、いえ……そのようなことは」


「余が王位を冠して以来最大の危機となりうるこの状況で国の趨勢を決めるこの場に、皆を笑わせるためたけに余がこの二人を呼んだと、本気でそう思っているのか?」


「め…滅相もございません…」


 カエソの顔は紅潮し、滝のような汗が流れ落ちている。



「みなもそう思っているのか?異論があるなら遠慮なく申すがよい」


 円卓は水を打ったように静まり返っていた。


 ゼファーの言葉は静かだったが有無を言わせぬ圧があった。


 その時一人の男が手を上げた。


「異論はないようですな。早いところ始めちまいましょう」


 発言したのはこれまた顔にひげを蓄えた痩せた男だった。


 どことなく人の良さそうな、とらえどころのない顔をしている。


「あの男はヒラロス、内務次官だ。内務執政官は現在病に臥せっていてな。あの者が実務を取り仕切っている」


 ヘルマが説明してくれた。



「それではまず現状の把握といきましょう」


 ヒラロスの言葉を合図に会議が始まった。


「ローカスからの使者によると一週間ほど前から蝗の発生が認められたとのことです。蝗は瞬く間に増えていき、今では草木はおろか家や服まで食い尽くす勢いであると言っております」


「そんな大げさな」


「たかが蝗であろう?炎魔法で一帯を焼き尽くしてしまえばいいではないか」



「それはなりませぬ」


 アディルが口を開いた。


「蝗は火が付いた程度で歩みを止めはしませぬ。更に言うと蝗は体内に大量の油を蓄えております。下手に火を放てばあたり一帯が焦土と化してしまうでしょうな」


「そ、それでは放っておくというのはどうなのだ?既にローカス一帯は先の虫害で作物が大被害を受けている。食うものがなくなれば勝手に死んでしまうのではないか?」


「それも無駄でしょうな。蝗は餌がなくなれば移動を開始するものです。風に乗れば一日に百キロを移動することも可能で、成虫となった蝗の寿命はおおよそ半年、それだけの期間があればこの国の植物という植物を全て食い尽くすことも可能でしょう」



 アディルの言葉に円卓が静まり返る。


「ローカスの風下と言えば…ここガルバジアではないか!」


「どうするのだ!このままでは我々は丸裸にされてしまうぞ!」


 被害が自分たちに及ぶと知って執政官たちもようやく危機感を持ったようだ。



「静まれ」


 俄かに泡立つ円卓の場がゼファーの言葉で静まり返る。


「今は想像で恐慌している場合ではない。まずは現状を把握するためにローカスに調査隊を派遣させる。ついでに一個大隊をローカスに向かわせよ。必要ならば追加の兵を出しても構わぬ」


「はっ」


 ゼファーの指示に筋骨隆々の大男が敬礼する。


「動ける魔導士は全て待機させておくように。即時対応できるように魔石の確保も怠るな。足りなければ貴族、商人から買い上げよ」


「仰せのままに」


 白髭の老人が一礼した。



「これは我が国が一丸となって乗り越えねばならぬ壁だ。今後はこの蝗害を全てにおいて優先させる。これは勅命である!」



「「「「「はっ!!!!!」」」」」


 ゼファーの号令に円卓の面々が一斉に立ち上がった。


 こうして最初の会議は終わりを告げた。

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