第20話:二人の兵士

「…お前…」


 キツネの顔に被せていた布をまくり上げた兵士が驚きで目を丸くした。



「キツネじゃねえかっ!何してんだよこんな所で!」



「そういうお前は…ヘンドリック!?」


 キツネも口を大きく開けて驚いている。



「おいおい俺もいるぞ!ファリードだよ!覚えてるか?」


 もう一人の兵士もキツネの肩を掴んで揺さぶりながら叫んだ。



「忘れるわけねえだろ!お前まだ生きてたのかよ!」


「それはこっちの台詞だぜ!あの時のカードの貸しはまだ忘れてねえからな!」


 キツネと兵士二人は俺たちのことなどお構いなしで再会を喜び合っていた。




「…あ~、ちょっといいか」


 俺は咳ばらいをしながらその間に割って入った。


「彼らは?」


 そう言って二人の兵士を指差す。



「こいつらは冒険者なんすよ!俺も知らねえ仲じゃないんで。見たところ今はマッシナの私兵に入ってるみたいっすね」


 そういう訳か。


 元冒険者ならこれは利用できるかもしれない。


 俺は兵士に振り向いて話しかけた。


「お二人さん、話をするんならもう少し目立たないところでしないか?」





    ◆





「ここなら大丈夫だ。ここの店主は口が固えからな」


 俺たちが案内されたのは街の奥まったところにある目立たない居酒屋だった。


 昼過ぎだからか客の数もまばらで、俺たちは店の一番奥のテーブルへと腰を下ろした。


「まず最初に自己紹介といかせてもらおうか。俺はヘンドリックでこいつはファリードってんだ」


 席に着くなり長身で短く刈り込んだ赤茶色の髪をした男がそう自己紹介をした。



「ファリードだ。よろしくな」


 灰色の髪を坊主にした短躯でがっしりした男が右手を上げて笑いかけてきた。


「このキツネとは腐れ縁みたいなもんでね」


 ファリードはそう言って親指でキツネを指差しながら俺たちを値踏みするように見渡した。


「見たところあんたらもただの兵士って訳じゃないんだろ?」


 ファリードが品定めをするように俺たちを見てきた。


 流石に冒険者だけあって人を観察する能力が高いらしい。



「まあそんなところだ」


 俺はヘンドリックとファリードと握手をしながら答えた。



「とりあえず食事でもしながら説明するよ」





 短い自己紹介の後で俺たちは料理を囲みながら今までのいきさつを説明した。


 ただし坑道の中にシセロの隠し財産があるということは秘密にしておいた。


 坑道の警備兵が交代の時間になるまでは騒ぎにしたくないからだ。


 そもそも冒険者に知られたらあっという間にあの隠し財産が空っぽになってしまうのは目に見えている。



「なるほどね、あんたらは秘密裏にここマッシナを調べに来たって訳か」


 骨付き肉にかぶりつきながらヘンドリックが頷いた。


 二人はこちらの奢りということで全く遠慮なく飲み食いしている。



「ま、正直言って来て正解だったぜ。ここの地区総督のシセロって奴はとんでもねえ悪党だからな」


 ファリードもカップのエールで喉を鳴らしながら同意した。


「ベルトラン中が虫にやられて酷い有様なのを良いことに自分とこで採れた作物をとんでもねえ高値で売りさばいてるって話だぜ。しかも高値で売れるってんで税を上げやがってるんだとよ。俺たちだって言ってみりゃ反乱を起こさせねえための監視みてえなもんだぜ」


「ま、給料は悪くねえから文句は言わねえけどな」


 ファリードの言葉にヘンドリックが相づちを打つ。



「そのことなんだけど、なんでマッシナだけ虫の被害が出てないか知らないか?」


 そう、山から街へ降りてくる間だけでもはっきりとわかるくらいにマッシナは虫の被害がなかった。


 野菜はどれも青々と育ち、豊かに実を実らせていてまるで虫害など最初からなかったかのようだ。



「さあ?俺らもそこまで詳しいことはわからねえよ。なんせ来てからそんなに日が経ってもいねえしな」


 ヘンドリックが椅子に背中を預けながら答える。


「…ただこんな話は聞いたことがあるな」


 ファリードが考え込むように呟いた。


「元々ここは土が肥えてるから野菜がよく育つところだったらしいんだけど数年前から更に収量が上がったって話だ。で、それには一人の男が関わってるんだとかなんだとか」


「ああ、それは俺も聞いたことがあるな。なんでも虫を操る奴で、そいつのお陰で害虫にやられなくなったって話だ。ここが無事なのもそいつのお陰なんじゃねえの?」


 ヘンドリックが思い出したように付け足した。


「そいつか!」


 ソラノがテーブルを叩いて立ち上がった。


「落ち着くのだ」


 それを見てリンネ姫がたしなめる。


「まだそうと決まったわけではない。そちらのヘンドリックが言うように単純にその男の働きでマッシナは無事なだけかもしれぬ」


「しかしそれならばその者の存在を秘密にしているのは不自然なのでは?」


 アマーリアが小首をかしげた。


「己の利益を貪るために黙っているのかもしれぬ。それでも十分に咎となるがな」


 ヘルマが答える。


「一つはっきりしているのは仮に直接出向いても素直に答える可能性は低いってことだな」


 俺の言葉に全員が頷いた。


「となるとこっそり忍び込んで証拠を集める以外ないってことか」



 俺は改めてヘンドリックとファリードの方を向いた。



「シセロの住んでる所がどこか知らないか?気付かれずに入り込む方法を知ってるならそれも知りたい。当然今までのことも含めて全部内密の話だ」


 二人は顔を見合わせてにやりと笑った。


「当然これはビジネスってことだよな?」


 俺は笑い返した。


「もちろん口止め料も含めて言い値を払うよ」

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