第14話:マッシナ

「マッシナか…」


 ゼファーが唸った。


 食事も終わり、デザートのアイスクリームを食べながらの四方山話はいよいよ本題である虫害へと移っていた。


 それにしてもゼファーは気が付けば甘いものを食べている気がする。


 意外と甘党なのか?


 落ち着いたらかき氷でも教えてやろうかな。



「知っていたのか?」


 ゼファーの反応は明らかに予想外だったというそれじゃない。


「…知っていた、というのとは少し違うな」


 そう言ってゼファーがヘルマを見た。


 ヘルマは小さく頷くと咳払いをして話し始めた。


「陛下も今回の虫害はただごとではないと認識しておられる。これだけの規模となると人為的なものとは考えにくいが可能性がないわけではない。なのでそちらの方向についても調査をしていたのだ」


 小さな可能性にも力を割けるのはベルトラン帝国ならではだな。


「まず我々はこの虫害で利益を増やした商人、貴族を洗い出した。しかしシセロはその中には入っていない」


 入ってないのかよ!


「次に行ったのは虫害が起こってから極端な政策を打ち出した地方の豪族、地区総督、有力者の調査だ。この機に反旗を翻す者が出ないとも限らぬ。あるいはそのためにこれを起こしたという可能性もある。そしてシセロはその中にも入っていない」


「待った。それはおかしいんじゃないか?エイラはそのマッシナという土地から巡礼者が来なくなったと言っていたぞ。人の出入りを制限しているんじゃないのか?」


「それはこちらも認識している。しかしそれは他の地区総督も行っていることなのだ。己の領地へ虫を持ち込ませない、虫を持ち出さないということでな。地区総督にはそれを行う権限もある」


 ヘルマが話を続けた。


「シセロは我々の調査では何も怪しい部分がなかった。領地は虫害で被害を被り、利益は上がるどころか下がっている。地区総督としての政策にもおかしなところはない」


「じゃあなんで…」


「それとは別件でシセロを注視していたのだ」


 ゼファーが言葉を継いだ。


「シセロはこの国で代々続く亜晶鉱山の鉱山主でな。お主らが高純度の亜晶を提供したことで閉山を余儀なくされた。まあそれを命じたのは余なのだが、ともかくそれによってシセロの収入源が大きく断たれたのは事実だ」


「つまり…?」


「貧すれば鈍するという言葉もあるようにそういう事態に陥ったものは間違った選択をしでかすことがよくある。そういう理由で彼の者に目を付けていたのだ。しかしそれもそろそろ解こうと思っていたのだが…」


 ゼファーが軽くため息をついた。


 その顔には微かにやるせなさが浮かんでいる。


「ともあれお主たちの話からシセロが虫害の被害を偽って報告している可能性が出て来た以上無視するわけにもいかなくなった。しかしこの程度の噂話では正式な調査隊を派遣して臨検を行うわけにもいかぬ。大事にすると隠蔽される恐れもあるしな」


 そう言ってゼファーが俺を見た。


 そういうことね。


 俺は軽くため息をついた。


「わかったよ。俺が行ってそのシセロという男のことを調べればいいんだろ」


「余はまだ何も言っておらぬぞ」


 ゼファーは俺の言葉ににやにやしながら答えた。


「いいさ、どっちにしろ報告だけして後は任せたというつもりもなかったんだ。乗り掛かった舟だし最後まで面倒を見るよ」


「その性格は相変わらずのようだな。しかし今回は余も最大限の支援をしよう。必要なものがあれば何でも言うがよい。すぐに手配させよう」


「だったら案内人を頼めるかな?なんせこっちは誰もそのマッシナについて知らないんだ」


「それならばもう用意してある」


 ゼファーが指を鳴らした。


 それを合図にヘルマが退出してすぐに何者かを引き連れて戻ってきた。


 こうなることが分かって事前に手配していたのかよ!


 相変わらず抜け目がないというかなんというか…


「シセロのことを調べさせるつもりではなかったのだがな。このような事態だ、お主には何かと手勢が必要だと思って用意していたのだ」



 その男?は両手を後ろ手に縛られて頭に革袋を被らされていた。


 床に跪いて全身をぶるぶる震わせている。


 これが本当に案内人なのか?


 ヘルマが乱暴に革袋をはぎ取った。



「お、お願いです!命ばかりはお助けを!何でもしますから!というか俺ってそこまで酷いことしてないっすよね!?こんなのってあんまりっすよ!」


 男は革袋が取れた途端に猛烈な勢いで命乞いを始めた。


「キツネ!?」



 その顔を見て俺は目を丸くした。


「は?え?え?テ、テツヤさん?なんでここに?って…へ、陛下ぁっ!?」



 それはかつてベルトラン帝国で一緒に行動したことのある冒険者、を名乗る限りなくペテン師に近い男、キツネだった。


 俺の姿に気付いたキツネは目を飛び出さんばかりに仰天していた。


 それから周囲を見渡してゼファーとヘルマを認めたキツネの顔が青から白へ、そしてまた青へと変わっていった。



「久しぶりだのう、キツネよ。息災であったか?」


 にやにやと笑いながらゼファーが話しかけるとキツネはまるでシバリングでもおこしたように震えはじめた。


「す…すいませんでしたぁっ!た、ただの出来心だったんです!もう二度としません!心を入れ替えますからどうか…どうかご慈悲を!」


 キツネは両手を縛られたまま床に頭をこすりつけて命乞いを再開した。


 こいつ何をやらかしたんだ?


「なに、大したことなどしておらぬよ。違法カジノでいかさまディーラーをしていたかどで捕まっていたのだ」


 違法カジノって…いかさまディーラーって…


 俺は頭を抱えた。


「テ、テツヤさん!いやテツヤ様!俺とあなたの仲じゃないっすか!どうかテツヤ様からも陛下に一言御口添えをしてくださいよ!この通りっす!」


 キツネが俺に向かって哀れな口調で嘆願をしてきた。


「で、こいつをどうすんの?マッシナに向かう前の景気づけに処罰でもするのか?」


「そ、そんなご無体な!」


「そんなことなどせぬよ」


 ゼファーはおかしそうに笑いながらヘルマに合図をしてキツネの拘束を解かせた。


 不思議そうな顔をするキツネに向かってゼファーが口を開いた。


「キツネよ、お主にはマッシナへの道案内をしてもらう」

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