第13話:疑惑の土地
「どこなんだ?そこは?」
ウルカンシアよりも上手く対処している場所があるというのか?
「ええと…確かずっと東北部にあるマッシナという地域だったと思います。そこから巡礼に来た信徒がそう話していました。これだけ虫が少ないのはマッシナとここだけだと」
マッシナ…初めて聞く名前だ。
リンネ姫を振り返ると首を横に振ってきた。
どうやらリンネ姫もよくは知らないらしい。
「それで、そのマッシナというところではどういう風に対処していたか言ってなかったか?」
「残念ながら…」
エイラは悲しそうに目を伏せた。
「そういえば最近はマッシナからの巡礼者が来なくなったのが気がかりですね」
「…どういうことなんだ?」
「火神信仰はベルトラン帝国南部で盛んなのですが、東北部にあるマッシナでも信者が活動しているのです。なんでも昔の
エイラが話を続けた。
「なのでマッシナからここウルカンシアまで毎月のように巡礼者が来ていたのですけど、ここ一月ほど途絶えてしまっていて…」
今まで来ていた巡礼者が来なくなった、エイラのその言葉が頭の中で反響するように残っていた。
マッシナ、何かがそこにある気がする。
「エイラ、そのことを他の誰かに言ったことは?」
「い、いえ…テツヤさんに聞かれるまで忘れていたくらいですから…」
緊張をはらんだ俺の声にたじろぐようにエイラが答えた。
「悪いけど今ここであった会話は内密ってことにしてくれないか。そのマッシナの件についても」
「は、はい。テツヤさんがそういうなら…」
硬い表情でエイラが頷く。
「なにかわかったのか?」
リンネ姫が好奇心のこもった眼差しと共に聞いてきた。
「いや、そういうわけじゃない…けど、何かがひっかかっていてさ。エイラ、そのマッシナについて知っていることを教えてくれないか?」
「わかりました。遠くの土地なので私も詳しくは知らないのですが…」
そう断ってエイラが話し始めた。
エイラによるとマッシナはベルトラン帝国のほぼ反対側に位置する地域で小さいながらも豊かな土地なのだとか。
ただしそこもウルカンシアと同じように過去にベルトラン帝国に併合された属州国であるために住民は苦しい生活を強いられているらしい。
火神信仰が広がったのはそういう要素があったのも理由なのかもしれない。
ウルカンシアに来た巡礼者によるとマッシナの地区総督の名前はシセロといい、すこぶる評判の悪い男なのだとか。
とはいえ流石に広い国の反対側の話なのでエイラからこれ以上詳しい話を聞くことはできなかった。
「すいません、大した話もできなくて」
「いや、そういうことが分かっただけでも収穫だったよ。ありがとう」
申し訳なさそうに頭を下げながら部屋を出ていくエイラを見送ると改めて俺たちは膝をつき合わせた。
「マッシナか…名前くらいは知っているが実際に訪れたことはないな」
アマーリアが独り言ちるように呟いた。
「私もだ」
リンネ姫が首肯する。
「とりあえずそちらへ行って様子を見てみるか?今のテツヤであればそのシセロという地区総督に会うのも容易なのでは?」
「いや、今は下手に動かない方が良いと思う」
ソラノの提案に俺は頭を振った。
「まだこの虫害に何らかの意図があるかどうかわかっていないしね。その状態であちこち突きまわってはゼファーはともかく他の有力者が良い顔をしないと思う。だからいったんガルバジアに行ってこのことをゼファーに報告してからにしようと思うんだ」
「異論はない」
リンネ姫が頷いた。
翌日、俺は街の人たちに別れを告げて一路ガルバジアを目指した。
ガルバジアまでの道中も今までと同じで荒れ果てた畑が続く悲惨な光景が広がっていた。
「これは早く何とかしなくてはならないな」
リンネ姫が険しい顔で呟いた。
ベルトラン帝国の危難はそのまま周辺国家の危機に繋がることになる。
既にこの事態は対岸の火事を越えていた。
次の日、ガルバジアについた俺たちはすぐにゼファーへの面会を取り次いだ。
俺たちが通されたのは謁見の間ではなく王の私室で、入ると豪華な食事が並ぶテーブルが目の前に飛び込んできた。
部屋には幾人もの給仕が控えていてテーブルの上座には既にゼファーが着座していた。
その傍らにはいつも通りヘルマが立っている。
「久しぶりだな。テツヤよ元気にしていたか?」
ゼファーが腕を広げて歓迎の意を表した。
「これは…?」
「積もる話もあるだろうが長旅で腹も減ったろう。まずは腹を満たしてからだ。ベルトランには客人を空腹のままもてなす風習はないのでな」
そういうとゼファーは返答を待たずに食事を開始した。
俺たちも給仕に促されるままに席に着く。
テーブルの上には豪勢な肉料理に加えて季節の野菜や果物も並んでいた。
今この国が危機にあるとは思えないくらいだ。
何とも言えない気持ちを抱えていると隣のリンネ姫が目の前の肉を切り取って食事を始めた。
そしてこちらに目を向けることなく小声で話しかけてきた。
「食べるのだテツヤ。これは陛下が歓待しているという意でもある。気持ちはわかるが拒絶するのは失礼にあたるぞ。それに私だって反対の立場であるなら同じことをしていたはずだ」
リンネ姫の言い分も理解できる。
ここで躊躇していたってベルトランの窮乏は何も変わらない。
俺は意を決して目の前の料理に取り掛かった。
「それでいい。腹が減っては建設的な話もできぬからな」
ゼファーが満足そうな笑顔を見せた。
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