第42話:旅の終わり
「ば、馬鹿な…そんなことがあり得るのか?」
アマーリアが目を丸くしている。
「しかしこれは本当に亜晶だ。それに以前テツヤは亜晶が何らかの魔獣の体組織だとも言っていた。そう考えると辻褄は合う」
リンネ姫はそう言って息をついた。
「…つまり、
ソラノが恐ろしいものでも見るように
「ああ、この山は九割以上が亜晶で出来てる」
俺の言葉にみんな静まり返った。
それも当然だろう。
ヒト族の世界ではレア中のレアだった素材がここには文字通り山となっているのだから。
この山一つでどれだけの価値があるんだろう。
「…つまり、これで探し物は見つかったということですかな?」
リオイが咳ばらいをしながら尋ねてきた。
「ああ…そうみたいだ。それで、この亜晶を少し分けてもらえないかな?この素材は俺たちヒト族にとって重要な役割を果たしてるんだ。もちろん相応の対価は支払う用意がある」
「それはもちろん。こちらでは特に価値もない石ですから…と言いたいところなのですが」
リオイはそう言って後ろにいるローベンをちらりと見た。
「この山はパンシーラ氏族とマスロバ氏族の中立地帯にあり、私の一存で決められることではありませぬ。もとより私は既に頭領を退いた身、まずは我が一族の頭領、及びマスロバ氏族と話をしていただけないでしょうか」
「親父…」
ローベンが驚いたように目を見張った。
「それはもちろんだよ。なあ、そうだろ?」
俺の言葉にリンネ姫も頷く。
「パンシーラ氏族とマスロバ氏族、両氏族講和の手始めとして共同で我が国と貿易条約を結んでいただけないだろうか?もちろん無理強いはしないしお互いの満足できる条件で条約を結ぶつもりだ」
「その話、パンシーラ氏族は前向きに検討させてもらいます」
ローベンがリンネ姫の前に進み出て右手を差し出した。
リンネ姫がその手を握り返し、二人はバルドの方を向いた。
バルドは複雑な表情で二人を見ていたが、リンネ姫の方を向くと両手を地面に付けた。
「…リンネ姫…いや、リンネ・ミッシンネラ・マスロバ様、あなたとあなたの血族への度重なる侮辱、深く謝罪いたします。その上で恥を承知でお願いいたします。どうか我ら氏族もその条約に加えてはいただけないでしょうか」
俺たちはその姿を呆気に取られて見ていた。
いや、さっき共同でと言ったばかりなんだけど。
そこへルスドールがやってきてバルドの隣に跪いた。
「リンネ、いやリンネ姫様、この私からもお願いします。この者を許せとは申しませぬ。しかし我らマスロバ氏族のために寛大な処置をお願い申し上げます」
「お爺様…」
リンネ姫はその姿を見て一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐにいつもの姫としての表情に戻ると二人の前に腰を落とした。
「顔を上げてください。私の家系を侮辱したことはすぐに許せるものではありませんが、それとこれとは別です。共にマスロバ氏族の未来について考えようではありませんか」
「お、おお…ありがとう、ありがとうございます」
バルドが涙を浮かべながらリンネ姫の手を取った。
「やれやれ、これで一件落着か。元々決まってたようなものなのにえらく手数をふんだもんだな」
「エルフ族は手順や儀礼を貴ぶ種族だからな。ああいう風に一つずつケリをつけていかねば承知できないのだろう」
アマーリアはそう言って微笑むと一歩前に出た。
「ではその条約の第三者立会は龍人族に頼んではどうだろう。異論がなければ私の方で話をつけてくるがいかがかな?」
リンネ姫、バルド、ローベンが頷き、こうして俺たちの亜晶を求める旅は終わりを告げたのだった。
…と言いたいところだったけど、それから二週間俺たちはワールフィアに留まることになった。
条約締結のためという口実ではあったけど実際はひたすら宴会に付き合わされていただけだ。
マスロバ氏族とパンシーラ氏族の和睦を祝っての宴会は俺が作り上げた川――それはテツヤ川と呼ばれていて、止めてくれと言っても聞き入れてもらえなかった――の中島で行われ、何日もぶっ通しで続いた。
「さあさあ、テツヤさん、グッといってくださいよ!グッと!」
ローベンが酒臭い息を吐きながら俺に酒瓶を傾けてきた。
「何を言う、テツヤ殿は私の酒を飲むのだ。貴様は下がっていろ」
バルドも俺に盃を渡そうと押し付けてきた。
二人の視線が俺を挟んでバチバチと火花を散らしている。
「んだとお?やろうってのか?この耳長が」
「貴様ら毛玉がこのエルフ族に勝てると思っているのか?良かろう、勝負してやる!」
やがて二人は俺そっちのけで飲み比べを始めだした。
「やれやれ、勝手にやっていてくれ」
その隙に俺は一人抜け出して別のテーブルへと避難した。
それにしてもとんでもない騒ぎだ。
エルフも獣人も誰隔てることなく陽気に飲み、食べ、騒いでいる。
「まさかこのような日が来ることになろうとは」
そこへルスドールがやってきた。
「エルフ族と獣人族が共に酒を酌み交わす、この日が来るのをどれだけ待ちわびていたことか」
そう言って目を細めて宴会の熱気を眺めている。
「でも意外でしたね。あのバルドに族長を続けさせるなんて」
「実を言うと彼からは族長の座を私に移譲したいと申し出があったのです。むろん断りましたがな」
ルスドールはそう言ってかすかに笑った。
「それはまたなぜ?バルドのことは快く思ってなかったんじゃ?」
俺が尋ねるとバルドは頷いて軽くため息をついた。
「確かにあの者は良い指導者ではなかった。傲慢で自分勝手で独善的な男ですからな。しかしそれは若さ故でもあります。そして新しく生まれ変わろうとしている我らには若い指導者が必要なのです、この老いぼれではく」
そう言ってローベンと共にテーブルに突っ伏しているバルドを見つめた。
「今回の件であの者も反省したようです。だからと言ってすぐに変わるとも思えませぬが、それでも長い目で見ようと思っています。我々エルフの得意とすることでもありますからな」
「…確かにそれもそうなのかもしれないな。ともかく何かあったらすぐに言ってくれないか。もう知らない間柄じゃないんだし、俺にできることがあればするからさ」
「ご厚意に感謝いたします。こちらこそリンネ共々いつでも来てくだされ。いや、次に来るときは来孫も一緒ですかな?」
「い、いや、それはどうだろう…」
「老い先短いこの身、来孫の顔を見ずに身罷るのを酷だと思うならなにとぞ」
「いや、どう考えてもあんたの方が俺よりも長生きするだろ!」
こうしてエルフ族と獣人族の宴はいつまでも続いていったのだった。
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