第12話:ラング・ペンドラゴン

「さて、準備は良いか?」


「ええ、いつでも」


 ラングの言葉に俺は軽く会釈を返した。


 龍人国にやってきた次の日の早朝、俺とラングは朝霧のかかる城の中庭で対峙していた。



 ラングはアマーリアと同じように龍人族の伝統武器である龍牙刀を構えている。


 俺の方はシンプルな鉄槍だ。


 明け方に目を覚まして再び眠ることもできずに城の中を歩いている時にばったりとラングと出会い、そこで立ち合いを申し込まれたのだ。



 ラングは昨晩あれほど飲んだというのに何事もなかったかのようにピンピンしている。


「お主とは一度立ち会ってみたいと思っていたのだ。前回は大した時間も取れなかったからな」


「龍人族の長にそんな事を言われるのは光栄ですね」


「謙遜を。では行くぞ!」



 言葉と共にラングが飛び込んできた。



 大木をも断ち割りそうな強烈な斬撃だ。

 


 受け流すようにそれを裁いて槍で足払いをかける。


 しかし石突きでそれを防がれ、逆に槍を巻き上げられそうになった。



 させまいと槍を引いた時にできた隙にラングが肩で体当たりをしてくる。


 引いた槍でそれを受けるも完全には受け流せずに数メートル弾き飛ばされた。



 俺は着地した瞬間に前へ飛び出し、追撃しようとしていたラングに逆に攻撃を仕掛けた。


 ラングは俺の放った連続刺突を取り回しの悪い龍牙刀で全て捌ききり、逆に隙をついて足を払ってきた。


 それを後方宙返りでかわし、石突きを地面に突き立てて空中で方向を転換させて蹴りを放つ。




 ラングは頭を下げてそれをかわし、俺たちは再び間合いを取った。




「見事だ」


 しばらく間をおいてラングが龍牙刀を下げた。



「以前会った時とは身のこなしや視線が別人だな」


「こちらこそいい勉強になりました」


「殊勝なことを。アスタル様に力を引き出してもらったとはいえその動きは生半なまなかにできることではないぞ。よほどの鍛錬を積んだと見えるな」


 ラングはそう言って笑うと俺の肩に肘を乗せてきた。



「儂にここまで食い下がれる者は同胞でもそうはおらん。これなら安心して我が姫を任せられるというものだな」



「いや俺はまだそこまでは…」



「なんだ、ひょっとして他に決めた女子おなごでもいるのか?あの姫殿下か?それとも金毛の方か?なに、ワールフィアの男だったら嫁の四、五人いたって普通のことだ!男ならそれくらいの人数どんと受け止めてやれい!」


 そう言ってラングが俺の背中をバンバン叩いてきた。



「…とりあえず食事にしましょうよ。朝っぱらから動いたから腹が減ってきた」


「そうだな!いやまずは風呂で汗を流すとしよう。ワールフィア広しと言えども風呂だったらここが一番だぞ!龍人国に来て風呂に入らぬ者は道に落ちている金貨を見落とす、とも言われているくらいだ!」


 ラングがそう言いながら風呂を案内してくれた。



 龍人国の城は各階に風呂があってそれぞれ趣向を凝らしたものになっているのだとか。


 俺たちが向かったのは一階にある巨大な露天風呂だ。



「ここは滝を見ながら風呂に入れる我が城で一番自慢の風呂でな。客人には必ず勧めるようにしているのだ」



 そう言いながらラングが風呂のドアを開けた。




 そこに素っ裸のリンネ姫がいた。



 というかアマーリアと服を脱ぎかけのソラノもいた。




「おお、そなた達も入りに来たのか。ちょうど良かった、一緒に交流を深めようではないか」



 ラングは全く気にする様子もなくずかずかと脱衣室に入っていくとバスタオルで体を隠して真っ赤になって震えているリンネ姫を横に服を脱ぎ捨てて浴室へと入っていった。



 俺はというとただ固まってその場の状況を見守るしかできなかった。


 いや、決して三人の裸に見とれていたとかそういうわけではないぞ。



「テェツゥヤァ…」


 まて、そんな目で睨まれてもこれは不可抗力だ。


 ソラノ、剣を掴むのは止せ、というか脱衣室に剣を持ち込んだら錆びないか?







「まったく、なんでお主が入ってくるのだ」


 リンネ姫が顔を赤くして口をとがらせている。


 ラングが真っ先に入ってしまったせいで結局三人は別の風呂場に入り直したらしい。



「あの風呂が一番だというから楽しみにしていたのに」


「仕方ないだろ。俺だってラングさんに勧められていっただけなんだ。みんなが入ってるなんて知らなかったんだから」


「それはもういい!思い出すな!反芻するな!」



「まあまあ姫様落ち着いて。私たちだったらこんなことはしょっちゅうですよ」


 アマーリアがリンネ姫をなだめている。


 待て、そのなだめ方は少し違くないか?



「しょっちゅうぅぅ!?」


「まったくです。風呂に入ろうとしたら何度この男に侵入させられたことか」


 ソラノさん?その言い方は語弊がありすぎなんじゃ?まだ数回しかなかったはずですよ。


「数回だあ?」



「いいなあ~私もまたご主人様と一緒にお風呂入りたかったのに」


「寝過ごした…」




 俺たちはワイワイと騒ぎながらラング専用の応接室に向かっているところだ。


 今日はこれからラングと朝食を共にすることになっている。


 おそらくリンネ姫はそこで亜晶のことを訪ねるのだろう。


 いよいよ俺たちがここに来た目的を果たす時が来た。




「どうだ、いい湯だったろう?」


 部屋に入るなりラングがそう聞いてきた。


 部屋のテーブルには既に朝食がずらりと並んでいる。



「お陰様ですっかり体を伸ばすことができました」


 頬を少し染めながらリンネ姫が挨拶する。



「それは重畳、それでは食事を始めるとしよう」



 こうしてラングを交えての朝食が始まったのだった。

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