第15話:ウルカンシア

「この辺一体はウルカンシアと呼ばれる地域だ」


 男たちから奪った馬で山を下りながらゼファーが説明をしてくれた。


 意外にもゼファーは見事に馬を乗りこなしている。



「何が意外なものか。王たるもの乗馬など立つよりも早くたしなんでおるわ」



 次第に木々が多くなっていき、それにつれて温度が増していく。


 フィルド王国の南にあるベルトラン帝国の更に南端だけあって気候は熱帯のようだ。


 まだ初春だというのに既に汗ばむくらいの暑さになっている。



「ウルカンとは火の神の名でな、昔からこの辺は火神教ひのかみきょうを信奉しているのだ」


「…じゃあ貴方、じゃなくてあんたをここに飛ばしたのは…!」


「ああ、おそらく火神教ひのかみきょうの者だろう。先ほど追ってきた男たちも火神教ひのかみきょうのネックレスをしていたしな」



 貴族学園の邸宅を襲った連中もウルカンを信奉する燼滅じんめつ教団だった。


 これは単なる偶然だろうか?



「まあその辺のことはいずれわかるだろう。それよりも村が見えたぞ」



 眼下のうっそうとした木々の中に集落が見えた。


「今夜はあそこで泊めてもらうことにしよう」






 村に降りると畑で働いている女性の姿が見えた。


「すいません、旅の者なのですがこの辺に泊まれる場所はありますか?」



 それは土埃にまみれた作業着を着てはいるけどまだ若い娘だった。


 ウェーブのかかった黒髪をおさげにしていて頬にはそばかすが散っている。


 眼はくりっとしているけど意思の強そうな眼差しだ。




「あいにくとこの村に宿屋はないけど泊まりたいんだったらあてはあるよ。ついてきな」


 その女性はそう言うと畑道具を片付けて歩き出した。



「あたしの名前はイネス。あんたたちは?」


「俺はゼファー、こっちのはテツヤ。行商人なんだが追剥にあってしまってね。命からがら逃げてきたんだが荷物をそっくり奪われてしまったんだ」



 ゼファーは全く臆することなくでまかせを並べている。


 大した度胸だよ、こういうのも王の資質なのか?



「ふうん、それは災難だったね。ま、なんもないところだけどしばらくゆっくりしていきなよ」


 そう言ってイネスが案内したのは簡素な宿舎だった。



「あたしはこの村で糧食管理官をしているんだ。ここはそのための宿舎で今は誰も住んでないから好きに使っていいよ。あたしは別のところで寝てるから」


 あとで食べるものを持ってきてあげるよ、と言い残してイネスは去っていった。


 なんともそっけない態度だけど今はそれがありがたい。





「で、これからどうするんだ?…ですか」


「敬語は良い。俺は今はただのゼファーだからな」


「そうは言っても…まあいいや、もうなんでも」



 俺は宿舎の中にあった木の台にくたびれかけた藁を敷いただけの粗末なベッドに寝ころんだ。


 しばらく誰も使っていなかったらしく埃が舞い上がる。



「そうだな、まずはこの地域で一番大きいウルカンシアという都市へ向かう。それから先はそこで考えるとしよう」


「??この辺一帯をウルカンシアと言うんだろ?ウルカンシアという都市もあるのか?」


「…何かおかしいことはあるか?」


「…いや、考えてみると別におかしくないか。京都府には京都市、福岡県には福岡市があるもんな」


「何をおかしなことを言ってるんだ…ゴホッゴホッ!なんだこのベッドは!ゴミ箱の中に寝る方がまだマシだぞ!」


 部屋の反対側にあるベッドに寝ころんだゼファーが舞い上がる埃に咳き込みながら悪態をついている。



 その時ノックの音と共にイネスが食器の置かれたお盆を持ってやってきた。


 お盆には豆のスープが入った椀が乗っている。



「貧しい村だから大したものは出せないよ」


「いやいや、食べるものがあるだけでもありがたいよ。なんせ今日は朝に食べたきりだったんだ」


 俺とゼファーは礼を言ってスープを啜った。


 塩で味付けしただけのシンプルなスープだけど空腹に染み渡る。



「言っとくけど食べた分は働いてもらうよ。こっちも手が欲しいんでね」


「もちろんだよ。ひょっとしたらしばらく厄介になるかもしれない。それからここに通信用の水晶球はないかな?知り合いと連絡を取りたいんだけど」


 イネスは肩をすくめて首を振った。


「こんなちっぽけな村にそんなものあるわけないだろ。ウルカンシアまで行かないと無理だね」


 ですよね~。やっぱりまずはウルカンシアまで行かないと駄目か。



「それじゃあ明日は早いからね。食器は自分で洗ってよね」


 それだけ言ってイネスは去っていった。



「やれやれ、噂には聞いていたがこの辺はやはり貧しいようだな」


 空になった椀を見つめながらゼファーが呟いた。



「自分の国なんだろ、それをなんとかするのが王様の仕事じゃないのかよ」


「王といっても全てに目を通すのはなかなかできぬものよ。それよりもさっさと寝るぞ。クソ、こんな板切れの上で寝るとはまるで死人みたいじゃないか」


 ゼファーはベッドに寝ころびながらぶつぶつと文句を言っている。


 俺も固くてすえた匂いのするベッドに横になった。



 まったくとんでもないことになったな。早いところリンネ姫と連絡を取ってさっさと帰らないと。


 そんなことを思いながらいつしか眠りについていた。

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