第16話:クラドノ村のイネス
翌日早くにイネスに叩き起こされて俺たちは畑へと向かった。
その畑は普通の畑と違って狭い範囲に色んな野菜が植えられていた。
「なあ、なんでこんなに色んな野菜を育ててるんだ?もっと単一の作物を植えた方が効率良くないか?」
「ここは試験用の畑だよ。この土地にはどういう作物が向いているか、どうすれば収量を上げられるかを調べてるんだ」
なるほど、研究熱心なんだな。
「別にそんなんじゃないよ。この辺は貧しい土地だからできるだけ収量を上げようと片手間にやってるだけなのさ。さ、無駄口はここまで、川から水を汲んできてちょうだい」
◆
「し、死ぬ…水、水をくれ」
ゼファーが息も絶え絶えになって地面に倒れ込んだ。
まあ普段力仕事をしていない王様ならこの位が限界か。
それでも一日文句も言わずに仕事に付き合ったのは意外だったな。
「だらしないねえ。テツヤの方がしゃんとしてるじゃないか」
イネスもあきれ顔でため息をついた。
既に日は傾き、野菜が畑に長い影を落としている。
「この男が異常なだけだ。なんでそんなに元気なんだ」
頭から水を被りながらゼファーがぶつぶつ言っている。
「鍛え方が違うんだよ。それにしてもこんな広い畑を一人で面倒見ていたのか?かなりの重労働だろ」
「この位なんてことないよ。村の人たちも手伝ってくれるしね」
振り返った畑には貧しい土地なんて思えないくらいの青々とした野菜が育っている。
「しかし何故こんなことを?これは糧食管理官の領分を超えているんじゃないか?糧食管理官といえばその土地で税となる作物がどのくらい採れるかを調べるのが仕事なのではないか?」
ゼファーがイネスに尋ねた。
なるほど、ベルトラン帝国にはそんな仕事もあるのか。
「まあね。でもこの辺りは税を納められないくらい土地が痩せていてみんな困っているんだ。それを少しでも改善したくてね」
「でもこれだけ育ってるなら大したもんじゃないか。この農法をみんなに伝えたらすぐに問題解決じゃないのか?」
「それがそうもいかないんだよ」
イネスがため息をついた。
「あたしだって何度もウルカンシアの地区総督にかけあったさ。でも何度言っても門前払いなんだ」
「なんでだよ!作物がたくさん採れるようになったら税収だって上がるんだから国としても願ったりじゃないのかよ」
「それは…」
口を開きかけたイネスが不意に何かに気付いて険しい顔つきになった。
振り返ると道の向こうから二人の男が歩いてくるのが見えた。
「いよう、イネスちゃん。相変わらず無駄なことをしてるのかい。その男たちはなんだ?新しいお仲間か?」
揃いの服と揃いの武器を持っているということはなんらかの公職についているのだろうか。
しかしそのにやけた面には邪悪な表情が浮かんでいる。
「ふん、あんたたちには関係ない話だろ。この人たちはただの行商人だよ。泊めて食事を出した代わりに手伝ってもらってるのさ。わかったらさっさと消えな」
「それがそうもいかねえんだよなあ」
無視して立ち上がろうとしたイネスの前に男たちが立ちはだかった。
「こういうことをされてさあ、村人たちがやる気になられるとこっちとしても困るんだよなあ」
「ふざけるな!あんたたちも徴税官なら大人しく自分たちの仕事だけをしてろ!」
「だったらお前も自分の仕事だけをしてるんだな。俺たちに税の量を報告するっていう使いっぱしりの仕事をな!」
そう言って男がイネスを突き飛ばした。
もう一人の男が畑に踏み入り、植えていた豆を引き抜く。
「止めろ!そいつに触るな!」
「いいか、おめえがどんなに努力したって地区総督は許可しちゃくんねえよ。総督はこれ以上の税収は望んじゃいねえんだ。わかったら大人しくしてるんだな」
「そうやってこの土地のみんなを奴隷にする気なんだろ!それが国から土地を預かる者のすることか!」
「土地を預かってるからこそ有効利用してるんじゃねえか。こんなところじゃ野菜を育てるよりも人を売った方が金になるからな!」
そう言って男たちがゲラゲラと笑っている。
「この…」
掴みかかろうとしたイネスだったが男たちに足払いをされて地面に倒れ込んでしまった。
悔しそうに見上げるイネスを男たちがうんざりしたように見下ろしている。
「いい加減にしねえと辛抱強い俺たちも我慢の限界があるぜ?少しは痛い目にあった方が理解できるか?」
そう言って男が拳を振り上げた時、その顔に土団子が命中した。
顔面を土まみれにした男がこちらを睨みつけてきた。
「おい、どっちがやったんだ」
俺はゼファーを、ゼファーは俺を指差す。
「ふざけてんじゃねえぞ。正直に言えば片方は許してやるよ。やった方は公務執行妨害でぶち込んでやる」
実のところ投げたのは二人同時だったんだけどね。
「公務?ベルトラン帝国じゃこれが公務なのか?」
俺は立ち上がってゆっくりと男に詰め寄った。
「さあな。人の畑を踏み荒らすのが徴税官の仕事なんて聞いたこともない」
ゼファーが肩をすくめた。
「だそうだ。あんたら本当に徴税官なのか?ただの嫌がらせを趣味にしてる嫌な人じゃないのか?」
「ふざけんじゃね…」
男が振り上げたこぶしを軽く横に動いてかわす。
男はそのまま畑の中につんのめった。
密かに男の足を足首まで土に埋めていたのだ。
「な、なんでこんなに足が埋まってやがるんだ?クソ、抜けねえぞ!」
「あーあ、慣れないのに畑に入るからこんなことになるんだよ」
「てめえっ!」
もう一人の男が剣を抜いて切りかかってきた。
そいつの足下を滑らせて仰向けに転がす。
「うわっ」
「ぎゃあっ!」
支えにしようとした剣が地面に倒れていた男の足に突き刺さった。
「あちゃ~、可哀そうに」
ゼファーが目を覆って顔をそむけた。
でもその肩が震えているのが丸わかりだ。
「て、てめえら!覚えておけよ!」
なんとか畑から抜け出した徴税官の男たちは捨て台詞を吐いて逃げていった。
「あ、あんたたちは一体…?」
イネスが驚いたようにこっちを見ている。
「なに、ただの行商人だよ」
そう言ってゼファーがウィンクをした。
いや、あんたは何もしてないでしょ。
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