第36話:吸血城の決闘

「来たか」


 城の地下深くでツァーニックの眉がピクリと持ち上がった。


 使役している蝙蝠からレジスタンスが進撃してきたと連絡を受けたのはその日の朝だった。


 今まで隠れていたレジスタンスが一転攻勢に出たということは敗走したテツヤが加わったと見て間違いないだろう。


 しかし奴に何ができる?


 手も足も出ずに逃げ出してからまだ三日と経っていない。



 おそらく数にものを言わせての飽和攻撃だろうが、それだけでこの私を倒せると思ったら大間違いだ。


 むしろここで一気に魔晶を集めて真の咀魔そまへとなってやろう…




「む?」


 しかしツァーニックは何かが変だと感じ取った。


 レジスタンスたちが攻めてこないのだ。


 ツァーニックの勢力下の僅か外から遠距離攻撃を仕掛けるだけだ。


 時折中に入り込むものの、追撃しようとするとすぐに逃げ出して外から攻撃をしてくる。


 針でつつかれるよりも些細な攻撃だ。



「奴らめ、何をしているのだ…?」


 不思議そうに独り言ちるツァーニックだったが、不意に上を見上げて口を歪ませた。



「来たか」



 何か、巨大な魔力を持った者が上から降ってくる。


 それが誰なのか確認するまでもなくわかっていた。



 それは轟音と共に城の天蓋をぶち抜き、各階の天井を、床を破壊しながら地下に突っ込んでくる。



 あの男が逃げた時からこうなることはわかっていた。


 奴は必ず戻ってくると。



「戻ってきたか」


 轟音と共に床に舞い降りた人影にツァーニックは不敵な笑みを浮かべた。



「ああ、てめえをぶちのめしにな」


 テツヤも牙をむきだして笑い返した。





    ◆





「わざわざ殺されに戻ってくるとはな。しかもレジスタンスまで引き連れてくるとは、おかげで手間が省けた……?」


 余裕の態度で近づいてきたツァーニックが俺の顔を見て怪訝な表情になった。



「どうした、俺の顔に何かついてるのか?」


「その顔…貴様まさか…いや、どういう方法を使ったのかは知らぬが、だから無謀にも余に勝てると踏んだのか。愚かなことを」


 ツァーニックは呆れたように肩をすくめて軽くため息をついている。



「はん、そう余裕ぶっていられるのも今のうちだぜ!」


 強がってはみたものの、俺の右目はツァーニックの実力を正確に捉えていた。


 はっきり言ってとんでもない強さだ。


 というか規模がでかすぎる。


 本当に城を囲む半径二キロがツァーニックの身体と言っていい。



 こんなところでちまちま攻撃をしていても鼻毛を抜いた程度のダメージしか与えられないだろう。


 それでも今は攻撃をするしかない!



「全く無駄なことを」


 ツァーニックは俺の攻撃を防ぐこともせずにこちらに向かってきた。


「どうやら確かに力は増しているようだが、これしきのことで余を倒せるとでも思ったのか?」


 城の周囲から供給される無限にも近い魔力を傘に、どんな攻撃にも全く怯む様子がない。



「今回は前のような遊びはせん。一気に片を付けてやろう」


 ツァーニックの身体から漆黒の刃が飛び出した。



「それはどうかな?」



 俺は横にあった瓦礫を一瞬でチリに変えた。



「なにっ?」


 不意を突かれてそちらを向くツァーニック。


 そこにいたのは、ベルベルヒだった。



 ベルベルヒの石化視線をまともに浴びてツァーニックは石になった。


 正確に言うとただの石ではない、ツァーニックは岩塩へと姿を変えていた。


 蛇髪女人ゴルゴーン族は本気を出すとただの石だけでなく様々な種類の石に変化させることができるのだ。



「アマーリア!」


 俺は叫ぶなりツァーニックが前に伸ばしていた右腕を砕いて投げた。


 同時にツァーニックの姿が元に戻る。


 やっぱり蛇髪女人ゴルゴーン族の石化もツァーニックにはわずかな時間しか効果がないのか!


 俺が投げた右腕をアマーリアが受け取り、瞬時に水へと溶かした。




「む?」


 元の姿に戻ったツァーニックは不思議そうな顔で自分の右腕を見ていた。


 その右腕だけが再生されていない。



「やっぱり再生力があるとは言ってもイオン化までしてしまえば戻せないみたいだな」



 吸血族は斬ろうが潰そうが粉々にしようが復活してくる。


 それこそ岩にしたっていずれ元の姿に戻る。


 それでも、そこから更に別の物質にしてしまえば話は違ってくるみたいだ。



 ベルベルヒの力で塩に変え、更にそれを水に溶かしてナトリウムイオンと塩化物イオンに分けてしまうと流石に再生できないらしい。


 一か八かの試しだったけど上手くいった。



「ふん、これが貴様の奥の手か」


 しかしツァーニックは面白くもなさそうに顔を振った。


 瞬間、右腕の切り口から煙が立ち上ったかと思うとそこには新たな右腕が生えていた。


「貴様にはがっかりしたぞ。こんなことで余を倒せると思っているのか?確かに蛇髪女人ゴルゴーン族の石化は厄介だが、それも厄介という程度でしかない。余にとっては虻や蚊にたかられたようなものだ」



 ツァーニックが殺意のこもった眼差しでベルベルヒを睨みつける。


 その姿が再び岩塩へと変わり、水に溶けた。


 今回それをやったのは俺だ。


 アスタルさんのお陰で今では物質を別の物質に変化させることまでできるようになっている。



「ベルベルヒにしかできないと思ったのか?」


 しかしそれも所詮は焼け石に水、しばらく経つとツァーニックが再び姿を現した。



「どうやら少しは力をつけたようだな。だが所詮はその程度か」



「ああ、この程度さ。でもこれくらいのことはできるぜ」


 俺はそう言って手に持っていた魔晶を見せた。



「貴様……」


 ツァーニックの顔が憎悪に歪む。



「完全に溶かしたら復活するまでに多少時間がかかるみたいだな。てめえの魔晶を探すにはそれだけあれば十分だ」


 そう言って魔晶を握りつぶした。



「ハハハ、ハハハハハハハハハハ!!!!」


 ツァーニックが哄笑した。


 蝙蝠の鳴き声のような不快な金切り声だ。



「なかなか考えたではないか!時間を稼ぎ、その間に魔晶を探す、実にいじましい努力だ!良いぞ、下等なものはそうでなくてはいかん!」



 気付けば俺たちは無数のツァーニックに囲まれていた。



「力なきものが必死に考えを巡らせ、なお及ばず倒れていくのは余にとって最高の娯楽よ」


 辺りを埋め尽くすツァーニックの笑い声が地下室に響き渡る。



「その後で貴様らに絶望を教えてやろう。それを噛み締めながら逝くがよい」



 高笑いを続けるツァーニックが塩に変わり溶けた。



「今回そうなるのはツァーニック、てめえだよ」

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