第30話:敗走

 ツァーニックが手から滴り落ちる血を舌で受け止めている。


「やれやれ、もう少し手ごたえがあると思ったのだが所詮はヒト族か。しかし貴様の血はなかなかに美味だ。それだけは誉めてやろう」



 一方の俺はと言うと、地面に這いつくばっていた。



「ク、クソ…」


 なんとか立ち上がろうともがいてみても身体に力が入らない。


 全身傷だらけでそこら中から血が流れている。



 ツァーニックは圧倒的な強さだった。


 いや、強いと言っても手も足も出なかったわけじゃない。


 俺が放った攻撃は何度も届いていた。


 しかし何をやっても死なないのだ。


 刺突、切断、圧搾、破砕、封印、何をやっても駄目だった。


 文字通り粉々にしても瞬時に再生してしまうのだ。



「食らえっ!」


 隙をついて作り出した石槍がツァーニックを貫く。



「まだわからないのか」


 ツァーニックがため息をついた。


 まるで鉛筆でちょっと突かれた、程度にしか効いていないみたいだ。


 これが吸血族の力なのか?


 いや、そのからくり自体ははだいたいわかってきてるんだ。


 奴の身体には魔族が持つという魔晶がない。


 だからどんなに攻撃をしてもきかないのだ。


 だとしたらどこかに隠しているはずだ。


 自分の身体と魔晶を切り離せる、それが奴の真の能力なのだろうか。


 いや、ひょっとしたらそれは吸血族固有の能力なのかもしれない。



 とにかく、奴を倒すには魔晶を探すしかない。


 俺は戦いながら周囲をスキャンして魔晶を探していた。


 魔晶を切り離せるとしても遠くには置かないはずだ。


 案の定、奴の玉座のその奥、強固に封印された宝箱の中に魔晶の反応があった。



「食らいやがれ!」


 俺は最後の力を振り絞って石つぶてを放ちながら玉座の方へと走った。


 ツァーニックをけん制しつつその裏に回り込み、宝箱を一瞬で破壊する。



「なにっ!」


 初めてツァーニックの顔に焦りが浮かんだ。



「形勢逆転だな」


 俺は魔晶を握りしめた手を前に突き出した。



「こいつを破壊されたくないなら大人しくするんだな」



「き、貴様…」


 ツァーニックの顔が怒りに歪む。


 やはりこれは奴の魔晶で間違いないみたいだ。


 俺はふぅ、と一息ついた。


 ようやく決着がつきそうだ。



「お前の身柄はレジスタンスに引き渡す。そこで反省しやがれ」



 それを聞いてツァーニックが逆上した。


「馬鹿め!それしきの脅しにこの余が屈するとでも思ったか!!!」


 その身を巨大な蝙蝠の姿に変え、こちらに突っ込んでくる。



「馬鹿が!」


 俺は手に持っていた魔晶を砕いた。


「はぐっ!」


 それと同時にツァーニックが苦悶の表情を浮かべて倒れ伏す。


 そしてピクリとも動かなくなった。




「やった…のか?」


 俺は恐る恐るツァーニックに近づいた。


 仰向けに転がったツァーニックは苦しみの表情を顔に張り付かせたまま硬直していた。



「全く、馬鹿な奴だよ、あんたは」


「貴様がな」


「なっ!?」


 驚いて飛び退った俺の背中が斬り裂かれた。


「ぐああっ!」


 床に転がった俺の視界にツァーニックが体を変化させて作った漆黒の刃が映った。


 馬鹿な?魔晶を砕いたのになぜ動ける?



「馬鹿なのは貴様だ。余があれしきのことで倒せるとでも思ったのか?」


 ツァーニックが刃についた血を飲みながら侮蔑の視線を投げかけてきた。


 何故だ?確かにあの魔晶からはツァーニックの気配がしていたのに。


 …まさか?



 俺の顔に浮かんだ表情を見てツァーニックが残忍な笑みを浮かべた。


「ようやく気付くとは、たいして察しも良くないようだな。確かに貴様が先ほど砕いた魔晶は余のものだったが、余の魔晶が一つだけだと思っていたのか?」


 やっぱりそうだったのか、こいつは鉱殻竜と同じように魔晶を複数持つ複核種なんだ。


「さあどうする?余の魔晶はまだまだあるぞ。今から探してみるか?」


 ツァーニックは余裕の笑みを浮かべている。


 どうする?どうやって魔晶を探す?


 さっきスキャンした時は他の魔晶は見つからなかった。


 つまり別の場所に隠しているということなのか?


 それとも俺には探せない方法で隠しているのか?



「戦いの最中に考え事とは、ずいぶん余裕だな」


「くぅっ!」


 襲い掛かってくるツァーニックの刃を辛うじてかわす。


 正直体力も限界に来ている。



「我らの餌に過ぎない下等なヒト風情が余に歯向かおうなど、その思い上がりを身をもって教えてやる」


 ツァーニックの攻撃は止まない。


 こっちは身を守るので精いっぱいだ。


 しかしそれも限界だった。


 遂に体が全く言うことを聞かなくなった。


 地面に倒れる俺の元にツァーニックがゆっくりと近寄ってくる。



「安心するがいい、貴様は殺さないでやろう。そして貴様の仲間が余の贄となるのを見届けるのだ」


「ク、クソ…」


「まずは身動きできぬ程度にその血を頂くとしよう」


 ツァーニックが刃を振りかざした瞬間、俺は最後の力を振り絞って地面を砕いた。


 地下に空洞があることはスキャンで調べていた。


 その下に地下水脈が流れていることも。



「誰がてめえなんかに血を飲ませるかよ、バァーカ!」


 俺は捨て台詞と共に中指を立てながら地下へと落下していった。




 いつ果てるとも知れない落下の後に、凄まじい衝撃が全身を襲った。


 着水した衝撃で一瞬気が遠くなる。


 だがこんな所で気絶してる場合じゃない。


 俺は力を振り絞って水面に顔を出した。


 どこかに上陸してレジスタンスに合流しないと。


 しかし水流は思いのほか強く、冷たい地下水で体力がみるみる削られていく。


 やばい…このままだと体が動かなくなる…


 気が遠くなりそうになりながら、なんとか水のかからない窪みへと体を引き起こした。



 まずは体を休めて、それから上を目指そう。


 でもそれまで体力が持つだろうか。


 冷え切った体は全く温まらず、震えが止まらない。


 そもそも助かったとしてあいつに勝つことはできるのか?あの化け物に……


 光も届かない闇の中、俺は心の中まで絶望に染められようとしていた。




(大丈夫ですよ)


 その時、頭の中に声が響いてきた。


 低体温症で遂に幻聴まで聞こえてきたのだろうか?



(もうあなたは安全です、今はゆっくりと休んでください)


 頭に響く声は優しく、子守歌のように体の中に染み渡っていく。


 いつの間にか俺は気を失っていた。

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