吸血族

第29話:吸血王ツァーニック

 ヘンダーソンについていく前に俺は再度周囲をスキャンした。


 確かに森を囲んでいた吸血族はみな消えている。


「これで満足しましたか?我々としてもあなた方とは友好関係を築きたいのですよ」


「よく言うぜ。これだけの人数で押しかけておいてよ」



 俺たちの周りにはいつの間にか数百の吸血族が集まっていた。


 森を囲んでいた連中だろう。



「すいません、根が臆病なもので」


 全く悪びれずに言うとヘンダーソンの姿が無数の蝙蝠へと変わっていった。



「それでは我々についてきてください、王の元へご案内します」


 周りにいた吸血族も次々に蝙蝠へと姿を変える。



「チッ、しょうがねえ!」


 俺は舌打ちをして宙に舞い上がり、ヘンダーソンたちの後を追った。





     ◆




 ツァーニックの城は荒涼とした山奥にあった。


 蝙蝠たちは痩せこけた木がぽつぽつと生えている山の裾野にへばりつくように建てられた古城の地下深くへと入っていく。



 俺もその後に続いて城の中に入っていったが、中はがらんとしていて生きている者の気配は全くしなかった。


 ワンドが支配していた頃のボーハルトを思い出す。


 それが良い兆候じゃないのは言うまでもない。




「こちらです」


 ヘンダーソンに案内されてやってきたのは地下に作られた広間だった。


 居並ぶ吸血族の列のその奥に玉座が鎮座していて、そこに一人の影があった。


 あれが吸血族の王、ツァーニックか。



 俺たちはツァーニックの前に進んだ。


「ツァーニック様、仰せのままにドライアドの仲間を連れてまいりました」


 ヘンダーソンが膝をついて挨拶をする。


「よくやった」


 玉座から声が響いた。


 見上げるとそこには一人の男が座っていた。


 長めの銀髪を無造作に後ろに撫でつけ、吸血族特有の淡灰色の肌の色をしている。


 真っ白いシャツに漆黒のビロードマントをまとい、闇のように黒い強膜の真ん中に光る深紅の瞳が俺を値踏みするように見ていた。



「ごくろうだった」


 ツァーニックがそう言って指を鳴らした途端、俺の隣にいたヘンダーソンの姿が崩れ落ちた。


「なっ!?」


 振り返る前にヘンダーソンは砂となって床に小さな山を作っていた。


 なんだ?何が起きたんだ?


 ツァーニックがやったのか?どうやって?



「ドライアドの使いの者よ」


 ヘンダーソンのことなど最初からいなかったかのようにツァーニックが俺に話しかけてきた。


「名を何という」


 こいつ、俺の名前すら知らねえで連れてきたのかよ!



「テツヤだ」


 俺はぶっきらぼうに答えた。


 しかし、頭の中では今の状況をフル回転で整理していた。


 どうやらこのツァーニックという男は確かに只者ではないらしい。


 全身から発する気配が周りにいる吸血族とは段違いだ。


 その圧はヘルマやランメルスは元より、ワンドをも上回っている


 間違いなく今まで対峙したどの相手よりも強いと直感が告げていた。


 話し合いが通じる相手ではないということも。



「テツヤか、聞けば貴様らはドライアドの国を作りたいそうだな。そのためには余の許可を得る必要がある」


「どうやらそうみたいだな」


 不敬と取られてもおかしくない態度なのだが周りにいる吸血族は死んだように静まり返っている。


 いや、実際に死んでいるのかもしれない。



「その願い、余の条件を飲むのであれば許可してやろう」


 ツァーニックも俺の態度を全く意に介さずに話を続けている。



「その条件とは?」



「現在、我が国のはらわたに毒虫が巣くっている。その毒虫を排除するのだ。さすれば貴様らの建国を許可しよう」


「つまり、あんたに抵抗しているレジスタンスを倒せってことか」


 俺の言葉にツァーニックが口角を上げた。


 笑っているのだろうけどまるで死人がひきつけを起こしたみたいだ。



「そこまで知っているとは、見た目の割に目端が利くようだな」


 見た目は余計なお世話だっつの。



「だがそれならば話は早い、すぐにでも行くがよい。達成した後に貴様らの願いを叶えよう」


「断る」


「なに?」


 俺の言葉にツァーニックは聞き間違いでもしたのかと言うように片眉を吊り上げた。



「余の言ったことが理解できなかったようだな。仕方があるまい、もう一度言って…」


「言ってることはわかってる。それを断るって言ってるんだ」




 ツァーニックの眼がすぅっと細くなった。

 

 全身から殺気が滲み出ているのがわかる。


 部屋の温度が更に数度下がったような感覚すらする。



「自分の言っている意味がわかっているのか?」



「ああ、よくわかってるさ。あんたとは相容れないってこともな」


 頬を伝う冷や汗を無視しながら俺は話を続けた。



「いきなり大勢でやってきて無理やり連れてくるような奴の話を信用できると思ってるのか?レジスタンスを倒した後で俺たちも始末するつもりなんだろう?」



 ふっとツァーニックが笑った。


 目の前で虚勢を張るネズミを見つめる猫のような表情だ。



「それをわかっていてここまで来たのか。しかしそれも儚い抵抗でしかないとは思わぬのか?貴様の仲間を捕らえて言うことを聞かせても良いのだぞ?」


「でもそれはできない、だろ?」


 俺の言葉にツァーニックの眉がピクリと動いた。


「大勢で来た割には素直に俺の要望を聞いたってことはあの人数がただのはったりで、戦力は全然なかったってことだ。とはいえ子供たちを人質に取られたんじゃ不味いから言うことを聞いたんだけどな」


 俺は話を続けた。



「ついでに言うと村のみんなは今頃レジスタンスの所に言ってるだろうな。つまりあんたには行方を追えない。レジスタンスはあんたの捜索網には引っかからない方法を知ってるんだろ?こうして俺に依頼してる位なんだからな」




「フ、フハハハハハハハハハハ!!!!!」


 ツァーニックが突然笑い出し、玉座から立ち上がった。


 視界が歪みそうなくらいの魔力がその全身からほとばしっている。



「面白い!そこまでわかっていて何故ここまで来た、たかがヒト族が一人きりで!」



「決まってんだろ」


 俺は地面を操作して周りにいる吸血族全員を壁に叩き付けた。


「てめえをぶっ倒すためだよ!ツァーニック!!」

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