第10話:ヘルマの要望

「テツヤ、お前にはベルトランに来てもらう」


 翌朝、屋敷にやってきたヘルマは開口一番にそう言ってきた。



「またかよ。って言うかそうポンポン行ってもいいのかよ」


「その辺の処理は私がやっておく」


 ヘルマは何でもないという風に答えた。



「理由を聞かせてもらおうか」


「なに、ちょっとした魔族討伐だ。我が領土に魔界からやってくるゴブリンに悩まされている土地があってな。その手伝いをしてもらいたい」


「その位そっちの軍隊なり冒険者なりでなんとかできるんじゃないのか?」


「その辺はちょっと事情があってな。それは行けば分かることだ。どうだ、やるのか?やらないのか?」


「そりゃ、借りがある以上やらないわけにはいかないけど…リンネ姫はどう思う?」



 俺はテーブルに置かれている水晶球に話しかけた。


 水晶球の上には立体映像となったリンネ姫が映っている。


 昨晩リンネ姫に報告すると自分も話し合いに参加させろと言ってきたのだ。



「…本来であれば時間をかけて検討せねばならぬ案件であるが今回は事情が事情だ。了承するしかあるまい。こちらでの処理は私がなんとかしておこう」


 顎をつまみながらリンネ姫が頷いた。



「流石はフィルド王国きっての才媛と誉れ高いリンネ姫殿下。堂に入った決断ぶりですな。テツヤ殿がシエイ鉱山に現れたのもあなたの指示ですか?」


「その答えは憚らせていただこうかな、ヘルマ殿」


 リンネ姫の答えにヘルマは肩をすくめた。



「仰せのままに。今はその話をする場でもないですからね」


 ヘルマはそう言うと改めて体を前に乗り出した。



「では急で悪いのだが早速明日にでも出発とさせていただく。本格的に冬が始まるまでに終わらせたいのでな」


「それならば私たちも同行しよう」


 横で聞いていたアマーリアが身を乗り出した。



「ゴブリン討伐ならば数が多い方が良いはず。そうであろう、ヘルマ殿」


 アマーリアの言葉にソラノ、フラム、キリもうんうんと頷いた。


 みんな来る気なのか。



「それはまあ、その通りだが」


「では異論はないな。リンネ姫様、私たちの分もよろしくお願いします」


「まったく、そなたはトロブに行ってから人使いが上手くなったようだな」


 リンネ姫が苦笑した。



「良かろう、そなたたちの動向を認める。テツヤ共々無事に帰ってくるのだぞ」


「「「「了解しました!」」」」



 こうしてヘルマからの要請の打ち合わせは終了した。


「明日出発だったら今日はどうするんだ?」


 席を立ちあがったヘルマに聞いてみた。



「せっかくトロブまで来たのだ。今日はめいいっぱい温泉を堪能させてもらうさ」


「でしたらこの屋敷も温泉がありますぞ。ヘルマ殿もどうですか」


 温泉という言葉にアマーリアが食いついてきた。



「同じ軍人同士、是非とも親睦を深めようではありませんか!」


「それも悪くないか…」


「でしたらこちらへどうぞ!タオルや浴衣も揃っているからそのままで結構ですぞ」


 アマーリアの半ば強引な案内で風呂場へと向かいかけたヘルマがこっちを振り向いた。



「テツヤも一緒に入るか?」


「それは良い考え…!」


「いやいいって!」


 アマーリアの言葉が終わるより先に俺は部屋を飛び出した。




    ◆




「はあ…いい湯であった…まさにこの世の極楽とはこのことだ」


 浴衣を着たヘルマが至福の表情でソファでくつろいでいる。


 こうしていると軍服を着ている時の冷徹な姿は想像もできない。


「私とてオンとオフの切り替えくらいはしている」



 あれから屋敷を出て旅に出る前に色んな雑務をこなしていたのだけど、どうやらヘルマは本当にずっと温泉に入っていたらしい。



 一緒に入っていたであろうソラノとフラムはのぼせてダウンしていた。



「ヘルマ殿はなかなかどうして温泉への造詣が深いですな」


 温泉仲間が見つかったとあってアマーリアは上機嫌だ。



「我がベルトランにはあらゆるものが揃っているが温泉だけは数が少なくてな。温泉巡りは私の密かな趣味なのだがなかなか行ける機会がないのだ」


「でしたら今度フィルドに来た時は是非とも温泉巡りをしましょう!フィルドにはまだまだ名湯がたくさんありますぞ!」




「食事ができたよ~」


 その時キリが台車に乗せた食事を持ってきた。


 そう言えばそろそろ昼時だっけ。


「みんなお風呂に入ってたから今日は冷たいものにしてみたんだ」



 台車の上に乗っていたのは蕎麦だった。


 今日はざるそばだ。



「ほう、変わった麺だな。我が国にも麺はあるが蕎麦粉で作った麺は初めて見るぞ」


 ヘルマが興味津々といった様子で見てきた。



「こいつはその名の通り蕎麦っていうんだ。こいつの食べ方は少し変わっていてね」


 そう言って俺は椀にいれたそばつゆに蕎麦を浸けてからするすると啜った。


 うん、美味い。


 こっちで作ったそばつゆは日本のそばつゆとは全然違うけどこれはこれで美味い。


 ネギがなかったから代わりにリーキを使ってみたけど案外悪くないな。


 海苔とワサビがないのは寂しいけど。


 今度はマンドラゴラをすりおろしてみようかな。



「どれどれ」


 そう言ってヘルマはフォークで蕎麦を丸めると俺の真似をしてそばつゆにつけてから口に持っていった。


 ちなみに箸を使っているのは俺だけで他のみんなはフォークを使っている。



「ほう!」


 ヘルマが驚いたような声をあげた。



「これは面白い味だな!しかも冷たいとは!」



「これは火照った体にちょうどいいな!」


「前に食べた蕎麦とはまた少し違ってこれも美味しいですね!」


「冷たくて美味しい」


 他のみんなにも好評みたいでワイワイと騒ぎながら蕎麦を堪能している。



 トロブは水が良いから蕎麦を作るのにはぴったりだ。



「これは良い土産話ができたな」


 ひとしきり食べてからヘルマが立ち上がった。


「それではテツヤ、明日また迎えにこよう。よろしく頼んだぞ」


 その声はいつもの軍人としてのヘルマの声だった。



「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 ではまた、と言ってヘルマは去っていった。

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