第9話:二つの借り

「これくらいの傷なら大丈夫だ。私の治癒魔法で問題なく治せる」


 アマーリアがそう言ってキリに治癒魔法をかけた。


 酸で焼かれた傷がみるみるうちに治っていく。



「見事だったぞ、キリ。これでもう立派な戦士だ」


「キリはこれで私と一緒。復讐仲間」


 ソラノとフラムもキリを祝福している。



「見事な復讐だった」


 背後で声がした。


 振り返るとヘルマがこちらに近づいてくる所だった。



「そして貴様もな、テツヤ」


「約束通り俺は何も手を出してないぜ。日除けを作ったところにたまたま突風が吹いただけだからな」


「分かっている、此度の決闘は何も問題ない。しかしよく風が吹くと分かったな」


「うちには優秀な風使いがいるんでね」


 俺はそう言ってソラノの肩を抱いた。



「ふ、なかなか大した奴だよ、貴様は。こうなることが分かって事前に決めていたのであろう?」


 ばれていたか。


 ここは突風が吹きやすいというソラノの言葉をヒントに闘いが始まる前にキリとあらかじめ打ち合わせをしていたのだ。



「そっちこそ本当は全部わかっていたんじゃないのか?会談だってこの辺の奴隷狩りを止めさせるための見せしめをしたくて開いたんだろ?」


「何のことだ?私は軍人としての本分を全うしただけに過ぎん」


 当然だけどヘルマはとぼけている。



「それにしては軍人としての行動を逸脱してるようにも見えたけどな」


「私は状況に応じて裁判権及び刑罰執行権を行使することが許されている。今回の件は私の有する権利内のことだ」



 マジかよ。そこまでの強権を使えるのかよ。


 ひょっとしていきなりヘルマが心変わりして俺の処刑を宣言しても問題ないってことなのか。



「それよりもだ、これで貴様には貸しを二つ作ったことになるな」


「分かってるよ」


 俺は肩をすくめた。


 ワールフィアでのキリの殺害を見逃してもらったことと今回の仇討ち、この二つはある意味ヘルマが無理やりマテクの連中を納得させたようなものだ。



「で、俺はあんたのために何をしたらいいんだ」


「そう急くな。今日はもう夜が更ける。今晩はこのマテクに泊まっていくがよい」


「いや、それは遠慮するよ。ここは俺たちにとって敵地みたいなもんだからな。一旦トロブに戻るから話があるなら改めて来てくれ」


 俺はそう言ってヘルマに背を向けた。


 正直言うとさっさと帰りたかったのだ。



「そうか、それでは私も一緒にトロブへ戻るとしよう」


「いや、あんたも来るのかよ!」


「当然だ。私は再び休暇に戻ったのだからな。それにまだ宿屋に荷物を置いたままだ」


「~~~~っ…わかったよ。じゃあ着いてきてくれ。まずはワールフィアまでフェリエたちを送っていくからさ」



 俺は市場で荷台を買い、それにみんなを乗せてワールフィアへと向かった。


 余談だけど市場では俺たちの評判がやたらと良くてお土産にパンやら果物やらをどっさりともらった。


 どうやらあのマフィドという男はこの辺でかなり嫌われていたらしい。


 納得できるけど。




「こんなこともできるのか。土属性というのはなかなか凄いものではないか」


 空を飛ぶ荷台に乗りながらヘルマが驚きの声をあげている。



 普段は冷静だけどこういう時は割と感情が出るんだな。



「今日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました」


 ワールフィアに着くとフェリエとバーチが何度も頭を下げたきた。


「いや、いいんだ。と言うか俺は何もしてないというか、ほとんどヘルマのお陰みたいなもんだから」



「そんなことはありません!あなたが動いてくれたからこそです!あなたは命の恩人です!」


「このお礼は是非させてください」


「またワールフィアに来てください!歓迎しますから!」


 様子を見に集まってきていた魔族の難民たちも口々に感謝の言葉を言ってきた。


 うう、自分が何かしたわけじゃないからなんか申し訳なくなってくるぞ。



 こうして俺たちは魔族の歓声に見送られながらトロブへと戻っていった。





 トロブへ戻った俺たちはまずヘルマを降ろすためにヨーデン亭へ向かった。


「今日はご苦労だったな。例の話は明日改めてさせてもらうことにしよう」


「ああ、今日は助かったよ。この借りは必ず返させてもらう」


「それではよい夜をな、テツヤ」


「そちらこそ、お休み」


 ヘルマと別れを告げ、屋敷に戻った時にはすっかり日が暮れていた。





    ◆





「どうした?眠れないのか?」


 その晩、なんとなく執務室でぼんやりしているとキリが入ってきた。


 いつもの元気さがなくて少しおどおどしているみたいだ。


「えと…その…今日は、ごめんなさい…」


 不思議に思っているとキリが謝ってきた。



「???何か謝るようなことをしたっけ?」


「だって、キリのせいでご主人様に迷惑かけちゃって…」


「なんだ、そのことか」


 俺はしゃがみこんでキリの頭に手を乗せた。



「それは謝ることじゃないだろ?キリは自分が一番したいことをやっただけだ。だから堂々としていたらいい」


「で、でも!」


「前に言っただろ?キリのことは俺が守ると。だから今回のことは全然迷惑じゃない。キリが言いださなかったら俺が仇討ちをさせろと言おうと思ってたんだ」


「ご主人様あ…」


「何度でも言うよ。キリは立派だった。どこに出しても恥ずかしくないほどにね。誰にも文句は言わせない」


 キリが俺の胸に飛び込んできた。


 俺の服を掴み、顔を胸にうずめて泣いていた。


 俺はその震える肩を抱きしめた。


「もうキリの復讐は終わったんだ。これからは普通の女の子として生きていっていいんだ」


「じゃ、じゃあキリはご主人様と一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいたい!ずっとずっとずっと!」


「もちろんだ。俺もそうしてくれると嬉しいよ」


 俺は月明かりの下でいつまでもキリを抱きしめていた。

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