第12話:潜む影
「ク、クソ!言っとくが俺は何も喋らねえからな!」
警備兵は痛みで顔を歪めながら悔しそうに吠えた。
「それはそれでも良いけどさ、そうするとその傷はそのままだぞ?俺だったら治すことができるんだけどなあ」
俺はそう言って男の足から一本だけ矢を抜いた。
「ぐあああっ!!て、てめえ!何をしやがる!」
絶叫を上げる男を無視してその傷を治す。
塞がっていく傷を見て男の顔に驚愕の表情が浮かんだ。
「矢傷って結構広いからなあ。このまま放っておいたらこれから先は確実に片足生活だろうな。お宅の雇用主が後々の生活の面倒を見てくれると良いんだけどな」
「て、てめえ……」
「どうする?話をする気になった?」
男の顔ががくりとうなだれた。
「背に腹は代えられねえ。今の給料と足じゃ釣り合わねえな」
「交渉成立だな」
俺はそう言うと残った矢を掴んだ。
「ま、待て、もう少し優しく…」
夜の森に男の絶叫が響いた。
◆
「つまりお前らは伐採した香木を引き取りに来た連中に渡してるだけなのか?」
「あ、ああその通りだ。俺たちはそいつらのことは何も知らねえよ。香木を渡して金を貰う、それだけだ」
男の言葉に嘘があるとは思えなかった。
こういう犯罪組織はとにかく足がつくのを恐れるから組織の中にすぐに切れるポイントを作っておくものだ。
これ以上そのことについて聞いても意味はないだろうから少し話を切り替えてみるか。
「…それにしてもあんたら結構良い装備を持ってるよな。これはどうしたんだ?」
「それもそいつらからもらったんだよ。気前のいい連中でさ、伐採の道具以外に必要な装備一式を人数分用意してくれたぜ」
なるほど、言ってみればこいつらは外注として体よく利用されただけか。
「な、なあ、俺たちはどうなるんだよ?まさか聞くだけ聞いたら用済みってことはねえよな?」
男が不安そうに聞いてきた。
「そうして欲しいのか?」
「めめめ、滅相もねえ!もう金輪際この辺には近寄らねえよ!だから命ばかりは助けてくれ」
凄むルビキュラに男は冷や汗を流しながら懇願している。
「冗談だ。日が昇ればここの領主が治安部隊を派遣してくるだろうから罪を償って二度とここに戻ってくんじゃないよ。もし見かけたらそん時は容赦しないからね」
「わわわ、わかった!わかったよ!約束する!二度とここへは来ねえ!」
「どう思う?」
アマーリアとソラノが小声で聞いてきた。
「多分これ以上聞いても無駄だろうな。あとで他の連中にも聞いてみるけどおそらく答えは一緒だと思う」
実際拘束した他の連中にも同じ質問をしてみたけど答えはほぼ一緒だった。
買い付けに来る人間は毎回違っていて名前も裏にどんな人間がいるかも知らないらしい。
「無駄足だったか」
ソラノがため息をついた。
「いや、そうとも限らないぞ」
俺はそう言って男たちが持っていた剣を渡した。
「その剣に見覚えはないか?」
「見覚えって…いや待て、これは確かランメルスの手勢が持っていた…」
不思議そうな顔をしていたアマーリアの顔がやがて驚きの表情へ変わった。
「そう、あの時の剣と全く同じものなんだ」
ゴルドがランメルスに襲われた時、その部下たちは王都の兵士の装備とよく似た武器防具を身に着けていた。
そしてその時にそれを手配していたのは…
「ヨコシン・ベンズか!」
「まだ確信は持てないけどその可能性はあるだろうな」
ヨコシン・ベンズ、かつてのベンズ商会の長はランメルスの謀反の後で逃げ出してカドモイン領に行ったと思われていたけど結局未だに発見できないでいる。
意外なところで意外な男との接点が出てきたのかもしれない。
「これはリンネ姫に報告する必要がありそうだな」
アマーリアの言葉に俺は頷いた。
翌日、昼過ぎにその地域の領主が送ってきた治安部隊がやってきて山賊たちを連行していった。
まだその手の治安組織は作っていないから捕らえた場所が俺の治める予定の土地でなくて良かった。
厳密に言うとルビキュラたちがその土地に入ることも違法なんだけど今回は特例ということで見逃してもらった。
これは王立調査隊長のアマーリアと王立騎士隊のソラノがいたことも大きかったと思う。
しかしこういう犯罪が起こりうることを考えると組織づくりのことを真面目に考えないと駄目かもしれないな。
領土も大きくなってきたし、俺一人で管理するのはどうしたって限界がある…
「ともあれこれで一件落着だね」
そんな風に考え込んでいるとルビキュラがやってきた。
「それもこれもテツヤ、あんたのお陰だよ。」
「いや、結局のところはこういうことに目を光らせていたルビキュラたちがいてこそだよ。俺はその手伝いをしたに過ぎない」
「謙遜は良いって」
ルビキュラが肩を組んできた。
すらりとして柔らかいまるで豹を思わせるような肢体をすり寄せてくる。
「テツヤたちにはたっぷりとお礼をしないとね。村に帰ったら宴を開くよ」
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