第34話:二人きりになるのは初めてだな

「まずは状況を整理してみないか?」


「整理って、どうするのだ?」


 俺の提案にソラノが不思議そうな顔をした。


「そうだな…まずはこの町の全体図が知りたいな」


「だったら王城の蔵書庫へ行こう。あそこならあらゆる書物があるからこの町の地図だってあるはずだ」


「でもソラノは今日は休暇なんじゃ?」


「…あぁっ!…な、ならば王立博物院だ!あそこにも地図があったはず」





 王立博物院は一等住宅区内にあり、王立騎士隊であるソラノは顔パスで中に入ることができた。


 司書が持ってきたのは羊皮紙を何枚も繋ぎ合わせてできた巨大な地図だった。


 ゴルド内の細い路地まで細かく載っている。


「これは三十年ほど前の地図だが、おおむね今と変わらないはずだ」


「しかしこれはでかすぎるな。紙はないかな?」


「紙?そんな高級品あるわけないだろ」


 ソラノが何を言ってるんだという顔をした。


 そうだった、日本だと当たり前のように手に入る紙もこっちだと南国でしか作られていないため超高級品なんだった。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言って俺は博物院の中庭に行き、そこに落ちている枯れ枝を何本か拾ってきた。


 紙をイメージしながらテーブルの上の枝を手でさすっていくとさすった部分から枝が紙へと変わっていった。


 日本だったらコピー用紙以下のクオリティだけどこっちだったらこれ一枚でちょっとしたディナー一食分の価値になる。


「こんなことまで出来るのか!」


 ソラノが仰天するのも無理はない。


 俺は司書からペンを借りて紙にざっくりした街の地図を書いた。


 中央が王城でそこを囲むように一等住宅区と一等商業区があり、更にその周囲に城下町が広がっている。


「なかなか上手いものだな」


 ソラノが感心している。


 ふふん、こう見えてスケッチは得意なんだ。


 俺たちが見つけた地下室は王城から南西に位置する城下町の真ん中位にあり、組織の建物が王城の南、城外町の近くだ。


 そして地下室と建物、王城を線で結んだ三角形の中には一等住宅区が重なっている。


「実際の地下道はまっすぐじゃないからこのエリアの中に地下道があるわけじゃないけど、この付近を通っていると見て間違いないだろうな。この近くにはどういう人が住んでいるんだ?」


 ふむ、とソラノが唸った。


「この辺は地方の領主や貴族が来城の際に住む別邸があるな。しかしみな由来のしっかりした人たちばかりだぞ」


「……ひょっとしてランメルス・ベルグの別邸もあったりしないか?」


「それは確かにあるが……彼に何かあるのか?」


「いや、何か確証があるわけじゃないんだが……」


「ランメルス殿は領民からの信頼も厚い立派な領主だぞ。それにここしばらくはゴルドにきたという話も聞かないが」


「そうか、それならいいんだけど……」


 しかし俺にはなにか釈然としないものが残った。


 あのランメルスという男は何かがあるような気がする。


 それが何かは自分でもわかっていないのだけど、地下室と組織のアジトから延びる地下道の付近にランメルスの別邸があるのは単なる偶然なのだろうか……



「ここでくよくよしていても仕方がない。少し息抜きにでも行かないか?」


 ソラノの提案に乗り、俺たちは【子猫とクリーム亭】へと行くことにした。


 が、【子猫とクリーム亭】を見て二人で仰天した。


 店の外まで数十メートルも行列ができているのだ。


「こ、これは……」


 ソラノと俺は顔を見合わせた。


「ここ、最近出たパフェってのが凄い美味しいんだって!」


「なんでも王家の人まで食べにきたらしいわよ!」


「休日なんか朝から並んでも食べられないことがあるらしいよ」


 列に並んでいる客がそんな噂話をしている。


 なんか、えらいものを教えてしまったんじゃないだろうか。


「仕方がない、ブームが終わるまでしばらくパフェは食べられそうにないな」


「そ、そんなぁ~」


 気落ちするソラノの腕を引いて俺たちは【ゴルドの台所】へと向かった。



「ホットケーキ、ホイップクリームをダブルで頼む。あとシロップはメープルシロップで」


 そんなソラノの機嫌もホットケーキを目の前にする頃にはすっかり直っていた。


 わかりやすくて助かるよ。


 俺の方はというと焼きたてのバゲットにバターをたっぷり塗って鉄板で軽く焼き目を入れた後でベーコン、玉ねぎ、レタス、チーズをどっさり挟み、更に鉄板で押し付けるように焼いたホットサンドだ。


 俺たち二人はしばらく他愛のないことを話しながら食事に集中していた。


「そういえば、ソラノと二人で出かけるのってこれが初めてだな」


 何の気なしに言った俺の台詞にソラノが飲みかけていたレモネードを噴き出した。


「な、と、突然何を言い出すんだ!」


 レモネードが気道にでも入ったのか真っ赤な顔をしている。


「いや、言葉通りの意味だけど」


「そ、そうか、それならいいんだ、うん」


「でも助かったよ。俺はまだこの町に来て日が浅いからさ。さっきのお店とか博物院なんか自分だけだったら絶対に行かなかったと思う。ソラノがいてくれて良かったよ」


「そ、そう言ってもらえるとこっちも案内した甲斐があるな…」


「……」


「よ、良かったら、他にも色々案内してやるぞ。この町に不案内だとテツヤも困るだろうからな」


「本当か?そうしてもらえると助かるよ!」


「う、うむ……でも時間がある時だからな!時間が余って余ってどうしようもない時だぞ!」


「ああ、それでいいよ。それで十分だ」


「そ、そうか。じゃあいずれ案内してやろう。おすすめのお店はまだまだあるからな」


「またケーキとお菓子のお店なんだろ?」


「それで何が悪い?むしろありがたがるのが道理だぞ」


 そんな会話をしながら食事をし、俺たちは店を出たのだった。

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