第5話:ザーク討伐、あるいは火属性への対処の仕方

「ほ~う。ちっとはやるようじゃあねえか」


 髪の毛一本ダメージのない俺を見てザークが片眉を持ち上げた。


「その様子だとてめえは土属性使いらしいな。貧乏百姓の味方らしいみじめな属性だぜ」


 その言葉と共にザークは斧を前に掲げた。


「その点この俺様の属性は炎よ。てめえのような雑魚属性持ちなんざあご自慢の土くれごと焼き尽くしてやらあ」


 ザークの持つ斧が赤熱していく。


「出ました!ザーク様の得意技、地獄斧ヘルアックス!」


「あれを食らって無事だった奴はいねえ!あの馬鹿、ザークさんを本気にさせやがった!」


 山賊たちの喝采が激しくなる。



「ウェルダンのステーキにしてやるよ!」


 斧を振りかぶり、ザークが襲い掛かってきた。


 しかしその斧は俺が生み出した岩の壁に阻まれる。


「しゃらくせえ!」


 ザークが吠えたがもう遅い。


 俺が地面から生み出した岩の壁が瞬く間にザークを取り囲み、岩のドームで覆いつくした。


「クソ、この野郎!卑怯だぞ!出しやがれ!」


 暴力で農民を脅す山賊に卑怯と罵られる謂れはないけど、中でいくら暴れても無駄なことだ。


 ザークを閉じ込めるのに使ったのはモース硬度が六の花崗岩。


 ザークが武器にしている斧の素材である鉄と同程度の硬度で、しかも向こうはわざわざ熱を加えているから脆性が増している。


 あの斧ではこの花崗岩のドームを破るのは不可能だ。


 そしてザークの戦法には致命的な弱点がある。


 しばらくしてザークの声が聞こえなくなった。


 俺がドームを解除すると、思った通りザークが昏倒していた。


 密閉されたドームの中で赤熱した斧を振るっていたのだから酸欠を起こすのは当然だ。


「て、てめえ!よくもザークさんを!」


「ぶっ殺してやる!」


 残された山賊が武器を構えるが、それも既に遅かった。


「うおっ!なんだ?剣が勝手に……」


「うわっ!こいつ、巻きついてきやがる!」


 山賊の持っている武器も金属でできている以上、土属性である俺の意のままだ。


 今や山賊たちの持つ武器は針金へと姿を変え、連中を縛り上げていた。


「クソッ、こいつ!ほどけねえ!」


「てめえ、さっさとこいつをほどきやがれ!ぶっ殺すぞ!」


 山賊たちは罵りながらなんとか針金を振りほどこうとするが無駄なあがきだ。


 太さ二ミリの軟鉄の番線ですら引張強度は百キロ以上ある。


 並の人間がちぎれるものじゃない。


 俺は傍らに伸びているザークも針金で拘束した。



「こんな感じでいいかな?」


 そう言って俺は村人たちに振り返った。


 村人たちは何が起こっているのかまるで理解できないというように俺を見ている。


 それもそうか。


 いきなり見知らぬ男が現れたと思ったら山賊を縛りあげたのだから呆然とするのも当然だよな。



「凄い!凄い!凄いよ!テツヤさん!」


 その時人混みの中からステラが飛び出して抱きついてきた。


「本当に山賊たちを退治しちゃった!ありがとう!」


「この位お安い御用だって」


 俺は抱きついてきたステラを頭の上に掲げて笑みを返した。


「ス、ステラ、お前がこの人を呼んできたのかね?」


 鼻血をぬぐいながら村長がよろよろとステラに尋ねた。


「うん!ラングの町のギルド街でテツヤさんと会ってお願いしたの!」


「お、おお……」


 村長が俺の手を掴んだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 膝をつき、涙ながらに礼を言ってくる。


「あなたは村の救い主です!ありがとうございます!どうぞなんでも仰ってください!できる限りのお礼を致します!」


「そうは言ってもなあ。報酬についてはもうステラと契約してるから」


 俺はそう言うとステラの前にしゃがみこんだ。


「そんなわけで、報酬を貰おうかな」


「うん!」


 ステラは嬉しそうに頷くとポーチの中から小銭を取り出し、手のひらに広げた。


 俺はその中から銅貨を二枚だけ摘まんだ。


「?」


 ステラが不思議そうな顔で見つめてくる。


「残りは俺が食事代としてステラに払う分だよ。なんせ今日はまだ一回も食べてないから腹がペコペコなんだ。何か作ってくれないか?」


 その言葉にステラの顔がぱあっと明るくなる。


「うん!お母さんと一緒に作ってご馳走するよ!こっちに来て!」



 ステラが俺の手を引いたその時、背後から殺気が突き刺さってきた。




    ◆




 即座に振り返るとどうやってか拘束を解いたザークが両手から火炎球を撃ちださんとしている姿が目に飛び込んできた。


「この俺様がむざむざ捕まると思ったか!?てめえら全員まとめてぶっ殺してやるよ!」


 先ほど放った火炎球とは段違いの魔力が込められているが、この距離なら壁を生み出して村人を守るのに十分な時間がある。


 そう思った瞬間、ザークの首が飛んだ。



「なにっ!?」


 何が起きたのか分からない、という表情をしたザークの首が宙を舞って地面に落ち、同時に胴体が地面に倒れ込んだ。


 村の女性と子供の悲鳴が辺りに響き渡る。


 俺はとっさにステラを背中に回し、その光景から隠した。


「危ないところだったね」


 ザークが立っていた場所の背後から声が聞こえた。


 そこには染み一つない軍装に身を包み、抜き身の剣を手にした男が一人立っていた。



「ランメルス様!」


 村長が歓喜の叫び声をあげる。


 いや、村長だけじゃない、村人全員が口々にその名を口にしてその男の元に駆け寄っている。


 その姿には見覚えがあった。


 日本に飛ばされる前に何度か遠くから見たことがあるからだ。


 ミネラシア王国ベルク領領主、ランメルス・ベルクだ。



 ランメルスは絵本から飛び出してきたような美形だ。


 艶のあるブルネットを横に撫でつけ、きっちり刈り込まれた口髭を蓄えている。


 服はまるで今さっきまで洗っていたかのように汚れ一つなく、ザークの首を切り落としたはずの細身の剣にも血一滴ついていない。


 いや、本当に剣で切り落としたのだろうか?


 ザークの首が飛ぶのは見たが、剣筋が全く見えなかった。


 このランメルスという男、優男然とした姿からは想像もつかないが相当な使い手らしく立ち居振る舞いも全く隙がない。


「みんな無事だったようだね」


 ランメルスはにこやかに村人に微笑んでいる。

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