メリーさんと視線(6)

「……あーそう言うことだったんですね」


 近くの喫茶店に場所を変えて運ばれてきたクリームソーダを啜りながらレイ子さん(仮名)は肩を落としていた。


 あのあとアンジェにも連絡してレイ子さん(仮名)がいると話したらすっ飛んでくるくらいには驚いていた。


「ところでなぜ貴女がここにいるのかしら」


 アンジェがホットココアを啜りながら言う。横ではアンジェについてきたらしいクオーレが借りてきた猫のように大人しくしていた。その証拠にアンジェの服の裾をギュッと掴んでいた。案外、人見知りなのかもしれない。


「実は皆さんとお別れしたあと、すぐにあの世へと向かったんです。でも最近じゃあの世に入るにも順番待ちが必要らしくって、わたしの番が来るまでかなり待たないといけないみたいなんです。それで順番がくるまで暇だったので下界に降りてきちゃまいました♪」

「そんな観光に来ましたみたいなノリで言われても」


 まさかあの世に行った人がそんな理由でこの世に戻ってくるなんて誰も思わないだろう。とはいえ現に行って帰ってきた人がいるんだから世の中というのは思っているより単純明快なのかもしれない。

「でもでも皆さんのことが気になってたのは本当ですよ。それで降りてきてから皆さんのことを草葉の陰から見てたんですけど、皆さんとお話ししたくなってつい後をつけちゃいました」

「発想が怖え―よ! ん? ずっと見てたってことは」

「それじゃあわたしに向けられていた視線というのは……」

「わたしですね」

「あー……」


 今度はメリーさんがガックリと肩を落としていた。


 つまり視線の主はレイ子さん(仮名)でただ単に幽霊が幽霊らしくしていただけということだった。


「ま、俺としちゃお前に危害がなかっただけ安心したよ」


 メリーさんの頭をぽんと叩く。メリーさんはホッとしたやら呆れたのか何とも言えない顔をしていた。


「にしても、さっきから気になってたんけど、アンタその姿どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、さっきまで楽しそうにしていた場が急に静かになる。本来幽霊であるレイ子さん(仮名)は他の人に姿が見えない。なのに今目の前にいるレイ子さん(仮名)は生身の人間そのものだった。ただ気になるのはそこじゃない。見た目が以前と全然違っていた。


 レイ子さん(仮名)の生前の姿は知らないが、少なくともあの部屋で初めて会った時と今の姿はまるっきり違っていた。以前の姿は物静かで大人しそうな印象を受けたが、今は正反対に活発で元気いっぱいな印象を受ける。あとなんていうか……。


「そのなんていうか目のやり場に困るな」


 レイ子さん(仮名)の体というのがいわゆる大人の女性の体で、なおかつ非常に目立つスタイルに、ちょっと露出の高い服を身につけているせいで目のやり場に困る。


「ああこれですか。これはこの世でフラフラしていたら、ある女性が身体がないのは不便だろうからこれを使えばいいって言われて入ったのがこの体でした」


 レイ子さんがブンブンと腕を振り回す。とりあえず他のお客さんの邪魔になるので止めておいた。


 どうやらレイ子さん(仮名)の身体もメリーさんたちのように人形がベースになっているみたいだ。見た目ははっきり言って普通の人間と何ら変わらない。その点は元人形であるメリーさんたちも同じだ。


 しかし、人形といっても色々あるけど、この人形は一体なんだったのだろう。まぁ話だけ聞いてるとこの体をさずけた人もまともじゃなさそうだ。


「それは褒め言葉でしょうか木内様」

「うおっ!? なんだノワールか!?」


 背後から聞こえてきた声に俺は思わず体を浮かせた。いつの間に背後にいたんだよ……。


「驚かせるなよ。心臓が飛び出るかと思った」

「それではその飛び出た心臓をわたくしがハートキャッチしてみせましょう」


 どこぞの変身ヒロインのように決めポーズまで決めるノワール。どうでもいいけどノワールのやっているそれはセーラー服のほうの変身ヒロインだった。


「……それでアンタここでなにやってんだ」

「はい。木内様に呼ばれた気がしたのですぐさま対応出来るよう背後にて控えておりました」

「控えていたっていつから?」

「木内様がメリーさんに部屋に行っていいかどうか聞こうか聞くまいかうじうじと迷いながら帰り道を歩いているところからです」

「ほぼずっとじゃねーか! あとうじうじとか言うな!」


 本物のストーカーがここにいた。


「さっきから何を騒いでるんですか木内さん……ってノワールじゃないですか」

「今日はメリーさん。そしてアンジェリカ様とついでにクオーレお嬢様」

「なんでわたしだけついでなのよ!」


 大人しくしていたクオーレがようやく元気を取り戻した。


「あら、貴女は」

「この方ですこの方! わたしに体をくれたのは!」


 と、そばにいたレイ子さん(仮名)がこれまた大仰に騒いでいた。


 俺は傍にいたノワールと目を遭わす。


「木内様。そんな風に見つめられると……照れてしまいます」


 ノワールが珍しく頬を赤らめていた。ちょっと可愛かった。


「じゃなくて!」

「なに一人で騒いでるのよ」

「……」


 だってぇー、と文句のひとつも言いたかったがここはじっとこらえる。


「それよりレイ子さん(仮名)の身体をノワールが授けたって本当なのか?」

「はい。その方のおっしゃる通りでございます。わたくしがその方に身体を提供させていただきました」

「そんなこと出来んのか?」


 俺は横で同じように話を聞いていたメリーさんに尋ねる。メリーさんも首をかしげていた。どうやらあまり一般的な話ではないようだ。


「てことはレイ子さん(仮名)もメリーさんの仲間入りってことか?」

「いいえ。彼女は魂が人形の中に入っているだけでわたくしたちのようなメリーさんとはまた違った存在になっております」

「さしずめ呪いの人形ってわけか」


 俺の言葉にレイ子さん(仮名)は「ひどい!」と叫んだ。


「ま、まあわたしのストーカー疑惑もなくなりましたし、一件落着ということでいいんじゃないでしょうか」


 パン、と手を打ってメリーさんが話に幕を引く。それを合図にしてこの場はお開きとなった。



 喫茶店を出てみんなと別れる。メリーさんはここでいいと話していたが、最後だからということでいつものように送ることにした。レイ子さん(仮名)改め、レイはしばらくクオーレたちの家にお世話になるらしい。


 レイという名前はレイ子さん(仮名)からとったもので、一度死んで元の名前がなくなってしまったため、新しく名付けられたものだった。にしても元幽霊のレイって安直すぎる気もするが。


「木内さん。二週間ありがとうございました。結局わたしの勘違いみたいなところもありましたけど、木内さんが一緒にいてくれたおかげで安心して過ごすことができました」

「そりゃよかった。こんな俺でもメリーさんの役に立てたなら本望だよ」

「そんな。木内さんはたくさん助けてくれたじゃないですか。今までも……わたし木内さんに相談してよかったです」

「……うん。そっか」


 ま、なんにせよこれで俺の役目は終わりってことか。俺はどうにか無事に役目を終えたことの安心感とこれで終わりかという寂しさで溢れていた。


 あと少し。このままでいたい。不思議とそう思った。


「──ですよ」

「え?」

「──わたしも……ですよ」


 顔を上げたメリーさんは俺が今まで見た中で一番綺麗な笑顔をしていた。


 ヤバい……これは……ヤバい……。


 俺はまともにメリーさんの顔を見れなかった。


「どうしたんですか木内さん?」


 メリーさんが俺の顔を覗き込んでくる。


「なんでもねーよ」


 そう誤魔化しながらメリーさんの頭を撫で回す。


「ちょ、なにするんですかー!」

「よっしゃ! 腹減ったし飯でも食いに行くか。お前なに食べたい?」

「それじゃあこの間アンジェが美味しい洋食のお店があると言っていたのでそこで」

「なら決まりだな。じゃ行くか」


 俺が走り出すとメリーさんが後からついてくる。夕日に照らされて大きく影が伸びていた。



「あ、そういえば木内さん、あの時わたしになにを言おうとしたんですか?」

「あの時って?」

「レイさんに追いかけられる直前何か言おうとしませんでした?」

「……絶対に言わねー」

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