メリーさんと怪談話

 それは俺が高校生の頃だった。九月頭ぐらいのことでその日は日直で結構遅くまで残ってたんだよ。それで日誌なんか書いてたりしてたらすっかり遅くなってて、学校にいる人もほどんどいなかったんだ。んで、俺は教室の見回りして帰ろうかと思ったら教室の奥にの隅にさ人影が見えたんだ。まだ誰かいたのか? って思ってたんだけど、窓から夕陽が差し込んでるのにその人影はずっと暗いままだったんだ。


 なにかおかしい……。そう思うと急に教室の中が寒く感じた。九月っていってもまだまだ夏の暑さが残ってる中でだ。


 これはヤバイ。そう思って教室から出ようとするんだけど、体が動かない。すると隅にいた人影がゆっくりとこちらに向かってくるんだよ。逃げようと体を動かそうとするんだけど、やっぱり動かない。


 動け動けって強く念じたらやっと体が動いて、そこからは一目散に教室の出口に向かって走ったんだ。これで出られると思ったら引き戸の取手ににゅうって黒い影が伸びてきてこういったんだよ。


「逃がさない」


 ってな。

「これで俺の話は終わりだ。っていってもよくある話だしそんなに怖くなかっただろ」


 俺が缶ビール片手に言うと、話を聞いていたアンジェリカが「確かに面白い話ね」と満足そうにしていた。対してもう一人の方はぎゅっとアンジェリカの服の裾を掴んでいた。


「メリーさんどうだった? もちろんメリーさんだから怖いわけないよな」


 俺が煽るように言う。というよりメリーさんの反応を見てるとそんな意地悪もしたくなる。そんなことを言われて引き下がるような性格じゃないことはここしばらくの付き合いでわかっていたってのもあるが。その証拠にぐぬぬ、と口元を引き締めて「も、もちろんじゃないですか! この都市伝説代表ともいえるメリーさんたるわたしが人間如きの怖い話で怯えるわけないじゃないですか!」といつもより早口で捲し立ててくる。予想通りの反応だった。


「じゃあその都市伝説代表のメリーさんとっておきの怖い話ってのを聞かせてくれよ」

「いいんですか? 後悔しても知りませんよ」


 ニヤリと口元だけを歪めてメリーさんが笑う。悪者の顔をしているつもりだろうが、側から見るといたずらを思いついた悪ガキにしか見えない。


「それじゃあお聞かせしましょう。このメリーさんのとっておきの話を! これはですね、わたしがある人から聞いた話なんですけどね、夜道を歩いていると不思議なことがあったらしいんですよ」


 メリーさんがどこから取り出したのかチョビヒゲをつけて少し声のトーンを落として話し始めた。お前は◯川淳二か。


「その日は大好きな焼売弁当を持ってほくほく顔で家に帰ろうとしてたんです。ただその人はその弁当の焼売が好き過ぎるあまり、帰り道だというのにどうしても焼売が食べたくなってしまったんですね。それで一個だけならと思ってつい弁当のフタを開けたんです。すると九個あったはずの焼売が一個無くなってたんです。おかしいなーおかしいなーって思ってたんですけど、きっと店員さんが入れ忘れたんだと思ってそれ以上気にしなかったんです」


 ん? なんか聞いたことあるぞこの話。


「その人はまた歩き始めました。でもさっきあった焼売のことが気になって仕方が無かった。それでまた弁当のフタを開けてみたんです。するとさっきまで八個だった焼売が今度は四個に減っていた。これはおかしい。絶対におかしい。フタをしめて足早に家に帰り、恐る恐る弁当のフタを開けると……なんと、弁当に入っていたはずの焼売が全部なくなっていたんです! いやだなーこわいなーって思っていると、その人は気づいてしまったんです」


 なにに? とは今更聞かない。だってさ、その話のオチって。


「なんと! 弁当のフタに焼売がくっついていたんです!」

「だろうな!」

「え? あれ? この話怖くないですか。まさかフタに焼売がくっついているなんて思わないじゃないですか。これこそホラーですよ!」

「いや、その話割と有名だし。それにホラーでもなんでもないぞ」

「う、うそ……。じゃあ怖くもなんとも……?」

「ない」

「な、なんだってー!?」


 メリーさんがババーン! と効果音がつきそうなくらい驚いていた。いやこれも前に見たな。


「わ、わかりました。この話だけはあまりしたくなかったんですが、わたしが知っている中でもとびっきり怖い話をしましょう。その名も恐怖の味噌汁!」

「ああそれ、今日麸の味噌汁ってやつだろ知ってる」

「な、なんだってー!?」

「それはもういい」

「じゃ、じゃあ青い血の話は……?」

「たしかそれは食べ物食べてあーおいちー、あおいちー、青い血だったっけ」

「……」


 どれもこれも聞いたことのある都市伝説というよりはオチのついた話ばかりだ。俺が知ってるとわかると、メリーさんはすっかり大人しくなってしまった。ちょっと可哀想なことをしたかもしれない。


「ま、まぁでも話し方は面白かったぞ。ほら○川淳二も真っ青だ」

「……いいんですよ。慰めの言葉なんて今のわたしに向けられても惨めになるだけですから。はは……」


 メリーさんが明後日の方向を向きながら「ルー、ルールールー、ルー、ルールールー」と、歌っていた。それも聞いたことあるがそっちの方のタイトルは出てこない。

「それじゃあわたしの番ね。これはねわたしが体験した話なんだけど

 ──」


 おもむろにアンジェリカが話し始める。メリーさんと違ってこっちは妙な雰囲気がある。もともと太陽に向かって咲くひまわりみたいなメリーさんと、夏の夜に咲く彼岸花のようなイメージのアンジェリカだ。そりゃあ話し方一つとっても雰囲気が違うのは当然か。


「ある夜のこと。わたしはいつものように月光浴を楽しんでいたの。月の光って太陽の光を反射しているってご存知かしら?」

「ああ知ってる。昔読んだ図鑑かなにかで知った。たしか月ってのは地球の周りを回ってる衛星なんだっけ」

「物知りね。それでわたしは月の光を浴びていい気分に浸っていたの。その気分のままいつもの通りここへ来たわ」


 うん? ここへ来た……?

「わたしはいつものようにエレベーターに乗り、いつものようにメリーさんと貴方とこうしてお茶をしている」

「あ、アンジェ?」


 メリーさんもアンジェリカの話す怪談に違和感を感じたのか戸惑っていた。


「そういつものように。けれど今夜は少し違っていたわ」

「な、なにが……」

「あらまだ気づかないの? 貴方の後ろにいるその女性はどなたかしら?」


 バッと俺とメリーさんが部屋の中を振り返る。そこには……首からロープをぶら下げた女性の姿があった。


「「「ぎゃあぁぁぁぁ!」」」


 その日穏やかな夜に三人の悲鳴が木霊した。

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