第110話 ちなみに平安時代。
で、前回からの流れでいきなり平安に飛ぶのは何だけど(笑)。
「うつほ」をワタシは訳してそれっぽいおはなしにする時に「何ですかこの子供の数は」だったんだけど、まあ地位の高いひとほど確かに産もうと思えば産めるんだよねえ。
源正頼さんちなんて姫が14人! 若君もそう変わらないくらいを二人のまあ同等な奥さんに産ませてる訳ですわな。
あの時代は貴族さまさまなら、だいたい初潮がきたら成人式である裳着やって、「文よこしてもいいよ~」で、「夫婦とはこういうことするものです」と乳母だの女房から教えられている姫のとこに許可の出た
(こいつならまあいいだろと両親その他が認めた/父親だけではないのは、その後孫の女一宮の結婚のことに関して長女の女御にも妻の大宮にも相談している辺りから、感情はともかくその人が当人や家に相応しいかというのを見極めた上だと思われる。ストーカー男実忠の娘のことなど、彼の兄達の方がよっぽど心配してくれたものだった。当人の意思はこの際関係無いが「貴族の結婚はそういうもの」という価値観だったらそれはそうだろ)
男がそっと黙認の上に三日通ってあれこれ実際のことをして、それから所顕だった訳だ。
だから結婚いこーるセックスでつまりは子作りな訳だ。システマティックではないですか。
「野合」な庶民にしてもやればできるしできたらそれなりに育てるなり、育てられないなら捨てるなり、まあ色々生きるために何とかしてきた訳で。
恋愛狂時代になってからの方が訳わからない問題が増えたんじゃないかと思うんだよな…… そんで言っちゃ何だが、「恋は冷める」。
恋無しに結婚した場合、何だかんだでずるずると続くことも多いけど、恋の絶頂で結婚した場合、あとは落ちていくばかりなんではないかと思うんだよなあ…… いや個人の見解ですが。
そーいえば吉屋信子の「女の階級」では恋愛で駆け落ちしてしまった令嬢が、一緒に暮らしだしたら横柄になった男にかいがいしく尽くしだしてだな。様子を見に来た妹が「だから私は結婚に恋愛はいらない」という感じのこと言うんだよな。
吉屋信子は毒親→男や結婚に幻想抱けない→それが作品に出てしまう/現実では女性をパートナーにするという好例なんだけど、この結婚に恋愛は要らない、というのはある意味正しい部分はあるんだよな。
そりゃ触られるのも嫌、というのはあかんけどな。まあその場合はちょっと選んでくれや、となるけど。
まあ恋愛至上主義になってからおかしくはなったよな、とは思うざんすよ。
ちなみにウチの親なんだが。
……頼むわー親父。結婚前に女性としていた交換日記とか娘に処分させんでくれい。自分が青春時代これこれの女を渡り歩いた的な小説(すまん文章としては読みづらくてどうにもならんし文体と文字に嫌気がさすんだが)を読ますなー(笑)。
まあ一番男という生物(というかウチの父親が親としてどっか)があかんなーとすり込まれてるのは、物心ついた時からPLAYBOYのヌードカレンダーがどーんと壁にあった時点だろーなー。母親はそのせいなのかどーかどっか潔癖があったし。
だからか何か知らないがなあ、家族は何処か気が抜けないものだという意識がすり込まれてしまっている+孤立型の血筋→現在なんだけどな。たぶん(笑)。
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