第22話 主要人物たちの合流

「ヴァランティーヌ? 起きたのか?」


 この声はゴーティエ王子だ。部屋の中に聞こえるようにしっかりとした大きな声で問いかけてくる。


 えっと、答えるべき?


 扉とベッドの間の立つエルベルに目配せをすると、彼は首を横に振って歩き出した。数歩で扉の前に立って、扉を開ける。

 ゴーティエ王子がエルベルの顔を見て目を見開いた。戸惑う表情のあとに怒りの感情が目元に出る。


「すみません、ゴーティエ王子……。この部屋で叫び声が聞こえたため、室内に入りました」

「ヴァランティーヌ⁉︎」


 叫び声が、のところでエルベルの話は切り上げて、ゴーティエ王子は部屋の中に割り込むように早足で入ってきた。まっすぐベッドのところに進む。


「ヴァランティーヌ、どういうことだ?」


 ベッドのそばに立っていた私の両肩に手を添えて、私の顔を覗き込む。逃がさないとばかりにがっしりと掴まれているのでちょっと痛い。


 えー、エルベル、話を合わせろって言ってたけど、無茶振りもいいところじゃね?


 ゴーティエ王子の反応が早すぎて言い訳を考える時間がほとんどなかった。こうなったら、言いながら考えるしかない。


「えっと……私自身は叫んだつもりはなかったのですが、どうも夢見が悪かったので……寝言が思いのほか大きな声で出ちゃっていたっぽいです。お騒がせしてしまい、すみません」


 恥ずかしさをにじませつつ苦笑を浮かべてみせる。


 よくわからないけどそういうことらしいということにして、後のことはエルベルにぶん投げることにしよう。辻褄合わせはそっちでどうにかしてちょうだい!


 私の苦しい説明に納得したのか否か、ゴーティエ王子は私をギュッと抱きしめた。


「また怖い夢を見たのか……。それはどんな夢なんだ? また良からぬ未来の夢か?」


 耳元で囁かれた。抱きしめたのは私以外の人物に聞き取りにくくするためのようだ。


「……申し訳ありません。今は」


 私も小さな声で返事をした。


 いや、まあ、怖い夢ってのは方便だから、この返事は時間稼ぎのためだけどね!


 ゴーティエ王子は私を離して、見つめ合う。そして流れるように口づけをした。


 え、え⁉︎ 人前でキスって、ええ⁉︎


 そういう空気だとは思っていなかったから、びっくりしてしまって目を瞬かせてしまう。唇を丁寧に舐められて、つい舌を招き入れそうなところで彼は離れていった。

 ゴーティエ王子が私を見つめながら、心配そうに微笑む。


「もう怖がらなくていい。ここが現実だ。わかるだろう?」

「は、はい……目が覚めてよかったです」


 今のキスはつまり、ちゃんと起きていることを自覚させるためってことでしょうか。刺激が強めでしたが……。


 胸がドキドキしている。このままキスより先のことを、とねだってしまいそうな気分だ。引いてくれたことで名残惜しく感じてしまっている。ここにはエルベルとアロルドがいるのに。

 ちらっと彼らに目をやると、二人ともやれやれといった表情を浮かべて見守っていた。


 私たちが仲良くしていることについては、悪いようには思っていないってことね。


 エルベルが訪ねてきた真意については、またそのうちに知ることになるのだろう。【気づいた側】が何を指しているのか、ちゃんと問いただす必要がある。

 エルベルに対してどうアプローチをしたものかと考えている間に、ゴーティエ王子が二人に向き直った。


「――この部屋にヴァランティーヌがいることを話しておかなかったのは悪かったと思うが、どうしてこの部屋の近くをエルベルが通りかかったのかは気になるところだな」

「少々時間があったので、屋敷内を探検していただけですよ」


 エルベルはゴーティエ王子の問いにさらりと何食わぬ声で答えた。


「行動するときは二人一組でと指示したはずだ」

「僕と対になっていた彼は部屋で休んでいたいと言うので、置いてきました。部屋にこもって休むなんて退屈ではないですか。警備のためにも屋敷内を知っておくのは良いことだと考えたのです。――むしろ、今回は何もなかったとはいえ、ヴァランティーヌ嬢を警備の兵を外に立てていない部屋の中に鎖で繋いで閉じ込めるなんて、その方が問題だと僕は考えますけど」


 ゴーティエ王子相手に、エルベルは物怖じせずに指摘する。無理のある言い訳のような気がするが、とうとうと述べたあとに非難の言葉を添えれば、追及を避けられそうではある。


 真実を語っている気はしないのがなあ……。エルベルの目的はなんなの?


 ゴーティエ王子は鼻をふんと鳴らした。


「この屋敷の警備ならば心配ない。ここにオレたちがいることを知っているのはここにきた人間だけだ。普段から来る人も限られている」


 そこまで告げて、ゴーティエ王子はエルベルに鋭い視線を向けた。


「――ああ、そうだな。裏切り者がいたら、安全は保障されないか」


 睨まれたはずのエルベルは、とても穏やかな微笑みを浮かべた。


「僕が裏切り者だとおっしゃるのでしたら、城に帰れと命じてくださって結構ですよ。従いましょう」

「いや、別の用を命じるだけだ」

「承知いたしました。――では、この場は席を外しましょうか?」


 エルベルが出て行きたい気持ちはよくわかる。ゴーティエ王子がピリピリしているのが明白だからだ。

 だが、エルベルの提案にゴーティエ王子は首を横に振って却下した。


「ここに残れ、エルベル。せっかくだ、今のうちに話しておきたいことがある」

「さようでございますか……」


 渋々といった様子でエルベルが承知する。それを待って、アロルドが席を用意した。


 なんの話が始まるのかしら?


 私とゴーティエ王子はベッドに腰を下ろし、その正面に座れるように椅子を配置してアロルドとエルベルが座ると、ゴーティエ王子が口を開いた。

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