第9話 気を取り直して、相談しましょう。
私は咳払いをして、ゴーティエ王子の腕を解いた。
「――ゴーティエさま、話が面倒な方向に進んでいるので修正したいのですが、まずはどうしてこちらにアロルドさまが?」
すると、ゴーティエ王子はアロルドから一番遠い席の椅子を引いて私を招く。
「ソフィエット嬢の話をするのであれば、アロルドもいたほうがいいのではないかと考えたのだ。そもそもソフィエット嬢がオレに近づくことがなければいいのだろう?」
「ええ、まあ……」
私は素直にゴーティエ王子が示した椅子に腰を下ろす。その隣にゴーティエ王子が何食わぬ顔で腰掛けた。
微妙に近すぎる……。
アロルドから距離をおくことが目的かと考えていたが、すきあらばスキンシップをしてやろうという魂胆も含まれているのかもしれない。
私たちの会話を聞いて、アロルドが不思議そうな顔をした。
「ん? ソフィエット嬢? あの伯爵家の娘さんに何かあったのか?」
「いや、これから何かが起きるんだ。それで、ヴァランティーヌが危機に陥る」
ゴーティエ王子がきっぱりと告げると、アロルドはそれだけで納得顔をした。
へえ。大した情報はないのに伝わるんだ。
私が驚きで目を瞬かせていると、アロルドは口を動かす。
「誰に占ってもらったんだ?」
予言なのだと理解したらしい。この世界に予言システムが実装されていて本当によかったと思う。
私は問いに対して小さく手を挙げた。うっかり私がアロルドに声をかけてしまったら決闘を申し込む展開になりかねないので、できる限り直接には喋らないようにしようと努める。
アロルドは目を細めた。
「へえ。不吉なものを見たもんだな」
「ヴァランティーヌにとっての危機だからな、そういうものを見るときは見るだろう。グールドン家は一族に危機が訪れると未来を予知できるものが現れるのだと聞いているからな。なにも不思議なことはない」
え、そうなの?
ゴーティエ王子の補足に私は驚いて彼に顔を向ける。自分の一族に予言者体質の人間がいるなんて聞いたことがなかったからだ。
ゲームの設定でもヴァランティーヌ・グールドンについては特には触れられていなかった気がする。主人公の情報は漏れていない設定のはずなのにプレイヤーの邪魔を熱心にしてくるなあとは思っていたが、そういう言動が予言によるものだったということだろうか。
「なるほど、そういう噂はあったな。俺としては危機を回避し続けられたのは予言のおかげじゃなくて、根回しがうまかったり頭の回転が良くていい感じに切り抜けているんだと解釈していたが」
私の実感はアロルドの指摘のとおりだ。父は自身の力でとてもうまく政治を行なっているように映る。
「そういう部分もあるにはあるだろうな」
「――で、ソフィエット嬢が邪魔になる未来が見えたわけだ。ふむ。それは承知したが、この様子だとゴーティエがよそ見をするようには思えないが」
そう告げて、アロルドはゴーティエ王子を見つめる。私に直接話すのを禁じられてしまったため、律儀に守っているのだろう。ゲーム同様、彼は生真面目な男なのだ。
「そうだ。浮気などあるわけがない。ただ、それゆえに、ヴァランティーヌはオレとの子を流して自身の命も落とす。結果として、王太子妃にソフィエット嬢がおさまるそうだ」
「ああ、そういう……。ふぅん。ソフィエット嬢も面倒なところに巻き込まれているんだな。先日の暴漢も面倒だったが、そもそも彼女はそういう星回りなのかねえ」
腕を組んで、しみじみとアロルドは告げた。ソフィエットを案じているようだ。
そういえば、私が出席できなかったパーティーでソフィエットはゴーティエ王子とアロルドに助けられていたんだっけ。まだ詳細を聞いていなかったなぁ。
「そういう事情なので、ソフィエット嬢と縁ができたついでにアロルドがソフィエットと結婚しろ」
「待て、いきなり話が飛んだぞ」
うん、飛んだわね。
私が別のことを考えていたばかりに聞き逃したというわけではなさそうだ。焦るアロルドに同意する。
「なんだ、縁談の話はアロルドにはないだろう?」
ゴーティエ王子が不満げに問う。ここにアロルドを呼んだのは、つまりはソフィエットをアロルドに押し付けようと考えたからということか。
「いや、確かに婚約者はいないし、恋人すらいないが、俺にだって好みはあるし、家の事情だってあるんだ。勝手なことを言うな」
「オレの命令だ。それ以外に理由など必要ないだろ。ノートルベール伯爵家は家柄としてかなり良いぞ。エルヴェ侯爵家との釣り合いも悪くはないと思うんだが」
確かに家柄は悪くはない。なんせ、王太子妃に選ばれる程度なのだから。
ゲームの設定的な話を抜きにしても、ノートルベール家は科学者寄りの実直な家柄である。医療従事者に出資を行って適切な医学を身につけさせているというのが他の貴族たちの行動とは異なるが、資金のベースとなる領地経営はうまくまわしていると聞いている。
女性が勉学に励むことをよしとしない一部の貴族たちがソフィエットを指す《薬学令嬢》のあだ名を揶揄する気持ちを込めて使っている向きはあるが、所詮はその程度しか悪く言える部分はないということでもある。
ゴーティエ王子の意見に、アロルドはむすっとした。
「生け贄にするつもりか」
「愛するヴァランティーヌを守るためだ。犠牲になれ」
ゴーティエ王子の意志は揺るがない。本気になれば、こうして直接に伺いを立てずとも事を進めることができたはずだ。それをしなかったということは、ゴーティエ王子にはアロルドの友人としての情もあるのだろう。
アロルドは額に手を当てて悩む表情をした。
「君の気持ちはわからなくはないんだが、さすがにいきなりすぎて困る。前向きに検討するから考えさせてくれ」
「ソフィエット嬢にふさわしい相手が他にいるのであれば、そっちに紹介するのも充分にアリだ。とにかく、ソフィエット嬢には申し訳ないが、オレとは関係のないところで幸せになってもらわねば困る」
「ふさわしい相手……ああ、ソフィエット嬢に気があるやつなら、心当たりがあるぞ?」
おや、意外な方向に話が進みそう?
アロルドがソフィエット嬢との結婚を即決しない理由が気にはなるが、ほかの相手というのも興味が湧いた。
よく考えてみたら、ソフィエットの結婚相手の候補ってゴーティエ王子やアロルドさま以外にあと五人はいるのよね……。
ゲームの攻略対象は全員で七人。さまざまな立場にある素敵な男性と出会い、恋に落ち――
あれ? 恋愛して、なんやかんやがあって結婚して……それだけだっけ?
何か大事なことを忘れている気がする。
「へえ。それは誰だ?」
ゴーティエ王子も興味が湧いたようだ。促すとアロルドが喋り出す。
「ユペール伯爵家嫡男のエルベルだ。騎士としても腕がいいが、頭の回転が速いやつで、薬学令嬢と名高いソフィエット嬢に興味を示している。エルベルとソフィエット嬢をくっつける場を設けるなら、やってもいいぜ」
エルベル・ユーペル……ああ、あの人か。
私はその名の人物を思い浮かべる。
黒くて真っ直ぐなクセのない髪を持つ、眼鏡男子である。クール爽やか系で、むさい騎士の連中に混ざっていると花が咲いているような印象になった。
確か、ゲームでもソフィエットの攻略対象の一人だったわよね……。
前世の記憶もひょっこり出てきて現在と混ざり合う。意識を保っていないと、ヴァランティーヌとしての記憶が書き換わってしまいそうだ。
前世のことは思い出さないほうがヴァランティーヌのためになるのかな……。
ヴァランティーヌとしての記憶を失うことが、私は怖い。前世知識で生き延びたとしても、ここに残った私がヴァランティーヌではなくなっていたら――ゴーティエ王子はどう思うのだろう。ヴァランティーヌを愛しているからこそ、協力しているのに。
「ならば、エルベルとソフィエット嬢の相性を見るためにパーティーでも開くか。騎士団との交流や息抜きという名目ならば、自然だろう。アロルド、手配は頼む」
「ああ、了解」
ゴーティエ王子は半ば押しつけるようにアロルドに提案すると、立ち上がって私の手を引いた。
「はい?」
話が済んだら帰るだけですよねと確認するために私が見上げると、ゴーティエ王子はとてもにこやかな顔をしていた。
「ヴァランティーヌはオレの部屋だ。話がある」
「……はい」
眩しすぎる笑顔とは裏腹に、あまりよろしくない事態が待っている気がして、私は身構えたのだった。
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