第19話 冷徹な介入者
シードラゴン討伐の翌朝、カレンティアの港近くの広場は、異様な熱気に包まれていた。巨大なシードラゴンの亡骸が横たわり、街の解体屋組合の精鋭チームが、その巨体を解体する作業に取り掛かっていた。普段は活気ある市場が開かれるこの場所には、大勢の群衆が見物に集まり、興奮と好奇の眼差しでその光景を見つめている。
解体作業は、想像以上に大規模なものだった。特殊な刃物や、魔力で強化された道具が使われ、巨大な鱗が剥がされ、分厚い皮膚が切り開かれていく。
初日、シードラゴンの巨体はまだ原型を留めていた。解体屋の職人たちが、まるで巨岩を削るかのように、その硬質な鱗を一枚一枚剥がしていく。その鱗は、一枚だけでも人の背丈ほどもあり、鈍い光を反射していた。
「いやはや、こんなデカい魚、いや、化け物、見たことねぇな」
シゲが感嘆とも呆れともつかない声を上げた。彼の漁師としての経験をもってしても、シードラゴンの規模は常識外だったのだろう。ハンナは、作業の様子をじっと見つめながら、時折、解体屋の職人たちに温かい飲み物を差し入れていた。
「これだけの量を捌くんだから、大変だねぇ。匂いもすごいし」
彼女の言葉には、労いと、そしてどこか慣れたような職人への敬意が滲んでいた。
ルレットは、手帳を片手に、シードラゴンの鱗の大きさや、切り開かれた皮膚の厚さを熱心に記録している。
「この鱗の硬度、そしてこの皮膚の弾力性……古代の文献にある『竜鱗』の記述と酷似しているわ。もしかしたら、シードラゴンは、ただの魔物ではないのかもしれない」
彼女の瞳は、知的好奇心に輝いていた。
二日目には、シードラゴンは肉塊の山となり、その巨大な内臓が露わになった。広場には血と潮の匂いが混じり合い、強烈な臭気が立ち込める。解体屋の職人たちは、顔をしかめながらも、黙々と作業を続けていた。
「ヒデさん、本当にこんなもん、食えるのか?」
シゲが、顔を青くしながら尋ねてきた。その肉塊の量と、異様な色合いに、食欲をそそられる者はいないだろう。
「さあな。だが、これだけの巨体だ。何かしら使い道はあるはずだ」
俺はそう答えながらも、内心では、この異様な肉をどう調理すべきか、頭を悩ませていた。
ルレットは、解体されたシードラゴンの骨格や筋肉の付き方を観察し、その生態について考察を深めていた。
「これだけの巨体を動かすには、尋常ならざる魔力が必要だったはず。それに、この骨の密度……深海の圧力にも耐えうる構造ね」
彼女は、まるで生きた教材を前にした研究者のようだった。
そして、三日目。シードラゴンは、ついに骨格が露わになった。その巨大な骨の構造は、まるで太古の恐竜のようだ。その光景は、海の王の死をまざまざと見せつけるものだった。
三日目の午後。解体作業は、シードラゴンの腹部に差し掛かっていた。俺はドレイク侯爵と共に、固唾を飲んでその様子を見守っていた。宝珠は、奴の体内に飲み込まれたはずだ。
解体屋の親方が、巨大な腹部を切り開いた瞬間、内部から淡い光が漏れ出した。
「おおっ!」
群衆からどよめきが起こる。光の源へと近づくと、そこには、俺が海底神殿で見た、あの透明な球体が横たわっていた。ガラス玉の中に湧き水が出ているかのように、水が絶えず対流している。その神秘的な輝きは、シードラゴンの血肉にまみれてもなお、一点の曇りもなかった。
「あったぞ!水の宝珠だ!」
俺が叫ぶと、侯爵も安堵の表情を浮かべた。解体屋の親方が、慎重に宝珠をシードラゴンの体内から取り出し、侯爵へと差し出す。侯爵は、その宝珠を両手で受け取ると、その輝きを満足げに見つめた。
その時だった。
広場の入口から、冷たい空気が流れ込んできたかのような感覚に襲われた。ざわついていた群衆が、一瞬にして静まり返る。その中心に立っていたのは、細身で長身、冷たい瞳を持つ壮年の男だった。整った顔立ちだが、その表情には一切の感情が読み取れない。彼は、王国魔術師団の筆頭研究員、ヴァルドー・グレイヴス卿だ。彼の背後には、数名の魔道士と、厳重な武装をした兵士たちが控えている。
ヴァルドー卿は、一切の躊躇なく、まっすぐに侯爵と宝珠へと向かってきた。その視線は、侯爵ではなく、彼が持つ宝珠に釘付けになっている。
「ドレイク・ハルバード侯爵殿。その宝珠は、我々が接収する」
ヴァルドー卿の声は、感情を排した、冷徹な響きを持っていた。まるで、機械が発する言葉のようだ。侯爵は、ヴァルドー卿の突然の介入に、眉をひそめた。
「ヴァルドー卿。これは、我々カレンティア領と、この討伐に貢献したヒデとの間で正式に交わされた契約に基づくものだ。宝珠は、彼の所有物となる」
侯爵は、宝珠を抱えるようにして、ヴァルドー卿の言葉を遮った。その声には、怒りと、そして契約を守ろうとする強い意志が込められている。
しかし、ヴァルドー卿は侯爵の言葉を歯牙にもかけない。
「契約?個人の些細な約束など、国家の安全保障の前には無意味だ。この宝珠は、古代の遺物であり、その力は計り知れない。個人の手に渡れば、いかなる危険を招くか分からぬ。それに、その解析は国家の最優先事項だ」
ヴァルドー卿の言葉と共に、彼の体から可視化されるほど濃密な魔力が放出された。その魔力は、広場全体を重苦しい空気で満たし、群衆は恐怖に怯えて後ずさりする。侯爵の顔にも、苦痛と焦りの色が浮かんだ。その魔力は、侯爵の精神に直接揺さぶりをかけているかのようだった。
「たとえ契約がなくとも、この宝珠は、ヒデが命を懸けて見つけ、シードラゴンから取り戻したものだ。倫理的に、道理に反する行為だぞ、ヴァルドー卿!」
侯爵は、それでも抵抗を試みる。しかし、ヴァルドー卿は冷ややかに微笑むと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、古びてはいるが、確かに王国の紋章が刻印されたものだった。
「これは、先の戦争時代に発行された『国家緊急事態における物資接収許可書』だ。国王陛下の名において、いかなる物品も国家の利益のために接収することを許可する。この宝珠は、その対象に他ならない」
ヴァルドー卿の言葉に、侯爵の顔から血の気が引いた。戦争時代の接収許可書。それは、あらゆる個人の権利や契約を凌駕する、絶対的な権威を持つものだった。侯爵は、その羊皮紙を震える手で受け取ると、その内容を読み上げた。彼の瞳には、無力感と、どうしようもない絶望が浮かんでいた。
「くそっ……!」
侯爵は、悔しそうに歯を食いしばる。ヴァルドー卿の魔力的な圧力と、絶対的な権威を持つ「接収許可書」の前に、侯爵は為す術がなかった。彼は、宝珠を抱えたまま、ヴァルドー卿に一歩、また一歩と詰め寄られていく。
俺は、その光景をただ見ていることしかできなかった。市民ではない俺には、この国の法や権力に抗う術がない。目の前で、自分が命を懸けて手に入れた宝珠が、理不尽な形で奪われようとしている。その無力感に、俺の拳は固く握りしめられ、震えていた。
侯爵は、苦渋の表情で、宝珠をヴァルドー卿へと差し出した。その手は、悔しさで震えている。
「ヒデ……すまない……」
侯爵は、俺に深く頭を下げた。その言葉は、彼の心からの謝罪と、俺への申し訳なさで満ちていた。ヴァルドー卿は、宝珠を受け取ると、満足げにそれを眺め、一瞥もせずに広場を後にした。彼の背後には、冷徹な合理主義と、古代技術への執着という、底知れない闇が広がっているようだった。
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