第18話 シードラゴン
夜が明け、カレンティアの港には、ドレイク侯爵が手配した軍艦が堂々と停泊していた。これまでの漁船とは比べ物にならないほど巨大で、タンカーのように平べったく、しかしその幅広さゆえに安定感がある。甲板は広大で、後方には立派な艦橋がそびえ立ち、その前には巨大な砲が二門、威圧的に空を睨んでいた。推進力は船体後部に搭載された大型のウォータージェット。内部には12名の水魔道士が配置され、船を動かす魔力を供給しているという。甲板の中央には、巨大なクロスボウのような形状をした、大型のチェーン付き銛の発射台が設置されていた。台座は回転機構を備え、ハンドルを操作することで照準が上下する仕組みだ。
出航前、甲板は兵士や冒険者たちの熱気で満ちていた。俺は近接攻撃要員として、この銛の発射台の周辺に配置された。他の近接戦闘員たちも銛の周囲に集まり、遠距離攻撃を得意とする者たちは舳先へと向かう。軍人たちは砲撃手の防衛と、負傷者の搬送に備えて配置につき、艦橋の一階には回復役の魔道士たちが救護所を開設していた。
俺は隣に立つ冒険者パーティの面々に軽く会釈した。棍棒と盾を携えた屈強な戦士、双剣を腰に下げた素早い動きの剣士、鋭い眼光の女性魔法使い、背中に弓を背負った寡黙な弓使い、そして穏やかな表情の回復魔法使い。彼らはそれぞれが熟練の雰囲気を漂わせ、互いの能力を探り合うような視線を交わした。
「今回の獲物は手ごわいぞ。だが、報酬も破格だ。せいぜい腕を振るうといい」
棍棒戦士が低い声で言った。俺は静かに頷き、ディープトライデントの柄を握り直した。
やがて、ドレイク侯爵の号令が響き渡り、軍艦はゆっくりと港を離れた。ウォータージェットが唸りを上げ、船は滑るように加速していく。目指すは、かつてカレントの渦があった海域、そして今も割れたままそそり立つ水の壁の向こうだ。
数時間後、軍艦は目的地に到達した。沖合には、巨大な水の壁が左右にそそり立ち、その底には海底神殿が白く輝いている。異様な、しかし荘厳な光景だ。
その時、水平線の彼方から、巨大な背びれがゆっくりと姿を現した。シードラゴンだ。奴は、まるで自らの縄張りを誇示するかのように、かつてカレントの渦があった海域を悠々と泳いでいる。その巨大な影が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「来たぞ!全艦、戦闘配置!」
ドレイク侯爵の咆哮が、艦橋から響き渡った。
それまで晴れ渡っていた空が、にわかに暗転する。轟音と共に雷鳴が鳴り響き、大粒の雨が甲板を叩きつけた。まるで、海の王の怒りに呼応するかのように、天候が劇的に変化したのだ。
シードラゴンは、軍艦にゆっくりと近づいてくる。その巨体は、まるで動く島だ。
「銛、発射準備!」
侯爵の指示が飛ぶ。銛の発射台に備えられた巨大なクロスボウが、ギィィと軋む音を立てて引き絞られる。照準を合わせ、発射台の棒が押されると、ズドン!という轟音と共に、巨大な銛がシードラゴンの首元へと一直線に突き刺さった。
「よし!引き上げろ!」
侯爵の号令で、兵士たちがチェーンを巻き上げる。シードラゴンは、その巨体で抵抗するが、軍艦の力には抗えない。唸り声を上げながら、その巨大な頭部がゆっくりと甲板へと引っ張り上げられていく。
しかし、シードラゴンは甲板にその巨体を乗り上げたかと思うと、次の瞬間、凄まじい力で跳ね上がった。その巨体が、鎖に繋がれたまま空へと舞い上がる。巨大な魚が釣り針にかかり、水面を割って飛び上がるような迫力だ。
「空中の奴を狙え!砲撃は待て!」
侯爵の指示が飛ぶ。舳先に配置された遠距離攻撃部隊が、一斉に矢を放ち、魔法を叩き込む。女性魔法使いの攻撃魔法が閃光を放ち、弓使いの矢が風を切り裂く。空中のシードラゴンに、無数の攻撃が降り注いだ。
体力を削られたシードラゴンは、再び轟音と共に海へと落下した。巨大な水しぶきが上がり、軍艦を大きく揺らす。
「もう一度引き上げろ!今度こそ仕留めるぞ!」
侯爵の号令が響く。兵士たちは再びチェーンを巻き上げ、シードラゴンを甲板へと引きずり上げる。
「砲撃開始!近接部隊、総攻撃!」
侯爵の指示が飛ぶ。巨大な二門の砲が火を噴き、轟音と共に砲弾がシードラゴンの頭部を直撃する。近接戦闘員たちが、引っ張り上げられたシードラゴンの頭部に一斉に襲いかかった。侯爵もまた、身の丈を超える大剣を振り回し、その巨大な刃がシードラゴンの鱗に食い込む。冒険者パーティの戦士が棍棒で頭部を叩き、剣士が双剣で素早い連撃を浴びせる。女性魔法使いの攻撃魔法が炸裂し、弓使いの矢が正確に弱点を射抜く。
しかし、シードラゴンもただではやられない。その巨体を激しく揺らし、甲板の兵士たちを薙ぎ払おうとする。回復魔法使いが負傷した兵士たちを癒し、戦線が崩壊しないように支える。
「近接部隊、離れろ!砲撃用意!」
侯爵の鋭い号令が響き渡った。近接戦闘員たちは、素早くシードラゴンから距離を取る。
その隙を逃さず、巨大な二門の砲が再び火を噴いた。轟音と共に放たれた砲弾が、シードラゴンの頭部を正確に捉え、直撃する。
ドゴォォォンッッッ!!!
砲弾を受けたシードラゴンは、苦痛の咆哮を上げ、その巨体を大きくのけぞらせた。そのまま勢いを失い、鎖に繋がれたまま海へと叩き落される。巨大な水柱が上がり、軍艦を大きく揺らした。
「くそっ、まだだ!奴が海に逃げようとしているぞ!引き上げろ!」
侯爵の焦りと怒りが混じった声が響く。シードラゴンは、銛のチェーンに繋がれたまま、猛烈な勢いで深海へとその身を沈めようとする。軍艦が大きく傾く。まるで巨大な魚を釣り上げるかのような、壮絶な綱引きだ。兵士たちが必死にチェーンを抑えようとするが、シードラゴンの力は圧倒的だ。船体が軋み、木材が悲鳴を上げる。
「もう一度引け!今度こそ、奴を甲板に上げろ!」
侯爵の号令が響く。兵士たちは再びチェーンを巻き上げ、シードラゴンを甲板へと引きずり上げようとする。シードラゴンは抵抗し、再び水面を蹴り、空へと大きく跳ね上がった。その巨体は、雷鳴轟く空を背景に、禍々しい影を落とす。
「空中の奴を狙え!砲撃はまだだ!」
遠距離攻撃部隊が、再び集中砲火を浴びせる。魔法の光と矢の雨が、空中のシードラゴンを襲う。体力を削られたシードラゴンは、再び海へと落下した。その衝撃で、軍艦全体が大きく揺れる。
兵士たちは再びチェーンを巻き上げ、シードラゴンを甲板へと引きずり上げる。シードラゴンがわずかに動いた、その瞬間――
巨大な二門の砲が火を噴き、轟音と共に砲弾が放たれた。しかし、砲弾は狙いを外れ、銛の根本に直撃する。
ガキンッ!という甲高い音と共に、銛のチェーンが切断された。
シードラゴンは、ゆっくりと、しかし確実に海中へとその巨体を沈めていく。侯爵の顔に、10年前と同じ、悔恨の表情が浮かんだ。
「ヒデ!今だ!飛び込め!」
侯爵の咆哮が、俺の耳に届いた。
俺は迷わず、甲板から割れた海へと飛び込んだ。海王鎧の力が全身を包み込み、水圧を恐れることなく、最速で潜航する。視界は、シードラゴンが沈むにつれて暗くなるが、俺の目には、その巨大な影がはっきりと捉えられていた。
シードラゴンは、海底でオーラのようなものを纏いながら、じっと横たわっていた。今までの攻撃でついた傷を癒そうとしているのだろう。俺は槍を構えたまま、一直線にその巨体へと突撃した。
俺が肉薄した、そのギリギリの瞬間、シードラゴンがゆっくりと、しかし確かな警戒を込めて、その巨大な目を開いた。カッと見開かれたその瞳は、深海の闇の中で鈍く光る。だが、もう遅い。
俺のディープトライデントが、見事にその巨大な目に突き刺さった。
「グアアアアッ!」
シードラゴンが、苦痛に満ちた咆哮を上げる。俺はすぐさま槍を引き抜き、逆手に持つと、その巨大な頭に取り付いた。そして、地面に突き刺すような動きで、ドラゴンの眉間を狙い、渾身の力で槍を突き刺した。ディープトライデントは、その破壊不可能な性質のおかげで、ドラゴンの硬い皮膚を貫き、奥深くへと食い込んでいく。
シードラゴンは、大口を開けて悶絶する。その口から、巨大な泡がボコボコと噴き出した。
「今だ!」
俺は、領主から受け取った黒光りする球体を素早く取り出す。これは特大エアボムだ!ボムの突起を殴りつけて起動させた。球体からは微かな唸り声が聞こえ始め、10秒のカウントダウンが始まった。俺はそれを両手で押し出すようにして、シードラゴンが大きく開いた口の中に放り込んだ。
ドゴォォォォンッッッ!!!
体の中で大量の空気が発生したシードラゴンは、断末魔の叫びを上げながら、制御不能な塊となって海面へと浮かび上がっていく。
俺もその後を追い急いで浮上する。気圧の変化で体が軋むが、逃すわけには行かない!
海面に浮かび上がったシードラゴンは、最後の力を振り絞るかのように、大きく跳ねて空を舞った。その巨体は、まるで軍艦にボディプレスを仕掛けるかのように、猛スピードで落下してくる。
「させんぞ!山崩し!」
その時、侯爵の咆哮が響いた。ドレイク侯爵は、護衛の魔道士の魔法によって空へと打ち上げられ、空中でシードラゴンと交錯した。彼は大声で叫びながら、身の丈を超える大剣をスキル「山崩し」で薙ぎ払う。巨大な刃がシードラゴンの胴体を捉え、その落下軌道が大きくズレた。
ドスン!という轟音と共に、シードラゴンは軍艦の甲板に打ち上げられた。その巨体が甲板を揺らし、兵士たちが体勢を崩す。
「眉間に槍があるぞ!そこを狙え!」
侯爵の指示が飛ぶ。近接戦闘員たちが、シードラゴンの眉間に突き刺さったディープトライデントを見つけた。彼らは代わる代わる技を打ち込み、槍に攻撃を叩き込む。ディープトライデントは、その破壊不可能な性質のおかげで、攻撃を受け止めてはさらに奥深くへと刺さっていく。
「グアアアアアアッ……!」
断末魔の叫びと共に、シードラゴンはついに絶命した。その巨体が、甲板に横たわり、静かに息を引き取った。
「やったぞ!討伐成功だ!」
誰かが叫んだ。その声に続き、軍艦の甲板は歓声と安堵の声で満たされた。兵士たちは疲労困憊の様子だが、その顔には達成感が満ち溢れている。
海は落ち着きを取り戻した。カレントの渦も消え、シードラゴンもいなくなり、海の絶壁の下に見える神殿だけが異様な雰囲気を放っていた。
「あの~俺を海から引き上げてほしいんだけど……」
俺の声は歓声にかき消されて虚しく消えた。
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