伝説の勇者の息子の伝説 ~あまりにも最強無敵すぎるので自重して生きていたら、お前なんか王にふさわしくないと国から三下り半を突き付けられました~
まさひろ
第1章 伝説の始まり
第1話 伝説の勇者の息子
予言の書曰く。
『世界が闇に包まれる時、光の勇者が現れてその闇を払う』
果たしてそれは現実のものとなった。
魔族の王である大魔王アルスバーンは突如として人族領域へ侵攻を開始、その圧倒的な力を持って瞬く間に版図を塗り替えた。
だが、闇あるところに光在り。
人族の希望の光でもある勇者もまた、この世に生を受けていた。
その名はアレン――勇者アレン。
百の剣技、千の魔法をあやつる彼は、無敵要塞と謳われた神官騎士ロードナイト、深淵なる大図書館と謳われた大魔導士キャルライン、千里を見通す眼と呼ばれた弓使いのラクロらと共に、万里を超える冒険の旅を送り、三日三晩に渡る死闘の末に大魔王を討ち果たした。
かくして闇は払われた。
勇者の仲間たちはかつての居場所へと帰っていったが、勇者は魔王によって廃墟となった街にひとり残った。
そこには、彼の想い人であるユスティニア姫が待っていたのだ。
かくして勇者と姫は結ばれ、神聖エラスティア王国は復興の道を歩み始める事とあいなりました。
ポロロンと吟遊詩人が絃を爪弾きそう締めくくる。
一拍おいて酒場からは割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
ここ、神聖エラスティア王国において、第二の建国神話とも言われる、現国王――つまりは元勇者の冒険譚は定番中の定番であるが、その人気は衰えるという事を知らない。
「いやー、いつ聞いても良いもんだ」
「ああ、結果が分かってるとは言え、大魔王との戦の場面では手に汗がにじんじまう」
「おうよ。パーティの守りのかなめ。無敵要塞の牙城が崩れた時にはどうなる事かとひやひやしちまった」
「あらあら、私はやっぱり王妃様が崩れ落ちた教会でひとり祈りをささげながら待ち続けるシーンよねー」
「そうそう。あの優しく気高い王妃様が、三日三晩なにも口にすることも眠る事さえ無く祈り続けるシーンは目頭を熱くせずには居られないわー」
老若男女、かわるがわるに感想を言い合い、手にした飲み物をのどに流す。
そうして、人々が歓声を上げる中で、酒場の奥に座っている青年は、皮肉げな笑みを浮かべてジョッキを傾けていた。
「おいおい、アレックス。お前の親父の武勇伝だろ? もっと楽しそうに聞いたらどうだ」
青年の隣に座っていた男は、下卑た笑いを浮かべながら、アレックスと呼ばれた青年を肘で小突いた。
アレックスは、く、く、と喉の奥で笑い声を発すると、肩をすくめてこう言った。
「まーな、親父のおかげで、俺はこうして毎日酒が飲める。こんなに楽しい事はないねぇ」
「ぎゃはははは。言うねぇこの放蕩王子」
放蕩王子と揶揄されたアレックスは、まったく気にした様子を見せずへらへらと笑って見せる。
アレックスはこの国の王子である。本来ならばこの様な場末の酒場にいていい人間ではないが、一目でそうとは分からないほどに彼はこの場になじんでいた。
くすんだ金髪に、ややたれ目がちな生気のない瞳。着ているシャツは上質なものだが、自堕落に着崩しており、彼が王子と言われても、彼を知らない人はまず信じる事はないだろう。
「まぁまぁ、くだらない話は置いといて、ゲームの続きと行こうじゃないか」
「けけけ、そうかいそうかい。そんじゃー払い過ぎた税金を個人的に返してもらうとするかねぇ」
「かかか。遊び人のお前らが税金うんぬん語るんじゃねーよ」
彼らはそう言ってテーブルにカードを並べ始めた。
その様子を見て、他の客たちは眉をしかめたり、そもそも見なかった事にしたりした。
『ぼんくら王子』『バカ王子』『勇者の出がらし』『失敗作』
アレックスを侮蔑する言葉は枚挙にいとまがない。
だが、当の本人はそれらを右から左へと聞き流し、悠悠自適の日々を送っていた。
そして、その有様を見て、誰もがこの国の将来を憂い、天を見上げるのであった。
★
この国、神聖エラスティア王国は、激動の国である。
人族領域の外苑に位置するこの国は、魔族に対する人族の盾であり矛でもあった。
人族未踏領域であったこの土地を、初代国王グラスティンが切り開いて以降、この土地を巡って幾度となく魔族との戦が繰り広げられた。
そして、さかのぼる事30年前、大魔王アルスバーンの進攻により、この国は一度完全に魔族の支配下に置かれる事となった。
大魔王を打ち倒して、魔族の支配下から解放されたこの国に残っていたのは、焦土作戦により廃墟となった無残な街並みであった。
草木一本残らず焦土と化した無残な国土。しかし勇者アレンは中央からの声を無視してここに残り、唯一生き残った王族であるユスティニア姫と結ばれた。
ふたりはすべてが失われたところから、国の再建を開始した。
それは途方もない苦労の連続であったが、勇者の絶え間ぬ努力と、姫の惜しみない献身によって、ひとり、またひとりと国民が増えて行き、今では大陸で最も活気あふれる国とまで言われるようになった。
アレックスは、国の復興がひと段落したときに生を受けた子である。
伝説の勇者であり、歴史に刻まれる王の息子という事で、その生誕は大いに祝われた。
だが、その熱は直ぐに冷める事となった。
彼は、剣の腕も魔法の腕も凡庸以下。それならば知力の方はいかほどかと思えば、稽古をサボるのに小細工をろうする程度で、政治にも全く興味が無いと言う有様だった。
『勇者最大の誤算』『竜がトカゲを生んだ』『無能王子』
かくして、アレックスには様々な蔑称が送られる事となったのである。
★
「おーし、おし、おし、来い、来い、来い!」
「けけ、それはどうかな? 降りるのなら今だぜ?」
「嘗めるな、今日の俺はきてるんだよ!」
カードゲームに興じる一団に、つかつかと歩み寄ってくる人物がいた。
そのものは、シックなメイド衣装を身に纏い。黒髪を頭の後ろで纏め、銀縁の眼鏡をかけた美しい女性であった。
「こんな所にいたのですか、探しましたよ、お坊ちゃま」
「うるさいな、今いい所なんだから引っ込んでろセシリア」
アレックスは、眉根を寄せるメイドに視線を向ける事無くそう言った。
「そう言う訳には参りません。
公務をほっぽり出して何をしているかと思えば、呑気にカードゲームですか。少しはご自分の立場をお考えください」
「公務? くだらないパーティだろ、俺が居てもしらけるだけだ」
アレックスはへらへらと笑いながらそう言った。
「下らないパーティではございません。中央とのパイプを作る重要な機会でございます」
「は、は、世知が無いねぇ。ウチは所詮中央の番犬ってことか」
「それがお分かりなら、今すぐ王城にお戻りください」
「いやだよ、めんどくさい」
アレックスはそう言って大あくびをする。
城から抜け出して来た主人を、彼の従者が出迎えに来る。
この風景も、住人にとっては見慣れたものだった。
ところが、この日はそれだけにとどまらなかった。
酒場のドアを蹴破るような勢いで、追加のメイドが現れたのだ。
彼女は、青白い顔に大量の汗をかきつつ、何事かをセシリアに耳打ちした。
そして、それを聞いたセシリアも顔色を変える。
「お坊ちゃま、火急の要件です。今すぐ王城にお戻りください」
「なんだ、どうした? 親父でもぶっ倒れたのか?」
アレックスは間延びした声でそう尋ねる。
そして、それに対するセシリアの答えは――無言だった。
「おい、マジか?」
事態の重大さを悟ったアレックスは、眉間にしわを寄せながらそう言ったのだった。
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