第936話 風情


「呆然……?」


「違う! バウゼムだ。我が名はバウゼム、公爵悪魔だ」


 へー、公爵級か。自分から教えてくれるなんてありがたいな、聞く手間が省けたぜ。にしても公爵級か。これは初めて戦う相手だし気を抜けない。ただ、


「撲滅?」


「違う! バウゼムと言っているだろう! これだから人間風情は。この高貴な名前も聞き取れないとは、全く我が直々に処断せねばならぬ様だな!」


 こいつはまだ精神的に成熟していないようだ。名前の聞き間違いでこんなに怒るんだからな。まあ、悪魔からしたら自分の名前は大切なのだろうか。俺は自分の名前なんてただの記号としか思っていないんだが?


 何はともあれ、公爵級、しかもネームドモンスターともなれば俺でも負ける可能性は全然ある。できるだけのことはやっておかなければならない。


「バイでん?」


 ピキッ


 三度目の聞き間違い煽り? をすると悪魔の何かが切れる音が聞こえた。これは相当ご立腹のようだ。まあ、それが狙いだから作戦通りだな。


「クックック。人間如きが我を愚弄しようとはな。雑魚だからと大目に見ておけばこの様か。貴様には死以上の苦痛を持ってその罪を贖ってもらおうか!」


 あっちゃー、これは予想以上に怒らせてしまったパターンだろうか。おでこに極太の青筋が浮かび上がっている。いや、青筋じゃなくて黒筋か?


 一旦冷静になって敵の様子を伺ってみる。見た目はオーソドックスな悪魔のフォルムで、二足歩行で翼が生えている、そんな感じだ。だが、それに加えて隆々と盛り上がった筋肉が地面を抉っている。これは俺が煽った結果、力を暴発させているのだろうか。


 だが、ただ単に力が強いだけじゃ俺には勝て


 ガシッ


 俺は反応する間も無く首を掴まれていた。


「楽に死ねると思うなよ、人間風情が」


 俺としてはどんなに苦しくても殺してくれるなら万々歳なだけどな。本当に殺してくれるんだろうか、この悪魔は。


「死ね」


 貫禄のある声で、そう告げると悪魔はその逞しい腕に力を込めた。掴まれている俺の首はいとも容易くへし折れた、はずだった。そう物理攻撃無効が無ければ。


 俺は驚愕の余り目を見開く悪魔と目が合った。とっても気まずかった。


「なあ、もうこの腕離してもらってもいいか?」


「あ、え? あぁ」


 先ほどまで威勢の良かった悪魔はどこへ行ったのか、すんなりと俺の要望に応えてくれた。俺のことを倒せない敵と判断したのだろうか。あそこまでイキったのなら最後まで頑張って欲しかったな。


「なあ、今ここで死ぬのと俺に協力するのどっちが良い?」


「なっ? カハッ……」


 俺は悪魔にやられたように相手の首を絞め、二択を迫った。


 えーっと、この後は少し力を入れて、


「楽に死ねると思うなよ、悪魔風情が」

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