第369話 懐かしい顔

~ハルが異世界召喚されてから4日目~


〈王国領武器防具店〉


 魔法学校の授業を滞りなく終えたAクラス一堂。ハルが何もしなければ帝国からの襲撃があった日だが、勿論それはマキャベリーが止めている。


 明日のレベルアップ演習でクロス遺跡へと行くAクラスは放課後、武器と防具を揃えに行った。


 その誘いを断ってもよかったが、前回の世界線では襲撃が実際に行われ、剣聖オデッサがそれを止めたにしても放課後の買い物を提案する者がいなかった可能性が高かった。


 つまり、明日のレベルアップ演習に、アレックスを目覚めさせるためには必ず行かなければならない。ここで誰かが怪我をしたり誘拐されてしまっては、いつもの世界線通りにならないかもしれない。実際にアレックスが覚醒するのは2日後クロス遺跡に入ってからだが、ましてや明日、アジールのメンバーと対話ないしは戦闘を繰り広げる。もしハルの思うようにことが進めば、同時にアレックスの覚醒まで進行する。


 ハルは少しの変更で世界が大きく変わっていく様子を今まで見てきた。明日それが変わらないように今は最善を尽くす。


 様々な武器をただ視界にいれながら徘徊していると、Aクラスの女子生徒達の声が聞こえてきた。


「やめてください!」

「やめてって言ってるでしょ?」


 マリアの拒絶する声と、ゼルダの落ち着いた声。


「なんだよ?一緒に選んでやるって言ってんじゃん?」

「なぁ?」

「グッフフ」


 マリア、アレックス、ゼルダ、クライネ、リコスが柄の悪い冒険者3人に絡まれていた。


 ハルは思った。


 ──このあとどうなんだっけ?


「離れろ」


 スコートがハルの後ろから現れ、ゼルダ達Aクラスの女子生徒と3人の冒険者の間に立つ。


「なんだぁ?お前?」


 茶色い髪の冒険者が言う。


「俺はゼルダの護衛だ」


 目のつり上がった冒険者がそれに反応した。


「へぇ~ゼルダちゃんっていうのかぁ」


 ゼルダは頭を抱えて呟いた。


「この馬鹿」


 スコートは真剣な表情でもう一度言う。


「離れろ」


「おいおい、良いのかよ?お前ら魔法学校の生徒だろ?この王都じゃ魔法の使用は厳禁なんだぜ?」


 冒険者の1人がそういうと、ハルは思い出す。


 ──そうそうこんな展開だった。


 同じAクラスの男子生徒デイビッドとアレンもこの輪に加わった。


「なんだよぞろぞろと、お前ら表出ろ」


 冒険者の1人が言うと皆、店を出る。


 ニタニタと笑っている冒険者3人組と不安な表情をしているマリア達女子生徒、毅然としているスコートとハルは冒険者達のあとをついていった。


 店を出ると街の喧騒が次第にこちらへと注目するのが窺える。


 スコートがAクラスの代表として前へ出た。相対するは茶髪の冒険者。残る2人はその後ろでこちらをおちょくるような視線を送っている。


 学則によって魔法を封じられたスコートは先ほど購入した剣を振りかぶり冒険者に打ち込んだ。


 冒険者はそれを腰に差した長剣で受け止めるが、予想以上にいいうち込みだったため、驚いた表情をしている。


 剣を打ち込んだスコートが呟く。


「剣技…連撃……」


 スコートによる連続攻撃によって、冒険者の長剣は弾き飛ばされた。冒険者はその場に尻餅をつくと、群がった観衆達が声をあげる。


「「「オオオオ!!!」」」


 沸き上がる歓声を浴びながら、スコートは剣の切っ先を冒険者の眉間に突きつけ、そのまま冒険者を見下ろして告げた。


「これに懲りたら二度と近付くな」

 

 見事勝利をおさめたスコートは後ろを振り向き、長剣を腰にさしながら、仲間達の元に帰ろうとしたその時、勝負に敗れた冒険者が、背中を向けるスコートの腰目掛けて体当たりした。


 驚いたスコートは流石の身のこなしでも避けることはできない。地面に顔を激突させず、仰向けになるよう半回転しただけでも拍手を送りたい。


「きゃっ!」

「ちょっと!!」


 Aクラスの女子生徒達が悲鳴をあげる。


「きたねぇぞ!!」

「この卑怯モンが!!」


 野次馬達から冒険者へ罵声が轟く。

 

 背中を打ち付けたスコートに馬乗りとなり、冒険者の男は拳を振り上げるが、ハルがそれを止めた。


「それはダメだよ」


 ハルは冒険者の脆すぎる手首を優しく握りながら、伝える。


「さぁ、立って」


 冒険者の男は手首に激しい痛みを感じているのか顔をしかめている。言う通りにしなければ手首を握り潰される。そう悟った冒険者は、ゆっくりとスコートを踏まないように立ち上がる。


 ハルはにっこり笑いかけ、手首を離した。


 冒険者の男は握られた部分を庇うようにもう片方の手で抑え、呆気にとられていた。


 その様子を見たハルは、残る冒険者2人に向かって歩く。

 

「おい!何やってんだよ!?」

「乱入するなんてズルいぞ!!」


 ハルは自分にふりかかる罵倒を一身に受けて考える。


 ──どうしよう……殴ったら殺しちゃうし……


 ハルの考えがまとまらない内に冒険者の2人は短剣を構え、斬りかかる。


 Aクラスの女子生徒達の悲鳴を後ろで感じながら、ハルは振り下ろされる2つの刃を両手の人差し指と中指の間に挟んだ。


 冒険者達は2本の指に挟まれた短剣がびくともしないことに驚きつつ、声をあげた。


「離せ!!」

「は、な、せ!!」


 ハルは2本の指を閉じるように軽く力を入れると、挟んでいた刃が折れる。


 それを目の当たりにした2人の冒険者は青ざめ、驚愕する。


 ハルは人差し指と中指をチョキチョキと閉じたり開いたりしながら言った。


「ちょんぎっちゃうぞ~……」


 2人の冒険者は手首を抑えて放心状態の茶髪の冒険者を置いて逃げていった。


「「「おおおおおおおお!!!」」」


 野次馬達がハルに称賛を送ると、ハルは振り返って若干困惑気味のAクラスの生徒達に言った。


「じゃあ明日……いや僕は明日用事があって明後日現地で合流すると思うからよろしくね!!」


 これで心配事がなくなったハルはクロス遺跡へと向かった。


─────────────────────


~ハルが異世界召喚されてから5日目~


 昨夜、クロス遺跡に到着したハルは、普段観光地として賑わうこの場所を観光客のふりをして散策する。


 昔懐かしい場所として郷愁に浸る老人や、愛を誓って間もないカップル、将来を夢見る子供達とそんな彼等の成長を喜ぶ親達と駆け出しの冒険者。


 一体誰がアジールのメンバーのベルモンドなのか、既に何人かがクロス遺跡にある塔の中へと入っていったのをハルは見ている。


 入り口を見渡す観光客や奥へ進む冒険者達。ハルは遠目から彼等を観察している。


 遺跡の管理者であるグレアムの姿は見えない。


 入っていく人数と出ていく人数を確認するハルは、小学生の頃に似たような算数の問題を解いたことを思い出していた。


 ──新しく5人入ってい、3人出ていった……残るは……


 計算していると、団体の観光客がやって来た。


 ──っ!?1、2、3、4、5、6、7、8、9、10って動くな!!


 一生懸命数を数えるハルだが、その観光客の輪にいる1人の、自分と同じくらいの少年に目が行く。


 フードを被っており、顔までは確認できなかったが、何故か目で追ってしまう。背格好からして男か女かわからない筈なのに、ハルは少年と決め付けていた。


 その『何故か』がハルの脳裡を行ったり来たりする。


 そのせいで、ハルは現在何人が塔に入り、何人が出ていったのかわからなくなってしまった。


 ──やばっ!!


 自分も塔の中へ入るべきか、いや入ったら自分のことを認識される恐れがある。それだけは避けたかった。


 ──それでも、バレないように慎重に……姿を消す魔法『バニッシュ』を使えば……


 ハルが魔力を練ったその時、魔法を唱える必要はなくなった。


 団体の観光客が外へと出てきたのだ。それだけでなく先ほど、何故か、気になった少年がその団体にはいない。


 ──あの少年がベルモンド……


 ハルはこの結果に納得できた。自分の第六感も捨てたもんじゃないと思い、少年の帰還を待った。


 というのも現在あの少年は、ユリに対して地下施設を脱走させるような言葉を投げ掛けている可能性が高い。昨日と同様、ハルは自分の知る未来を確実なものにする為、余計な行動を慎むようにしている。


 先に塔に入っていた駆け出しの冒険者達が続々と帰ってくる中、少年はまだ帰ってこない。その間ハルはミラについて考えた。


 どうしたら自分を思い出してくれるのか、それともミラがハルを思い出すことで前回の世界線のように傷付いてしまうのではないか。ハルはミラの胸と口から大量の血が流れていたことを思い出す。


 ──そもそも僕のことをミラちゃんが思い出して、僕はそのあと何がしたいんだ?


 自分だけがミラのことを知っているもどかしさを解消させたい?何故異世界へ召喚されたのか究明したい?同じ価値観を共有したい?ミラと付き合いたい?


 ──ミラちゃんがそれを望んでいないかもしれないのに?


 次第にネガティブな考えに苛まれるハルだが、もしミラが今まで経験した災難がハルと同じようなスキルによってもたらされたのだとしたら、それは解いてあげたい。


 それを解くならまず自分のこの変なスキルを解除できなければ、おそらくはミラのそれも叶わない。


 ──今度ルナさんに会ってみようかな……


 困った時の神頼み。しかし、自分が死にそうになった時、精神的に追い詰められていた時、神ディータは助けてくれはしなかった。


 ──助けてくれる見込みは薄そうだな……なのになんで前回の世界線では助けてくれたのだろうか……


 日が沈みかかっている。先程まで賑わっていた塔の周辺には、誰もいなくなっていた。ハルは塔の上階へと目をやる。たまに冒険者達が顔を覗かせ、自分達の位置を確認したり、一息ついたりしているのだが、誰一人見当たらない。塔の中は誰もいなくなったようだ。


 上階から塔の入り口に視線を滑らせると、ハルがあたりをつけていた少年が塔の入り口に佇み、腕を組んでいる。勿論フードを被っていて顔は見えない。


 少年は言った。


「いるんでしょ?出てきなよ」


 ハルはその第一声を聞いて、違和感を覚える。


 ──あれ?…どこかで聞いたことのある声だ……


 しかしその違和感を胸に仕舞い、少年ベルモンドの近くまで向かった。


 ハルは少年ベルモンドがどんな攻撃をしてきても対処可能な位置で止まると、少年が口を開く。


「あれ?思ったより若いんだね」


 少年はハルの顔がよく見えるように、フードを片手でめくりながら言った。


 少年の素顔が顕となる。


 ハルはその顔を見て驚愕した。


 ──ぇ……


 思い出したくなかった過去を、自己を否定し、心を傷付けていた日々を救い出してくれた少年と同じ顔がそこにはあった。


 ハルはベルモンドなどという名前ではなく、自分が知っているその少年の名を呟く。


「…フェルディナン……」 

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