第325話

~ハルが異世界召喚されてから23日目~


<ポーツマス城の一室>


 マキャベリーは椅子に腰掛け、横長の長方形のテーブル越しにイズナ、ルナ、ユリ、レオナルドを前にしている。


 マキャベリーはルナの保護を目的に隔離するつもりであったが、ユリに呼び止められ、ある封のしてある手紙を渡された。それを目にするとトールマンの署名と誓約の際に用いる魔道具でこう記されていた。


『ハリー・トールマンが死した時、この封は開かれる』


 マキャベリーは一瞬、思案したがすぐにユリに向き合い、ついてくるように伝え、同時にイズナとレオナルドの同席も許可した。 


 マキャベリーは4人に話し掛ける。


「さて、皆さんにも一緒に見てもらう必要がありますね」  


 マキャベリーがユリから受け取った手紙を開こうとすると、マキャベリーの後ろに立っているチェルザーレが口を開く。


「その前に、メル。出てこい」


 チェルザーレは誰に向かって言うでもなく、ただ真っ直ぐを見据えながら言った。


 部屋の隅、影を落としている部分から目のすわった少年が現れた。


 イズナとレオナルド、ルナは驚く。


 メルは罰の悪い表情を浮かべ、頬に冷や汗をかいた状態でユリの近くに寄る。


「安心しろ、お前を殺そうとは思っていない。寧ろ事態は切迫している。お前の協力が必要だ」


 チェルザーレはメルから近くにいるユリに視線をずらす。


「そしてお前、お前は妖精族だな?」


 ユリの表情が強張る。チェルザーレを目にしてからユリは自分の肌が泡立つのを感じていた。

 

 妖精族という単語が唐突に出てきてイズナ達はユリの方を向いた。ユリは口を開く。


「妖精族だから、それがどうしたというの?」 


「母親はミーナか?」


 ユリは目を見開く。


「っ!!?どうして貴方がそれを……」


「ミーナは何をしている?」


「死んだわ……」


 それを受けてチェルザーレは長い年月を省みるかのように目を閉じる。


「すまなかった……」


「何故謝るの!?貴方は何を知っているの?」


「私は竜族だ」


 チェルザーレが明け透けに放った言葉にイズナ達はまたも驚いた。そしてマキャベリーが話を止める。


「その話はそこまでにして、今はこの事態を収集することに尽力すべきです」


 ユリとチェルザーレは口をつぐむ。マキャベリーはチェルザーレがここまで自分の話をすることに危機感を覚え、話を中断させた。


 マキャベリーはユリから受け取った手紙を開く。


『この世から去りて、未来について思いを馳せることは多々あった。このポーツマスを代々守り、統治してきた我が一族に顔向けできない汚名を塗ったのは私の責任である。だが、更なる汚名が塗り重ねられることだけは避けたい。私の名を騙り、フルートベール王国の者を暗殺しようと画策する者達がいる。私は使者を用いてその者達の拠点を割り出したが、彼等は行方知れずとなった。私は自分の身の危険を感じたが、何より恐ろしかったのは私のせいでポーツマスの民が困窮し命を落とすことだった。どうか私が死んでも、フルートベールと手を取り合い、ポーツマスを陥れようとする者達を捕らえて頂きたい。』


 マキャベリーは顔を上げ、イズナ達に訊いた。


「ハル・ミナミノさんは今何処にいるのでしょうか?」


 その問いに皆が黙った。少し間を置いてユリが口を開く。


「その、トールマンという方の組織しているアジトへと昨日の夕方行ったっきり帰ってきていません。しかし、この手記にはトールマンさんとは違う別の者が関与しているようですね……」


 ユリは一点を見つめ、混乱し始める。チェルザーレがユリの代わりに答えた。


「罠にかかったようだな……そのハル・ミナミノは単独でシドー・ワーグナーを倒せる実力の持ち主だ。その者を罠に嵌めることができるのはもう奴等しかいない」


「「奴等?」」


 ユリとイズナは声を揃えて訊いた。


「アジール……」


 マキャベリーの口から聞き慣れない単語が口にされる。すると、一堂を横風が襲った。締め切られていた筈の窓が開き、風と共に少年が侵入してきた。


 黒髪でどこにでもいそうな少年は窓枠に座り、一堂を眺めている。そして口を開いた。


「まさか、あのお爺さんがこんなことを仕込んでいたなんて!僕達の調べでは帝国至上主義者だと思っていたけれど、これも年齢による心境の変化かな?面白いよね?」


 ユリは少年と目を合わせた。


「貴方は……」


「やぁ、ユリ?久し振り!」


 ランスロットは手を上げて応えた。ユリはクロス遺跡の地下施設のことを思い出し、拳に力が入る。しかしその前にチェルザーレが叫び、刃が蒼白く光った長剣を虚空から取り出して、斬りかかった。


「ランスロットォォ!!!」


 ランスロットは尖端が二股に分かれた槍を取り出し、チェルザーレの攻撃を受け止める。しかしチェルザーレの体躯からは想像も出来ない程の衝撃により、ランスロットが座っていた窓枠はおろか、壁一面が破壊され、2人は鍔迫り合いをしながら城から落下していく。


 その一部始終を見ていたイズナ、ルナ、レオナルドは固まっていた。


「ランスロット……?」


 そんなイズナ達を置いて、マキャベリーはルナの手を引き、この部屋から出ようとしたが、紫色のドレスを着た女が部屋に入ってきた。


「あれ?ベルモ……ん……もういいわ、ランスロットはどこ?もう来ていると思ったのに」


─────────────────────


 ギラバはたくさんの護衛を引き連れ、馬車に乗り、今後の帝国と王国、引いては世界各国の情勢を視野に入れながら黙考していた。


 四国軍事同盟と帝国が休戦協定を結ぶとなると暫く戦争の脅威からは逃れられる。商工の行き来は自由になり、力を付ける商人達が増えるだろう。そうなると、もともと商人達のギルドから起こった商国の独断場になりかねない。商国とは有効な関係を築きながらそのノウハウを教わるのが最適かもしれない。国内外の法の改正や共通通貨も可能性としては大いにある。


 没落する貴族や法国のように王政をやめてしまうこともあり得る。戦争が終わり平和になると、今度は過去の遺恨を持ち出す輩も現れるだろう。それならば、今から向かうポーツマスでその遺恨が残らぬよう恒久的に解決するのが、今の自分の責務であるとギラバは息込んだ。


 そんな未来視を止めると、それに合わせるように馬車も動きを止めた。


 ギラバはポーツマスに着いたかと思い、馬車の小窓から外の景色を見た。確かにポーツマス城は見えるが、まだ遠くにぼやけてそれが見える。先頭を走る護衛が馬上から誰かと話しているのが風に乗って聞こえてきた。


 内容までは聞き取れないギラバは馭者に問い質した。


「どうした?なにかあったか?」


 馭者は答える。


「それが、冒険者が行く手を阻んでいるようで……」


 ギラバはまた思考の世界へと入った。


 ──今さら冒険者を雇って、この警護の中我々を足止めする必要などあるのだろうか。


 帝国が(正確にはハルが進言したのだが)休戦協定という甘言を提示し、ノコノコとやってきた国の使者を殺す。


 ──国力の低下を狙って?


 しかし、ギラバはそれを見越していたかのように必要以上の警護を連れてきていた。やはり未来視は役に立つ。


 ──すぐに馬車は動き出すだろう……


 フンと鼻をならしてギラバは馬車にあつらわれているフカフカのソファに腰を預けた。


 しかしなかなか馬車は前へ進まない。


「何をしている?相手の冒険者は何人いるのだ?」


 馭者は自分に怒りの矛先が来るのを恐れているかのように答える。


「1人です……」


「なんだと!?」


 ギラバは再び、今度は窓から乗りだして先頭を凝視すると、目映い炎が警護の1人を燃やしている光景が目に焼き付く。


「な!?」


 ギラバはすぐに馬車から降りた。そして、相手を見た。猫のような耳を頭につけ、人間のものよりも尖った歯を覗かせる。フワフワの尻尾を踊らせた獣人の冒険者がいた。


「これは…国家反逆罪だぞ……あの獣人はことの重大さに気付いているのか!?」


 ギラバの持つ鑑定スキルを通さないでもその者の実力がわかる。冒険者の首にはDランクの証であるプレートが首からさげられていたからだ。


「捕らえろ!」


 ギラバの命令に、警護の兵士達は動いた。捕らえるという命令に対し、馬上からそれを遂行するのは難しい。警護の任務の中でも下っ端の歩兵が率先して冒険者を取り囲んだ。


 長槍を構えながら獣人の冒険者を威嚇する歩兵達。馬上からそれを眺めている先輩騎士がギラバに代わって指揮をとる。


「いけ!」


 歩兵達は槍で冒険者の肩や脚を突こうとしたが、どの槍もすり抜けるようにして肉を刺す感触がなかった。その違和感を隣の歩兵達に目を合わせて共感を得る。そして、訴えるように先輩騎士を見上げた。


「何をしている!?さっさとやれ!!」


 いや、やってるんだけどと戸惑いながらもう一度冒険者と向き合う。冒険者は肩を竦め、尻尾を踊らせながらて微笑んでいた。


 ギラバは冒険者の動きを全く目で追えなかった。それどころか本当に槍が身体をすり抜けたように見えていた。


「こ、これは光属性魔法か……?」


 ギラバは両眼を光らせる。生まれつき鑑定スキルを持っていると、会う者達は良い顔をしない。自分のステータスがさらけ出されているのは、その者の全てを見透かすことになるのだから。敵対する者の実力がわかれば、自分よりも強者の場合、その場から速やかに立ち去り、対策を練る。生存率を上げ、そして倒してきた自負がギラバにはあった。


 ギラバは相対する獣人の冒険者のステータスを見た。


「たかがレベル13の相手だ!私が光属性魔法を払う。その間に捕らえろ!」


 ギラバの命令を聞いていた歩兵は槍を再び構えた。その命令を獣人の冒険者フェレスも一緒に聞いている。


「にゃ~、そっか!今日は隠さなくても良い日にゃ♪」


 意味ありげな言葉に歩兵と騎士は首を傾げる。ギラバは第二階級聖属性魔法を使って幻視を見せていると思われる冒険者の魔法を解こうとしたが、敵が魔法を唱えた形跡がなくそれは無為に終わった。ギラバも首を傾げるが、その時、チラと冒険者のステータス数値が変動したのを目にする。


「は……ミストフェ……お、お"ぅ"ぅ"え"!!」


 ギラバは吐き気を催し、その場で嘔吐する。


【名 前】 ミストフェリーズ

【年 齢】 1821

【レベル】 150

【HP】  1765/1765

【MP】  1826/1826

【SP】  2546/2546

【筋 力】 1204

【耐久力】 1201

【魔 力】 1322

【抵抗力】 1386

【敏 捷】 1308

【洞 察】 1346

【知 力】 2631

【幸 運】 200

【経験値】 161154896/518940000


 こちらの数値の方が幻であると思うのが普通だ。だがギラバは己が持つ鑑定スキルに絶大な自信を有しているため、この数値を信じる以外の選択肢を持っていなかった。そのせいで胃の内容物を吐き戻し、綺麗な金髪を白髪に染め上げた。


 護衛が近寄り、四つん這いになって吐瀉物を撒き散らしているギラバを案ずる。護衛が触れた瞬間ギラバは怯えるようにその手を振り払った。その際に、のけ反り、その場に尻餅をついた状態で言った。


「や、やめろ!!速く、ここから逃げろ!!!」


 護衛は困惑している。槍を握った歩兵達は敵対している冒険者そっちのけでギラバを見ていた。


 護衛達の視線が注がれる中、ギラバは尻餅をついた状態から両足を使って後ろへ、お尻を引きずりながら後退する。


「む、無理だ……はやく、はやぐ逃げろ!!」


 目を剥いたギラバの異常な怯えように護衛達は固まる。普段の冷静沈着なギラバは見る影もない。 


「にゃっはは♪自分をさらけ出すのは気分が良いにゃ♪まぁまだいろいろ隠してるんだけどね♪枷が一つ外れた清々しさもまた一興。褒美を授けようか……」


 フェレスは魔法を唱える。


「火燕」


 黒い小さな鳥が現れた。燕のように翼を激しくばたつかせて上空に留まる。そして一瞬助走をとるようにその場から後ろへ上昇しながら後退すると、美しい黒い翼を広げながらフェレスから見て右半分の護衛達に向かって滑空する。 

  

 黒い鳥は音もなく護衛達を焼き付くした。少しでも触れれば痛みを感じることなく塵と化す。端から見れば黒い鳥が触れた者をどこかへ転移させているように見えた。しかしそれはあながち間違った表現ではない。その鳥は確かに冥界という帰郷ならざる場所へと転移させているのだから。


 護衛の右半分が消滅したことにより、残り左半分の護衛達はギラバ同様その場で怯えることしかできなかった。


「♪」


 フェレスは妖しく笑うと、次はどの魔法で葬ろうか思案に耽った。

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