第218話

 いつからだろう、僕の周りに気配を感じるのは。それはとっても近く、とっても遠い所でいつも僕を見張っているようだった。


 みんなもそう思うことがあるのだろうか?


 そう、それは僕が今読んでいる小説のタイトル『透明人間』のような者が、近くにいる気がするのだ。


 無視をしようとしてもその視線をことあるごとに感じる。読書をしている時、食事をしている時、ようをたしている時、寝ている時ですら透明人間が僕を見ている気がする。


 思考を得てからというもの僕が触れてきた様々な情報や想いが心の中で具現化されていくのを実感した。もっとたくさんの本を読んで、たくさんのことに触れて経験してみたいと思い始めた。もしかしたらそれが僕の希望であり夢なのかもしれない。


 これが僕の希望?


 そう思った矢先に、本を取り上げられた。


 明らかに悪意のある者から、悪意を向けられている。


「なんだー?こんなところにきてお勉強か?」


 悪意がそう言う。


 その時、僕は寒気を感じた。それは僕が今まで感じてきた寒気、長老やゾーイーと相対した時の寒気とはまた一味違う。


 気が付くと僕の前に透明人間が立っていた。透明なのに見えるのかと言われるかもしれないけど、彼は間違いなくそこにいた。


 そして透明人間は僕の身体に入って来た。


 そこからの記憶は曖昧だ。


 しかし、察するに僕はその悪意ある人から本を奪い返したようだ。彼の指を切り落として……



───────────


「うがぁぁぁぁぁぁ!!!」


 男は叫んだ。


「な!?どうしたんだよ!!」


 ハルの前に立っているパッグウェルの仲間が言った。男は指を抑えながらうずくまっている。


「おいおい?どうしちまったんだー?」


 パッグウェルがレッドの肩に腕をまわしたまま言った。


「指がぁ!!指がぁぁぁぁ!!」


 図書室に叫び声が響いた。しかしここは監獄だ。図書室にはハル達以外誰もいなかった。


「指がどうしたんだよ?」


 パッグウェルはしびれを切らしてうずくまる男の側に寄った。


 男の抑えている指をパッグウェルは力付くで引き剥がす。


「うぁぁぁぁ!!やめ……え?」


 指を切り落とされた男は恐る恐る自分の手を見た。指が失くなっているのを視認してしまうとまた新たな激痛が押し寄せることをこの男は知っている。そんなまだみぬ痛みに備えていたのだがそれは杞憂におわる。


 指は健在していた。男は確かに指を切り落とされた筈なのに、疑問に思う。


 すると刑務官が叫び声を聞き付け図書室にやって来た。


「お前ら何してる!!」


 刑務官が来ると、パッグウェルは舌打ちをしてレッドから離れた。


「やだな、ちょっと遊んでただけですよ」


 パッグウェルはそう言って仲間達についてくるよう促した。指を切り落とされたと勘違いした男は不意にメルの持っている本に目をやった。そこには血がついていた。


 なんとか事なきを得たハルは、ほっと胸を撫で下ろす。


 指が切り落とされるのを確認したハルは直ぐに第三階級聖属性魔法を唱えて指を元に戻したのだ。


 なぜこんなことをしたのか、ハルにもよくわかっていなかった。身体が勝手に動いたと言えば確かにそうなのだが、心を開いたメルが懲罰房に入ることを恐れたという理由もそこにあった。後はメルの反応を色々と近くで見たいという理由もある。


 今回はメルが悪意を向けられたから攻撃したと思うのだが、ハルはもっと詳しくその理由を聞きたかった。というのもそれだけの理由で男の指を切り落とした訳ではないと、あの攻撃でハルは感じたからだ。


 ハルとメルが自分の牢屋へと戻る時、レッドは俯きながら歩いていた。自分のせいで2人を巻き込んだことを責めているのかもしれない。


「僕達は大丈夫だから、また明日字の勉強をしよう」


 ハルはレッドにそう告げた。


 そして牢屋につき就寝時間に入る。


「どうしてあの男を攻撃したの?」


 ハルは切り出した。


「…………」


 メルはこの夜、初めて会った時と同様、口のきき方を忘れてしまったかの如く黙ったままだ。人形の様にある一点をメルは見つめていた。まるでそこに透明な人間がいるかのように。

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