第200話

 暗い地下牢の中でレオナルドは妻と息子達、戦士団のことを考えていた。自分のせいで皆に迷惑がかかってしまったことを申し訳なく感じている。戦士とは常に死と隣り合わせな職業だ。いつ死んでもおかしくない。だから死ぬ覚悟はできていた。しかし、処刑で命を落とすのとは少し訳が違う。明日、確実に自分が死ぬ。そう思うと後悔の念があとをたたない。


 階段を降りてくる足音が聞こえる。こんな真夜中に地下牢へ何のようだとレオナルドは訝しんだ。


 しかし、足音でわかる。これはシーモアの足音、チェルザーレの護衛だ。レオナルドはシーモアと相対した時、寒気を感じた。戦闘中のイズナにも感じたことがないこの寒気は自分の命が握られている様な感覚だった。


 ──シーモアが……なんのようだ……


 すると今度は別の2人の足音が聞こえた。そして声が聞こえる。


「そこをどけなんて言わない……おし通る!!」


 ──エリンか!!?もう一つの足音はルナ殿か?


 レオナルドは声を張り上げた。


「ここへは来るな!ルナ殿と早く逃げろ!!」


「レオナルド様!!待っててください!今からコイツをぶっ倒します!」


「よせ!!」


 エリンはレオナルドを無視して低い姿勢で助走をとり、シーモアとの距離がある程度縮まると、飛び上がってシーモアの顔に飛び蹴りを入れる。端から見ればエリン自身が攻撃魔法に変化したように見えただろう。


 顔目掛けて迫り来るエリンの攻撃を首を横に傾けてシーモアは躱す。


 攻撃を躱されたエリンは飛び上がった勢いのまま天井に着地した。そこを足場にして今度はシーモアの後頭部を同じようにして攻撃する。シーモアは背後から来るエリンの攻撃を半身になって躱す。今度は地下牢の床に着地したエリンは低い姿勢のままハイキックをしたがこれも躱される。攻撃を仕掛けた足をそのまま振りきり、床につくと後ろへ飛び体勢を整えた。


「すごい……」


 ルナはエリンの戦いぶりをみて感心していたが相手もただ者ではない。


「仲間が来るまでつっ立ってる気っすか?」


「……」


 エリンは一刻も早くレオナルドを助け出したい為に焦っていた。今度は拳技の構えでシーモアに向かっていく。


 拳を振り抜くエリン。一発一発が強力なファイアーボールのように見えた。それを流れるように躱すシーモア。エリンは回転して、裏拳を放つ。シーモアはそれをすれすれで躱した。


 ──さっきから速度が上がっている……


 シーモアはそう思うと、視界に風を感じる。エリンは裏拳を放ちながら風属性魔法をその手に付与していた。


 ──なるほど……拳技と魔法を合わせた範囲攻撃か。今まで体術のみの攻撃はこれを悟らせないため、つまり……


 次に大技が来ると悟ったシーモアはこの時初めて後退した。


 エリンは下がるシーモアの胴体目掛けて、この日最速の拳を放つ。風属性魔法を纏いながら。


魔拳『風神拳』


 エリンの拳と腕に竜巻が纏わりつく。シーモアは狭い通路ではこの攻撃を躱しきれないと思い、真っ向から受け止めた。


 突風が地下牢を吹き抜ける。

 

 ──風神拳か!?しかしこんな攻撃では……


 レオナルドの嫌な予感が的中する。エリンの拳を受け止めたシーモアは無傷だった。


 エリンはルナに呟く。


「ごめん……ルナっち、今すぐ私に支援魔法をかけて?」


 ルナはエリンに言われていた。もしシーモアが前に立ちはだかったら支援魔法をかけないで一対一の戦いをさせてほしいと。その誇りという我が儘がもう終わったのか、エリンはルナにお願いした。


 ルナは支援魔法『プロテクションヒール』並びに昨日の深夜、自分にかけた『ブレイブバイス』をエリンにかけた。


「ありがとう……ルナっち、逃げて?」


「え?」


「私がバカだった…少しはやれると思ったんだけど……コイツは化け物……お願い!私が時間を少しでも稼いでるから今すぐ逃げて!!」


 先程まで押していたエリンが何故そんなことを?とルナが困惑していると、エリンが叫ぶ。


「早く!!」


 ルナは階段をかけ上がった。足場のある壁まで全力で走る。地下牢での騒ぎ、エリンが放った風神拳により聖騎士達の走る音が宮殿内に響いていた。


 前方と後方から聖騎士達の足音が聞こえる。ルナは先の通路を慎重に進んだ。時には、彫刻の後ろに隠れ、騎士達をやり過ごした。


 ようやく壁に到着したが、足場がなくなっていた。そしてルナを扇形に囲うように続々と聖騎士達が集まってきた。


 ──ごめんなさい……エリンさん……ルクレツィア様……


 ルナの逃げ道を塞ぐ聖騎士達は左右へと別れ、一本の道をつくった。その道を通ってシーモアがだらんと力をなくしたエリンを担いでやってきた。


「エリンさん!」


「おとなしく部屋へ戻っていただけませんか?」


「エ…エリンさんは……」


「気を失っているだけです」


 観念したルナは部屋へと戻った。


 その様子を塔の一室から覗いていたルクレツィアは溜め息をついた。


 シーモアに連れられ、部屋に戻るルナ。シーモアはエリンを肩に担いだまま部屋を出ようとする。


「エリンさんをどうするおつもりですか?」


「貴方には関係のないこと」


「関係あります!エリンさんは私の侍女です!返してください!」


「貴女方は我々の命令を聞かなかった。そんな人の命令を私が聞くと思いますか?」


 ルナは言い淀む。


「こ、これだけは約束してください!エリンさんの命だけは……」


 シーモアは何も言わず去っていった。重たい扉が閉まり、ルナは再び部屋に閉じ込められた。

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