第187話

 チェルザーレとマキャベリーは馬車に乗り、ルナの待つロストの街へ向かっている。チェルザーレは馬車についている小窓を開けて外の空気を車内に入れた。外に目をやると夜空に浮かぶ雲を突き抜けて生えている大きな木が見えた。


「あと一時間程で到着だ」


 チェルザーレが落ち着いた声で言った。


「ゲーガン司祭は大丈夫でしょうか?」


 到着時間を合図にマキャベリーは抑揚のない声で質問する。聞こえによっては全く心配していないようにも捉えられる。


「問題ない。我々の目論見通り聖女達を歓迎していることだろう。寧ろ私が心配しているのはレオナルド・ブラッドベルの方だ」


 チェルザーレは大きな木に焦点を当て通りすぎてからも見えなくなるまでその木を目でおっていた。


「彼なら必ずやってくれますよ」


「……そうだな…ゲーガン司祭は人の神経を逆撫でする才能があるからな」


 二人の会話は走る馬車の音にかき消された。


───────────


 レオナルド・ブラッドベルの首を切り裂いた筈なのに、血が吹き出すどころか切り裂いた感触がない。こんなことは今までの暗殺者人生で初めての経験だとカストルは思った。しかしすぐにその初体験の正体が理解できた。


 レオナルドの魔法がカストルの背後から迫ってくる。カストルは瞬時にその魔法をナイフで受け止めたが、魔法の勢いに圧され体勢を崩しながら後退する。


 レオナルドは毒にかかった瞬間に第二階級魔法であるミラージュの上位互換魔法イリュージョンを唱え、部屋の隅で息をひそめていた。暗殺者が体勢を崩したのならば、すぐに追い討ちをかけるのが常套手段だが毒が抜けきっていないため出足が遅れたようだ。また、出足が遅れたもうひとつの理由として……


 ──子供……


 暗殺者が若すぎた。考えが纏まらない内に暗殺者カストルはレオナルドに再び襲いかかった。


 ナイフを駆使して的確に急所をついてくるカストル。しかし、その狙いが的確過ぎる故にレオナルドは攻撃を読みやすかった。誰かに教わったことを忠実に実行しているのだろうと戦いの最中、レオナルドは考えていた。カストルはナイフで目を突く、レオナルドは身体を半身にして躱した。


 ──身体も回復してきた……エクステリア殿とエリンが心配だ。


 突きを躱されたカストルはすぐにレオナルドから離れた。レオナルドは右手をカストルに向けて、魔法を放つ。


 掌から眩い光が発せられ、カストルは咄嗟に両腕を顔の前にもっていったが、両腕は言うことを聞かなかった。


 光はカストルの両手を手錠のように拘束した。カストルは直ぐ様部屋から出ようとしたが、今度は両足が拘束され、床に倒れた。レオナルドはカストルからナイフを取り上げる。廊下に出て隣のルナとエリンの部屋へ行こうとしたが、廊下には先ほどレオナルドが吸い込んだ毒煙の匂いが微かにした。そして、下の階で争っている音が聞こえる。


 ──くそ!早く向かわねば!!


───────────


 エリンは廊下を進み子供の影が見えた階段へと走った。階段に到着するまでの間に、王都にいる気取った貴族の娘達がかぐわせる臭いがした。その臭いは階段に近付けば近付くほど濃くなっていく。そして身体の痺れを感じた。


 ──毒!?


 すぐに袖口を口元に持っていき、走って階段まで移動したが、子供の姿は見当たらない。上から下の階を覗いたが誰もいなかった。下の階は毒の煙りの濃度が高いのがわかる。目で見えるほど煙が充満しているのが確認できたからだ。エリンはルナを引き連れ、この宿から脱出しようと考えたが、背中をナイフで引き裂かれた。


 エリンは着ている服が引き裂かれたのを感じる瞬間に身体を反転させ、後ろ回し蹴りを食らわせた。しかし、暗殺者はその攻撃をスルリと躱す。背中の傷は致命傷ではないが、血が流れているのをエリンは感じている。


 ──後ろをとられた!?こんな子供に!?


 淀んだ瞳、全身ほどよく身体の力が抜けている。暗殺者ポルックスはナイフを構えた。


 互いに向き合った状態でお互いの戦闘力を推し量る両者は、その計算が終わったのか、息を合わせるようにしてほぼ同時に動き出した。


 エリンの動きが相手よりも素早かった為に、暗殺者ポルックスは懐に入られないようにナイフを向かってくるエリンにむけて振り払う。


 エリンは振り払われたナイフの軌道の更に下を潜るようにして一歩踏み出す。


 ポルックスはエリンの動きを冷静に見て顔面を蹴り上げた。


 エリンは低い姿勢から前転して顎を正確に蹴り上げようとするその攻撃を躱す。ポルックスの横を前転して通過し、そのまま後ろをとったエリンはその低い姿勢から垂直に飛び上がり、振り向くポルックスの顔面目掛けて蹴りを食らわせた。


 ポルックスはダメージを負いつつも、蹴りで使われたエリンの足を掴んで投げた。


 エリンは階段の踊り場に受け身をとりながら着地するが、毒の煙りを諸に吸ってしまった。そんなのはお構いなしにポルックスは上階からエリンに飛び掛かった。二人は揉み合いながら1階に到着する。


 エリンは息を止めて、暗殺者ポルックスに向き直る。ポルックスは肩で息をしているが、毒は効いてないようだ。


 ──え?どんな身体してんのこの子!?家庭の事情?


 エリンは上の階を目指そうとするが、それをポルックスは阻んだ。ナイフを構えるポルックスにエリンは先程と同じように突進した。ポルックスはナイフでエリンに攻撃しようとするが──


 キィィン


 エリンは太股に巻き付けていた短刀を取り出し、ポルックスのナイフを弾いた。エリンの力に煽られたポルックスはみぞおちにエリンの前蹴りを諸に食らってしまう。


「んぐっ…」


 木製で作られた階段を破壊しながらポルックスは飛ばされた。


 ──暗殺者としては一流だけど、対面での戦闘はまだまだみたい。早くルナっちのところへ行かないと!!


 エリンは一階から踊り場まで飛び、ルナのいる部屋へと急いだ。

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